第二十話 模倣決闘

「何が――罰を受けろだ!!」

 

 問答無用――ということだろうか。

 僕の言葉を受けたヘイツは聞く耳持たずといった感じで更に連続で魔法を放ってくる。まあ所詮戯れ言とでも思っているのだろう。

 無論僕だって決闘など――形だけのものだと思っている。

 僕は迫る風刃を難なく弾き壊しながら、まあこうなるだろうなと考えていた。

 

 一口に魔法士といっても、その成り方というのは実のところ一つという訳ではない。

 あくまで学園に通うのは魔法士のその先、『国家公認魔法士』としての資格を手に入れるためというのが理由としては大きい。

 

 だが、別にこの資格に拘らなければ魔法士というのは比較的簡単に名乗ることが出来るのだ。まあその場合駆け出しとか初心とかが頭についたりするのだけど。

 

 その中でも師匠に教えを受け、ある程度の実力が身に付いたと見なされた魔法士にはそいつ自身を表すような二つ名を送られることが伝統としてある。

 

 魔法の習熟において一つの到達を成した――謂わば免許皆伝のような扱いであり、これのない魔法士とある魔法士とでは実力に明確な差がある。

 

 まあ、僕のはお情けでつけられたようなもので、実力に関していえばそんな自慢に出来るほどのものでもない。そもそも扱っているのが泥の魔法だ。

 魔法での直接的な攻撃が得意でない僕はこれまで苦戦しない戦いはなかった。

 

 ――だからこそ、僕は自分で戦う道よりも魔法薬の製造を行うことで魔物と戦う人たちへ貢献する道を選んだのだ。

 

 そんなことをつらつらと考えているといつまでやっても自分の魔法が僕に届かない状況に埒があかないと思ったのか、堪え性のない性格故かいきなり気勢を飛ばしてくるヘイツ。

 

「二つ名だとッ……!?

 嘘をつくな! そんな大層なものがお前のような平民にあるわけがない!」

 

 僕の決意など知る由もないヘイツは、事実を認めたくないのか口角に泡を飛ばしながらも立て続けに風の刃を放ってくる。

 今まで見下していた相手が実は自分よりも上にいたと知ればそのようなことも言いたくなるだろう。

 実際、こいつの実力は学生相応といったところ。

 レイシアの炎刃ならまだしも、こんな中身のない見せ掛けのような魔法を対処できない程、僕も落ちぶれちゃいない。

 

「嘘な訳ないだろ。これは学園長も認めている僕の正式な二つ名だ」

 

 しかし、ようやく口を開いたと思えばそんなことか、僕は嘆息する。

 二つ名を持っていると詐称することは魔法士の誇りを汚す行いとして固く禁じられている。

 僕の場合、ただ周りに周知する必要もないから言ってなかっただけだ。今回のようなことがない限り言うつもりもなかったが、必要ならこんな名前も利用させてもらうさ。

 こちらの至極まともな反論に顔を歪ませるヘイツ。

 私怨を高ぶらせる奴の魔法を捌きながら、

 

「というか、今はそんなことより大事なことがあるだろう」

 

 と僕は言う。

 こいつ聞き逃したわけじゃないだろうな、こっちは二つ名のことよりもう一つの方が大切なんだ。

 そうじゃなきゃわざわざこんなことしちゃいないだよ。

 

「ふん、何のことだか。

 罪だ罰だとのたまっていたがそんなこと俺には関係がないことであろうが!」

 

 この後に及んでこいつはまだこんなことを言っている。大方バレないとでも思っているのだろう。

 そんな奴に向け、その罪の大きさを自覚させるために僕は事の経緯を語ってみせる。

 

「お前はガルドロフの子分として今までも平民相手に悪さをしていたらしいな。身分を笠に脅迫紛いのことをしていた」

「それがどうした! 貴族に逆らうような奴が悪いのだ! 俺がそいつらを躾てやっだけのこと!」

 

 こちらが反撃しないのをいいことに攻撃を続けるヘイツ。

 下卑た加虐心を浮かばせたこいつの行動原理は分かりやすい。

 平民を露骨に見下すのは謂わばプライドの裏返し、自分が男爵という貴族の中でも低い位置にいることが原因だ。

 見下される日々で奴の中に溜まった鬱憤はいつしか自分よりも低い身分の者たちへの暴虐へと変貌した。

 

「だが今回のことで、お前はその後ろ楯を失うかもしれないと思うようになった。レイシアとガルドロフの間に無遠慮に入りこんでしまったからだ」

 

 しかしそれを許されていたのはその背後にガルドロフという大きな権力者がいたからだ。その名前を盾に今まで悪行を重ねてきたこいつにとって、その後ろ楯がなくなることは恐怖という他に言いようがない。

