第8話 絆のミサイル

 結局そのまま放課後となり、俺たちは帰宅後即公園集合というということで再び集まった。


 そこから少し距離はあるものの、俺たちはその足で駅前にある複合施設へと向かった。


 いくつかのレストランやケーキ屋などをはじめ、カラオケ、百円均一店、ゲームセンターに映画館と、いろいろな目的で利用できる施設であり、地方都市の若者の救世主的存在ともいえる場所となっていた。


 たまにガラの悪い学生や若者も見かけるが、交番がすぐ目の前にあるためこれといったいざこざには今のところ遭遇していない。


「え、ちょ、やば! いつの間に新しいやつ出てるんだけど!」


 建物の三階のほぼすべてのスペースを占めているゲームセンター、その入り口横にはかなりの数の、所謂カプセルトイ販売機がずらりと並んでいる。


 そのうちの一つの前に屈みこみ、巡莉は興奮気味に声を上げていた。


 肩越しにそのマシンをのぞき込む。


「あ、それあれだろ? 最近流行ってる……デカマ・ライオン、だっけ?」


「そうそう! これなんて第二弾なんだよ! アニメだってまだ一期始まったばっかなのに」


 デカマ・ライオン。


 最近、特に若い年齢層の女性に流行っているらしいライオンのキャラクターだ。


 どことなく眠そうな目をした、鮮やかな赤い鬣を靡かせたその風貌がゆるくて人気だとかなんとか。


 しかし何よりも特徴的なのは、ライオンの体の倍はあるミサイルに跨っているというところだ。しかもそのミサイルがやけに凝っており、細部の凹凸まで細かく作りこまれているわりに色や柄は可愛かったりファンシーだったりする。


 ちなみにそこそこのサイズのため簡単な組み立て式になっているようだった。


 今回の第二弾は六種類のミサイルの柄があるらしく、うち一つはシークレットと書いてある。


 ――書いてあるのだが、思いっきり台紙にその全容が載っている。清々しいまでに眩い黄金のミサイル。一応ライオンの顔だけは、影が掛かったように黒塗りされていて見えなくなっている。


 しかし金色のミサイル、か。


(ネーミングといい、際どくね……?)


 いろいろと大丈夫なのだろうか。


 最近放送が開始されたアニメもなかなかの人気ぶりらしく、キャラの見た目からは想像もしないようなシリアスで深いストーリーが話題になっているそうだ。


 あくまで巡莉から聞いた限りでは、だけど。


「そういやこれ、もともとただの一企業のゆるキャラみたいなやつだったんだよな……」


 俺とともに横で巡莉の様子を窺っていたムックが、思い出したようにそう言った。


「あー、なんかそうみたいだな」


 奇抜なキャラクターでブランドのPRをするために誕生したのが始まりだったというのは知っている。


 それがどういうわけかネット上で謎の人気を生み、こうしてグッズ販売やらアニメ化やらといった一大コンテンツに至ったということらしい。


 一応もとからキャラクターの背景や簡単な世界観、ストーリーなども練られていたそうで、それ故にアニメ化までがスムーズだったのだろう。


 俺も少し気になって前に調べてみたが、公式曰くこのキャラに隠喩や特殊な意味合いは含んでいません、ということだそうだ。


 嘘つけ。


 デカマ王国のライオン王子だか何だか知らないけど、無理だろ。常識的に考えて。


 現在四話まで放送しているそうだが、すでにいろいろと連想させるような演出がてんこ盛りらしいし。


 過去にこういう際どいキャラクターが、十代女子の間で同様に流行ったこともあったっけ。やっぱり女子ってそういうのが好きなんだろうか。


 こうして目の前の巡莉も入れ込んでいるくらいだし。


「ちょっと怖いけど、この黄金ミサイル狙おうか……。うん、よし決めた。あたしゃやるよ」


 そんな巡莉の決意の籠った宣言に、ムックと俺は顔を見合わせる。


「こりゃ本気だな」


「とほほな結果にならなきゃいいけど」


 一回なんと三百円という、中学生にはなかなかに重い出費が課されるこの戦い。せめて数回以内に出てくれることを祈ってあげよう。


「まあ、頑張れよ」


「俺たちが見守っててやるよ」


 俺とムックがそう声をかけると、振り返ることもなく巡莉は立てた親指をこちらに示した。


 早速硬貨を投入し、一回目の挑戦。


「あ……」


 巡莉の反応から、もはや俺たちが見るまでもなく結果を察する。


 横からのぞくと、迷彩柄のミサイルのようだった。むしろミサイルとして最適とも言える柄だ。


「ふぅ……よし次」


 硬貨投入口に再び手を伸ばす巡莉をムックが遮った。


「まあまあ待てよ。俺も一回回してみたいからちょっと変わってくれや」


「え? えっと、まあ、うん」


 突然の申し入れに戸惑いつつ、巡莉は台の前を空けた。


「じゃ、その次は俺な」


「へいよー」


 俺もムックも互いに意図を察して応じあった。


 少しくらいは協力してやってもいいよな。俺なんかは特に二人に話を聞いてもらってるわけだし。


 がちゃりとレバーを回し、転がり出たカプセルの中身を検める。花柄のピンクのミサイルが顔を出した。よく見てみるとデカマ・ライオンの表情もそれぞれ違っているようで、この柄の顔は脱力気味な微笑といった感じだった。これも十分女子に人気そうだな。


 退いたムックに代わり俺が今度は回してみる。


 こういうときの引きには少しだけ自信があるのだ。


(……さて。ここで決めさせてくれ……!)


