第十九話 Not Madman

「よっと」

 

 デカブツを作戦通りあいつに任せて、私は土壁を越えて向こう側へと足を踏み入れていた。

 

「ご苦労さまです、レイシア」

「はん、あんなのどうってことないわ」

 

 既にこっち側に来ていたチームの一人、前を向いたままネルスからの労い言葉に余裕をもって返す私。こっちの気も知らないでよくもまあいけしゃあしゃあと、でもまあ今のところ思い通りの展開といってもいいくらいだしお仕置きは許してやりましょうか。

 

「それじゃあ、後は任せます」

「何言ってるの?

 元々――そのつもりだから」

 

 コキコキと、音を鳴らしながら体の調子を確かめる。さっきので魔力は消耗してるけど、お陰で大分暖まっている。

 前に進む。

 石畳を踏みしめながら、自然と視線はあいつの方へと向いていた。それはあいつも同じみたい、こっちを見る目に浮かぶ感情はとっても”好戦的”――まあそれは、私も同じだろうけど。

 

「が、ガルドロフ様……」

 

 腰巾着が何か言ってる。

 でも最早目に入らない、こいつの相手は私じゃないから。

 

「どけ」

「は、はいっ! 申し訳ありません!」

 

 開けた空間。

 濁流の中にポツンとできた綺麗な区域のその中央で。

 

 

 

「――さあ、決着つけましょうか」

 

「――こっちの台詞だ、精々足掻けよ」

 

 

 

 ――二つの炎がぶつかり合い、敵を呑まんと翻った。

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひひっ……それで? 俺の相手はお前というわけか?」

「ええ、あちらとは比べ物にならない者同士、仲良く潰し合いをしようじゃないですか」

 

 卑屈な笑いを浮かべこちらを見下すような視線を向けてくる相手に、こちらも毒を含んだ言葉を返す。

 

「ふ、ふざけるなよ平民ごときがッ!!」

 

 暗に”お前となら戦いになる”と、そういう意図のこの言葉にヘイツとかいうのはまるで高慢貴族のお手本のような態度で顔を赤くし分かり易く激昂していた。

 

「この規模の魔法を使えてのぼせ上がっているのだろう! だがその分魔力の消耗は著しいはずだ! 立っているのも辛かろう!

 その余裕の顔の裏に焦燥が隠れているのは分かっている!」

 

 口から泡を飛ばさん勢いのヘイツ某、一般的な考えからしたらそう思うのもしかたないだろう。

 実際、もう一度あの規模の魔法を使おうとすれば魔力が足りずに流石に倒れる。意識を失って失格してしまうだろう。

 

「いや、関係ありませんよ、別に」

 

 だが、それとこれとは話が違う。そんなことは今この状況ではさしたる問題ではない。

 

「はっ! 虚勢を張っているだけだな!」

 

 しかしそれをただの虚仮脅し、戦力の低下を誤魔化そうとしているだけだと断じる相手その浅はかな考えに内心失笑が浮かぶ。

 そんなことを考えているなどとは思いもしていないだろう、傲慢さをひけらかすような表情をその狐面に形作ったヘイツ。

 

「何という無駄な問答か、俺の貴重な時間をお前程度に使わせた罪は重いぞ! その身をもって償うがいい――《烈風の一刃》ッ!!」

 

 そして詠唱したのは初対面の時のあの魔法。

 風で作られた三日月状の刃が空を切り裂いて僕へと迫る。

 真っ直ぐ過ぎる軌道に心底こちらを侮っているというのが伝わってくる。

 正直言って――

 

 

 

 ――これでは不満が募るだけだ。

 

「――ふんッ!」

 

 間近に迫る風刃。

 その腹に向かって僕は右腕を振り下ろした。

 愚行、直撃――そう思った奴の顔は次の瞬間、驚愕に彩られることとなる。


「な――にぃ……っ!?」

 

 パンと気の抜けた音を立て、僕の腕とぶつかった風の刃はその切れ味を発揮することもなく霧散した。

 僕からすれば拍子抜け、この程度の対処も出来ないと見られていたことにガッカリだが、あっちはそうじゃない。

 自信満々に攻撃してそれを簡単に防がれたのだ。

 あれだけ余裕綽々としていたのに衝撃で吹き飛んでしまったようだ。

 