 だからこそ、こんな馬鹿げたことを思い付いたのだろう。

 自分に害を成す存在を消し去ってやろうと、安易な手段に手を出した。

 

「――ッ五月蝿い!!」

 

 図星を突かれ苛立ったか、先程を越える数の魔法を放ってくるヘイツ。さっさと僕を脱落させて口を閉じさしたいのだろうが、しかしそんな思惑は既に無意味だ。

 僕は懐からあるものを取り出した。

 

「――なっ!?」

 

 それを目撃した瞬間、奴の顔が驚愕に染まった。余程驚いたのか詠唱をも止め、目が釘付けになっている。無意識だろうが、距離のあるここからでも奴の顔に垂れる大粒の汗が見えるほどだ。

 

「おや、何を驚いているんです? こんなものただの小瓶でしょう」

「そ、それは……」

 

 随分と腹芸の苦手な奴だ。

 まさかの物品の登場に焦りに焦っているのが顔色を見るだけで手にとるようによく分かる。

 まあそれもそうだろう。

 何を隠そうこの小瓶――あの時ハイレインさんが持っていたものなのだから。

  

「言い訳は結構、これが何なのかどこで手に入れたのか……そして誰が持ち込んだのか。全て分かっています」


 魔法士が二つ名を賭けて決闘を挑む、それは”名誉”のためである。

 時に実よりも名を、名声を大切にする貴族の法として明確にされている”決闘法”。それによれば『正しきは勝者にこそあり』とある……つまりは勝者の主張こそが何においても尊重されるということだ。

 だからこそ、これは弱い立場にある者にとっては理不尽に反抗するための手段でもあった。

 それを今回は、証言の正しさを証明するために使う。

 今は保健室で動けずにいるハイレインさん、彼女から聞いた話を証拠として提示するために。

 

「今、あなたの悪事の情報は僕のところで流出を止めてある。この小瓶はその重要な証拠だ。

 

 これの中身――『ポイルアーテの麻酔薬』は患者の痛覚を麻痺させ重症に喘ぐ人の痛みを軽減させるためのもの。しかし健常者に使えば意識を奪い運動能力にも悪影響を与える劇薬。

 

 あなたは彼女を脅し、これを僕に使うように強要した」

 

 あの夜――ハイレインさんが僕の魔法から逃げようと自身の身も省みず魔力暴走を引き起こし逃げ去ったその後。満足な治療も出来ず部屋に引きこもる彼女との交渉で聞き出した今回の一部始終。

 窓も締め切り薄暗い部屋の中、涙ながらに訴えた彼女の苦しみを思うと腸が煮えくり返るようだった。

 ただ、これはあくまで彼女の主張していること。

 いくら訴えても証拠としては不十分。

 

「彼女の実家に手を出さないことを条件に、お前はチームメイトを脅す手伝いをさせ共犯にした。そして本来は治療用の薬を不法に入手して、今度は妨害の実行犯にした。

 自分の手を汚さないために、お前は彼女を道具にしたんだ」

 

 だからこそ、この決闘は成立させてみせる。

 例え模倣でしかないとしても、相手に制約を掛けるにはこれしかない。何よりも明確に、確実に、僕らの手でこの男の罪に相応しい罰を与えてやらなければ気が済まない。

 

「魔法も、薬も、その目的は多くの人を救い命を助けるためにある。

 だがそれを、お前は自分の私利私欲のために人を傷つける目的で使った。

 それだけは、それだけは――絶対に許しちゃおけない」

 

 だからこそ、誇りを賭けて戦おう。

 僕のこの意思の正しさを証明するために、例え誰が相手であっても戦おう。

 魔法士の誇りを馬鹿にしたこいつに、宣戦布告はもう済ませた。

 

「僕に勝てたらくれてやるよ、悪事もバラさないでおいてやる。

 だがお前が負ければ、今までに行った全ての悪行を吐き出せ。

 そして謝れ、お前が傷つけてきた全ての人に」


 悪事の証拠を握られたこいつに、これを断ることなど出来ない。

 ここで勝たなければ自分は確実に破滅する。

 ガルドロフすら、自分を見捨てるだろう。

 それを悟ったヘイツはブルブルと体を震わせ――叫ぶ。

 

 

 

「やってやる――やってやるぞーーー!!!!」

 

 

 

 怒気に染まりきった顔は最早人のものではなく。

 宣誓とはあまりに遠い雄叫びと共に、形ばかりの決闘が幕を開ける。

 渾身の魔力で放たれる風の刃へ向けて、僕は一歩を踏み出した。

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