 硬貨を三連続で流し込み、邪念を捨てひと思いにレバーをひねる。


 ガコン、と音を鳴らしてカプセルが転がり出た。気のせいだろうか、なんか音が少し重たかったような。


 排出口に手を突っ込み、引っ張り出したそれを外から見まわす。半透明なカプセルの内側に、キラリと光るものが覗いた。


「あぁあっ……⁉」


 金色だ。二つに分かれている輝くパーツが包装越しにしっかりと見えた。


「え、なに⁉」


「おいおいまさか……」


 急いでかつ慎重にカプセルを開封する。


 やはり見間違いではなかった。黄金のミサイルと、気だるげなドヤ顔を決めるライオンだった。


「うっそでしょ……」


「まじで引きやがったよこいつ!」


「やべぇ……」


 三者三様に驚きの声を上げる。


 自信はあっても、実際に引いたとなるとその興奮は言葉にならないものがあった。おそらくシークレットというだけあって個数もある程度限られているはず。


 改めて三人で中身を確認する。台紙と見比べてみるが、手元の顔パターンは一覧には見当たらない。ミサイルの色からしても、間違いなくシークレットだ。


「……よし。こんな感じでいいのかな」


 組み立てたのものを、付属のチェーンをつまんでぶら下げてみる。


「うわぁ……かわいぃ~」


「お、おう」


「そうか……」


 感嘆の声を漏らす巡莉と、それを苦笑いで見つめる俺とムック。


「よぉーし、じゃあこれは俺のカバンにでもつけましょうかねー」


「うぅー、くやしいぃい」


 自慢げにそれを揺らす俺に、巡莉はふくれっ面で返した。


「……なんてな。ほら、やるよ。まあこの間の話聞いてくれたお礼ってことでさ」


「え、ほんと⁉ いいの?」


 先ほどの表情から一変、途端に目を輝かせ笑顔になる巡莉。これだけ喜んでくれるなら贈り甲斐もあるってものだ。


「ちょうどよかったな巧。初めからそのつもりだったもんな」


「はは……まあな。そもそも俺べつにいらないし」


 俺にとってはこんなものでも、本人がこれだけ喜ぶものを贈ることができたなら、十分すぎる成果だ。


「もしかしてこれもあの石のおかげだったりしてな」


「ま、まさかぁ~。はは……」


 ムックの冗談めかした言葉に一瞬子猫の一件が頭を過り、悟られないよう俺も半笑いで返す。


「いやでも全くないとも言い切れないかもよ? なんせイッパツで出しちゃったんだから」


「すでに巡莉とムックが回してたからこそじゃねえかな。つまり俺たち三人の勝利ってことだろ」


「はー。綺麗に纏めるねこの男は」


「今だけは輝いてるよ。このミサイル補正で」


 キメ顔で言った俺に、二人は茶化すように笑った。


 実際にあの石が影響を与えたのかはなんとも言えないが、結果として目当てのものを引き当てたのだからとりあえず良しとしよう。


「あ、そういやこの余ったやつどうすっか……」


 思い出したようにムックが手に持っていたライオンを示す。


「もし欲しいならこれもやるけど」


「うーん、そうだなぁ」


 少し考え込んだ後、巡莉はこう提案してきた。


「せっかくだし、一人一個ずつどっかに付けない? スマホでも鞄でも」


「……まあ、名前以外は割と見た目も普通だしな。つける分にはそこまでおかしくもないか」


「別に名前だってそんなにおかしくないし! デカマ王国のライオンだからデカマ・ライオンってだけだし!」


 俺の指摘に、少しばかり前のめりに力説する巡莉。


 これは……たぶん分かってて言ってるな。


 女性人気の一端をこの名前が担っているのだとしたら、先ほどの俺の仮説もあながち外れてもいないのかもしれない。


「わかったよ。じゃあその花柄はムックが、巡莉の当てた迷彩柄は俺が着けるか」


「おい待て。ちょっとその判断はおかしいよなぁ……? そうは問屋が卸さねえんだわ」


「は? 自分で当てたものを自分で付ける。何かおかしいか? 俺は巡莉に上げたから代わりに迷彩柄を頂戴する。ほら明々」


「いいや違うね。俺はそもそも所有権を初めから主張していなかった。巡莉に一度上げてから改めて巡莉にもらう算段だったわけだ。しかし巡莉の提案でそれも宙ぶらりんときた。つまり一応まだ俺のものと確定してないわけなんですわ」