「ば、馬鹿な。魔法の詠唱はなかった、お前は生身で受けたはずだ! なのにどうして魔石に傷がない!? ありえない、何かズルをしたな!!」

 

 そして小心者らしくわめきたててくる、こうまで見たまま感じたままの男も珍しい。

 このままこいつの慌てふためきを見ているのもいいけど、それよりもやらなきゃならないことがある。

 

「――《泥土でいど卑腕ひわん

 粘土質の泥を生み出す魔法を腕に纏っただけの陳腐なものですが、即席の装甲程度でなら十分役だってくれる便利な魔法です。

 そしてこの通り、あなたの魔法くらいなら余裕で耐えられる」

 

 魔法をぶっ壊した影響で若干形が変になっているものの、腕にしっかりと装着されている泥は瞬く間に元の”籠手ガントレット”のような形状に戻る。

 

「あり得ない!」

 

 それに驚きつつ、しかし認めるわけにはいかないというような感じの声をあげるヘイツ。

 

「学生の身分で出来るものか、ましてや平民が――【無詠唱】だと!?」

 

 彼がそう驚くのも無理はない。

 そもそも無詠唱とは魔法を発動させるための文言を必要とせず、脳内の想像のみでそれを行うという難易度の高い技術だ。

 およそ学生の身分で扱えるものではないが……それには例外が存在している。

 

「確かに無詠唱は難易度の高い、普通に考えれば出来はしない技術でしょう。

 でもそれはあくまで学園内での常識でしかない。

 ――僕が魔法を学んだのが誰だと思ってる?」

 

 貴族のように安全な環境でもなく、平民のように不確か知識でもない。

 徹底的に追い詰める厳しさと、頭が割れるかというほどの情報量でもって躾られたこの僕を、ただの平民魔法士だと?

 そいつは見当違いも甚だしい。

 

「僕は泥の魔法しか使えない。

 それは普通の、土と水の魔法を混成させて行うのとは訳が違う。

 文字通りの”それだけ”だ。

 どちらか一つを使おうとしても必ず泥に近しいものが出来上がる、僕はそういう体質だった」

 

 土の堅さを持たず、水の滑らかさを持たず。

 柔くもろく遅くのろく、羽を持たない芋虫のように地面をのたうつようにしかならなかったその魔法をここまでに仕立てあげるに至ったのは、一重に師匠による指導のお陰であった。

 そしてその指導はこの学園の授業が敢えて教えようとしていないところすら範疇となっている。

 

「そんな僕が辿り着いた、極限られた戦うための手段。それこそが”【持続詠唱】”――既に発動していた魔法を別の魔法へと変質させるこれが、唯一君を上回るであろう僕のだ」

 

「今学園じゃ僕のことを《足手まといマッドマン》と呼ぶらしいが、それは正しいとは言えないな。何故なら僕には、既に師から送られた二つ名がある」

 

 その意味を、二つ名を送られるということが魔法士においてどういう意味を持つのか。

 そしてその開示が何を意味しているか。

 貴族だからこそそれを知るヘイツはまさかの事態に顔を引きつらせる。


 

「今あえて名乗ろう――我が二つ名は『泥沼の狂領主スワンプマン』!

 我が領域において汝に既に勝機なし! その身に刻みし罪と咎、最早隠し立てできると思う無かれ」

 

 だがもう遅い、お前の悪行は全て知っている。

 そしてこの場において味方をする奴もいない、逃れることもできはしない!

 

 

 

「――仲間とその友人を傷つけようとし、罪のない者に悪行を犯させた」

 

 

 ――その罰を受けるがいい。

 

 

 目の前の罪人へ、僕は宣告する。この数日の内に行われた数々の悪行の、その首謀者に向けて。

 内に蓄えた怒りの感情と共に。


「さあ、こっちももう存分戦おう」

 



 ――一人の下衆へと、決闘を言い渡した。

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