第37話 姉妹とロエル
「やあ、エレナ。久しぶりだね」
アルチーナ姉様の部屋で迎えてくれたのは、ロエルでした。
優しげな笑顔を浮かべた美麗な青年は、でもすぐにちらりと背後を伺って困ったような顔をしました。
「……その、アルチーナはちょっと機嫌が悪いようなんだけど」
「いつものことです。でも、それでも私、お姉様とロエルに話したいことがあるのです!」
そっぽを向いて座っているお姉様にも聞こえるように、私は少し大きな声で言いました。
アルチーナ姉様は一瞬だけ、私に目を向けてくれましたでもすぐにまた目を逸らしてしまいました。
そのくらいは想定内です。
私はロエルが持ってきてくれたお菓子をつまみ、いい香りのお茶を飲みました。
部屋にはメイドが二人ほど控えていました。ネイラもいます。今すぐ退室してもらうのも変だろうと、とりあえず表向きの話をすることにしました。
「……あの、昨日、王宮でグロイン侯爵様にお会いできたのですが」
「君が、わざわざ会いに行ったの?」
「どうしても直接お会いしたいと思って。ほら、ずっと雨が続いていたでしょう? 古傷とかが傷んだりしたのではないかと、少し心配になってしまったのよ」
「へぇ。……君たち、その、うまくいっている?」
ロエルは一瞬躊躇い、声をひそめて聞いてきました。
心配そうに、後ろめたそうに、でも、ほんの少しの期待を込めて。
そう言えば、私、ロエルと侯爵様のことをお話ししたことは有りませんでしたね。何となく避けていた気がします。
だからお姉様のことは一旦忘れて、ロエルににっこりと笑って見せました。
「私、侯爵様と言葉を交わしたのは、まだ六回しかないのですが。でも、昨日はたくさんお話ができたわ。
恥ずかしい話だけれど、私、侯爵様が何人兄弟なのかを知らなかったの。八人兄弟の五男ってすごいですよね。家の中はどんな感じなのかしら。あ、そうだ。侯爵様って、まだ二十八歳だったんですね。だいたい三十歳くらい、としか知らなかったからびっくりしました!」
「え? 本当に知らなかったの?」
「誰かに聞く暇がなかったし、今さら聞くのも変かなと思って。でも思い切って聞いてみてよかったです。呆れられる事を覚悟していたけれど、侯爵様はなぜかおもしろそうに笑っていたんですもの!」
「……そうか。うん、よかったね」
ロエルは目を伏せ、でもすぐに顔を上げて笑ってくれました。
私と婚約していた頃によく見ていた……私に対して何の遠慮もしていない、ロエル本来の穏やかで優しい笑顔でした。
微笑みを残したままお茶を飲み、アルチーナ姉様を振り返りました。
「アルチーナ。君はエレナに何も教えてあげなかったんだね」
「あの成り上がりが相手なんだから、何も知らない方が変な先入観がないからいいわよ」
「でも、流石に少しくらいは……」
「会話が弾んでいるから、それでよかったでしょ」
ちらりと私を見たようですが、お姉様はまたすぐに顔を背けています。
もしかしたら、このお茶の香りが不快なのでしょうか。お菓子の皿を遠ざけているから、そちらの香りも気になるのかもしれません。
そろそろ、メイドたちを退室させなければ。
とっておきの内緒話をするからと言えば、きっと不審に思われることも……。
密かに決意を固めた時。
廊下が急に騒がしくなりました。
「……アルチーナお嬢様。あの……」
ノックの後に入ってきたのは、セアラでした。
アルチーナ姉様の乳母です。
とても美しい女性なのに、いつも暗くて似合わない色の服を着ていました。髪も老女のように固くまとめていて、見るたびにもったいないと思ってしまいます。
セアラは気弱そうに言葉をとぎらせ、そっと私とネイラを見ました。
「エレナ様にお客様なのですが、アルチーナお嬢様とロエル様にもお会いしたいと……」
「私と、ロエルも?」
不機嫌そうに眉をひそめていたお姉様が、ようやく私たちのところに来ました。
問いかけるようなお姉様の視線に、私は慌てて首を振ります。
「私は何も……!」
「でしょうね。あなたのドレスは、お客様を迎える前提には見えないもの。いったいどなたなの?」
「は、はい。それが、グロイン侯爵様と……」
ロエルが私を見て、からかうように微笑みます。
でもセアラは強張った顔のまま、言葉を続けました。
「……グロイン侯爵様と、レイマン侯爵家のお方と、お連れのご婦人がお一人でございます」
アルチーナ姉様が、ものすごい勢いで私を振り返りました。
私は、ただ首を振るしかできませんでした。
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