「はっ、屁理屈を。そんな半端な状態で俺の選択権が侵さ――」


「はーいはいはいはい。ごちゃごちゃうるさいのよあんたたちは。こんなもんバシッと男らしく一発勝負で決めなさいよ。これ、所有者の私からの命令ね」


 白熱する弁論をピシャリと止め、巡莉の提案もとい命令に、俺たちは従うほかなかった。


「まあ、しょうがないか……」


「恨みっこは無しだぜ巧」


 俺たちは覚悟を決めると、掛け声とともにそれぞれの思いを乗せた拳を振り下ろしたのだった。




 俺のスマホから垂れ下がる迷彩柄のミサイルを眺めながら、俺は厳かに言い放った。


「悪いな。結局こうなる運命は決まっていたのさ……」


「かぁー……。これじゃ半分罰ゲームみたいじゃえか……」


「まあまあ、かわいいしいいじゃん。意外と女子ってそういうの好きだし、結構人気になれるかもよ?」


 なんともかわいらしくなってしまった自身のスマホを嘆くムックに、慰めになるのかもわからない言葉をかける巡莉。


 とはいえ確かに、女子と話すきっかけにならないこともないかもしれないと、何となく思った。女子である巡莉の意見だ、多少は参考になる、はず。


「そうだと……いいがな……」


 悲愴な感情を滲ませるムックに、俺も一応の言葉をかけておくことにした。


「強く生きるんだ……。きっとモテ期到来のきっかけになるら? 多分、もしかしたらな」


「そういうことにしておくわ。決まっちまったもんはしょうがねえ。いっそ開き直っていくぜ」


 普段から切り替えが早いムックだが、今回も例に漏れず男気溢れる割り切りだった。


「とにかく! これで巡莉の出費も抑えられたわけだし、適当にゲーセンでも見て回るか」


「そうだね! もしかしたらプライズにデカマ・ライオンのぬいぐるみとか追加されてるかもだし」


「いやまだ欲しいのかよ……」


 尽きることのなさそうな巡莉のデカマ・ライオンへの熱意に半ば呆れながら、ムックの提案に乗って俺たちはゲームセンターへと向かうことにした。


 結局デカマ・ライオンのプライズを扱っていた台は少し前に終わってしまっていたらしく、仕方なしといった様子で俺たちは他のゲームを楽しんだ。


 きっと黄金のミサイルが手に入ったことで十分に満足できていたのだろう。


 しかし、今まさにアニメ放送中であるため置いてありそうなものだと思ったのだが。もしかすると、アニメ化のプロモーションか何かで早めに出していたのかもしれない。とすれば、次の入荷はもう少し先かもな。夏休みあたりにまた来てみてもいいかも知れない。


 ひとしきり楽しんだ俺たちは、頃合いをみて家路につくことになった。三人で遊ぶとなると大体このような感じで過ごすことが多い。たまにアイスを買って食べたりなんてこともあるが、今日は誰も提案しなかったあたり、皆そういう気分ではなかったということなのだろう。本格的に夏が始まれば、毎回馬鹿みたいに食べるんだろうなぁと考え、少しだけ心の中で笑った。


 複合施設を出た後も、まだ濃い赤と橙のグラデーションが空に伸び広がっていた。日に日に伸びる日照時間が、目と鼻の先にまで迫った夏の訪れを意識させる。


 そんな景色を眺めながら、ふとあることを思い出す。


「……そういや、夏休み入ったらすぐに祭りだよな」


「あーそうだね! 今年は誰と行くかまだ決めてないな~。去年はクラスの女子数人でまとまって行ったっけ」


「今年も俺たち二人で繰り出すか?」


「いいね。他の奴らと行く予定もないしな」


 夏休みの始まりが七月の末頃であり、毎年そのあたりの土曜日と日曜日の二日間に渡って大規模な夏祭りが催される。市外からの客も多く、花火も相まって大いに盛り上がるのだ。


「あ、じゃあさ、もし女子数人で行くことになったら、二人も一緒に行っていいか提案してみるよ」


「お、まじか。まあ大人数のほうが盛り上がるしな」


 ムックの反応に俺も心の中で同意する。


 巡莉の女子友達とは俺たちも普通に話す中ではあるため、一緒に行動して気まずくなるといった心配はない。確か新井もその中にいたような気がする。しっかり者があれこれ気を配るといった立ち回りを、なんとなく想像できた。


「いやぁワクワクしてきたぜ……。テストさえ越したらあとはドでかい楽しみが待ってるな!」


「ドでかい宿題も待ってるけどね」


「やめろよ……」


「まったくだぜ……」


 即座に現実を突きつける巡莉に、絶望的な表情で返すムックと俺。


 しかし、それも含めて夏休み。こういうのもいつか思い出になったりするんだろうか。


 改めて夏休みに思いを馳せると、小さくだが確かに胸が躍るのを感じる。


 ――今年も楽しい夏になりそうだな。


 三人で往く帰路の中、そんな少し先の楽しみに満ちた未来を夕日に重ねた。


 ゆっくりと沈みゆくそれを、名残惜しさと共に見送って。

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