第7話 報告
六月も末に入り、梅雨明けの兆しが見え始めいよいよ夏到来といった雰囲気を漂わせている。
今月最後の日曜日、遂に母のお相手と初の食事会へと赴き、無事に顔合わせを終えた。
簡潔に言えばまともそうな人ではある、というのが正直な感想だった。
第一印象はというと、何よりもまず前面に出ていたのが、なんとも言えない威圧感。表情の変化が乏しく、髪はオールバックにかっちりきめていたため尚更強面に拍車が掛かっていた。
だがいざ話してみると物腰は柔らかく、話し方にも温厚さを思わせる雰囲気を漂わせていた。本人も自身の人相には思うところがあるらしく、かといって無理に表情を作ろうとすれば却って強張る顔で怖がらせてしまうことばかりだったのだとか。
俺達子供組に対しても、馴れ馴れし過ぎず且つ適度に関係を築こうという心遣いが感じられた。
姉は社交性があるため、彼からしても心労も少なくありがたかったのではないだろうか。そんなことを考えてなんとも言えない気持ちになった。
『岩原爽介(いわはらそうすけ)なんて名前だけど、正直名前とは真逆な印象だよね。はは……』
などと冗談も交えて俺たちに朗らかに接してくれた。
俺からしたら、苗字も含めればまさに名が体を表している見事な見本に思えた。岩のような印象の顔と、どこか爽やかさを感じさせる人当たり。まさに名の通り。
さすがは大人といったところだろうか。それとも彼という個人が単純にそういう性質の人間なのか。或いはその強面故の苦労から培った対人術だったり。事情など人それぞれだもんな。
そんな勝手な憶測をする俺はきっと彼からしたら可愛くないガキなんだろうなと、心の中で苦笑した。
そんなこんなで岩原さんと俺たち子供の顔合わせ及び簡単な『氷砕き』は平穏に過ぎていった。
そして現在、恒例の給食後の昼休み。
「というのがまあ日曜にあった事の顛末」
俺の心情云々はもちろん省き、簡単な流れをかいつまんで目の前の二人に伝える。
教室のちょうど真ん中、後ろから二列目の自分の席を後ろへ向けて座る俺と、今は主不在の椅子二つをこちらに寄せて腰掛ける巡莉及びムックと膝を突き合わせている状態だ。
右手の開け放たれた窓からは、遠くに響く蝉の声が風と共に流れ込む。
そうか、いつの間にか蝉が表に出始めていたんだ。
大きな白い雲が空を覆ってはいるが、その合間から覗く深い青に梅雨の終わりを垣間見たような気がした。
「無難に終わって良かったじゃねえか」
「うんうん。相手の人もいい人そうだったんならとりあえずは安心なんじゃない?」
「そうだな。まあ俺の母親の目を疑ってたわけじゃないけど、これで少しは落ち着けそうな気がするわ」
もしかしたら俺が気を揉みすぎなところもあったかもしれないが、今はひと段落といっていいのだろう。
「相手の感じからして、こういうのはいろいろ繊細な事柄だってのはわかってるだろうし、お互い時間かけて関係を築くのが大事よだね」
やっぱりさ、と腕を組みながら渋そうな顔をする巡莉。
交友関係が広く、ともすれば人間関係にそれなりの機微がある巡莉の言葉となれば、説得力もあると言える。
「もうすぐ夏休みだしな。そのあたりでなんかしらそういう機会もあるんかな」
「あー、可能性はあるかもねー」
俺の言葉に巡莉も頷く。
「しかしよ、その前に超えるべき壁があるんだぜ、俺たちはよ……」
窓の外の景色に目を細め、含みのある口調でムックが呟く。
「うわぁ、そういやもう来週じゃねえか、期末テスト」
「おかげで部活も休みだしねぇ」
巡莉のいう通り、今日から期末テストの最終日まで一切の部活動が休止することになっている。いわゆるテスト週間というものだ。
七月というのは、相変わらず楽しみと憂鬱の差が激しいひと月だよな。その解放感がたまらない、とも言えるか。
「勉強しなきゃだなぁ。いや、でもその前に軽く息抜きしておくのも悪くねえよな。まだ水曜なんだしよ」
無気力な表情から一変、ムックがこちらに向き直りそんな提案をしてきた。
「どっちにしたって大して勉強しないしあんたは変わんないでしょ。ギリギリで詰め込むだけなんだから」
呆れ顔でムックを睨む巡莉。
「まあでも、せっかく部活もないし軽く遊ぶのも悪くないかもね。巧の顔合わせ成功を祝うのも兼ねて」
「そうそう、俺はそれを言いたかったんだよ」
「えー、ほんとかなぁ?」
「いやマジだって! むしろそっちが主目的だったし」
「ま、久しぶりに三人で遊ぶのもいいんじゃね。駅前のほうとか行ってさ」
俺も遊びに行くのは賛成だった。
せっかく時間も気持ちの余裕もある。勉強は多少しなきゃいけないのは間違いないが、今日ぐらいはいいよな。
実際俺もそんなに勉強しないだろうし。
なんならいつものテスト前の、三人での勉強会が半分以上の時間を占めている気さえする。
「意見が揃ったな。よっしゃ決まり!」
「はいはい、そういうことなら今日放課後集合ね」
「了解。久しぶりにゲーセンでも行っとくかぁ」
こうして放課後に駅前で遊ぶことが決定したのだった。
その後は適当な雑談で時間が過ぎていった。途中、あの不可思議な現象を思い出し話しておこうかと逡巡した。
いや、やはり今はまだ話さなくてもいい気がする。
信頼しているとはいえ――いやだからこそ、余計な心配を掛けたくない。我が家の事情が落ち着いたら改めて話せばいいのだ。
そういう結論に至った。
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