第4話 幸運のおまもり
「ご、ごめんね、三人とも。別に隠れて盗み聞きしてたとかじゃなくって……」
気まずそうな顔でそう俺たちに言ったのは、我らがクラス委員長の新井文花だった。普段は厳しく注意したりもしているが、あくまで委員長としての仕事の範疇の話であり、普段は明るく気さくなしっかり者という印象のクラスメイトだ。
「その、さっきこの子が入り口のほうにいてね。公園の中に入っていったからそのまま追いかけてここで追いついたの」
未だ腕の中でゴロゴロ鳴らしている猫の頭をゆっくり撫でながら、彼女は言葉を続ける。
「そろそろ行こうかなって時に巡莉ちゃんたちがそこの遊具に座って話し始めちゃったから、出るに出られなくて……。そもそも早めに声かければよかったんだろうけど、この雰囲気でいきなり出て行ったら結構びっくりさせちゃうかもとか考えちゃってさ……ほんとにごめんね……」
申し訳なさそうな顔で俺たちの顔をちらりと窺う新井。まあ悪気がないのであれば俺も責める理由もない。
「あー、確かにここ薄暗いし、実際もし後ろから声かけられたらバネでぶっ飛んでたかも! あっはは」
あまり気負わせないようにか、明るい口調で巡莉が返す。
「まあ不可抗力ってやつだろ? それなら気にすることないって」
俺はそう言いながら新井に歩み寄り、腕の中の猫の頭を優しくなでる。『ぉあお』という何とも間の抜けた鳴き声を発しながら目を細めた。
「ほら、こいつもそうだってさ」
「ま、巧本人がいうならそういうことにしとこ! 逆に藪で息潜めてるほうがしんどそうじゃね?」
そう言っておかしそうに笑うムック。
そんな俺たちの様子に、新井も少し安堵したような表情を浮かべ微笑む。
「……なんか、三人がいつも仲良しなの、少しわかる気がする。ありがと」
「まあそれはともかく猫ちゃんだよ。うーん可愛いねぇ~。よーしよし~」
当初の目的、というべきかはわからないが、巡莉は両手でダイナミック且つ優しめに猫を撫で愛でる。ムックもそれに続いて空いているところをワシワシと撫で回し始めた。
「ところでなんだけど、さっきの話聞こえてた? あ、別にそれを責めるつもりとかはないんだよ。ただまあ、どこまで知られたのかっていうのを一応聞いておきたくてさ」
猫に夢中な二人を横目に俺は新井に尋ねる。
「あ、えっと、その……大体の話は聞いちゃった、かな」
猫を巡莉に手渡しながら、新井はバツが悪そうに髪を撫で、耳に掛ける。
「そっか……。まあちょっとあれな話だからさ、ここだけの秘密にしてくれると助かる」
「も、もちろん! こんなセンシティブな話、おいそれと言いまわるはずないよ。絶対に口外しないから。約束する」
俺のお願いに、食い気味に了承する新井。しかしなんか頭よさそうな単語使うなぁ。いや実際学年内でもかなり上の成績らしいし、不思議でもないのか。
とにかく、新井なら信頼できる。巡莉とも仲がいいし、委員長をしているだけあっていろいろしっかりしているやつだ。彼女がそういうなら信じよう。
「あ、そうだ。その、お詫びっていうのも変なんだけど」
そう言って新井はスカートのポケットをまさぐり、何かを取り出した。
掌の上のそれをちらりと確認すると、俺に差し出してきた。
「これ、受け取って。ちょっとしたお守りみたいなものなんだけど」
「え、ああ……石、いや――水晶……か?」
新井の手からゆっくりと持ち上げ、手元にもってきて凝視する。
それはちょうど掌に収まるくらいの、直径四、五センチほどの透明な鉱石のようなものだった。上から見た感じは一応五角形のような形をしているが、辺の長さはまばらで不揃いだ。厚さは握った感じだと三センチ前後だろうか。完全な透明というわけではなく、いくつかの小さな粒と、全体的に霞のような薄い白膜を確認できる。不純物というやつだろうか。その隙間からは俺の掌の一部が見えているといった具合だ。
なんとも妖美で、どこか不思議な雰囲気を漂わせていた。
「え、なになにプレゼント?」
「早めの誕生日ってやつ? いやでも新井が巧の誕生日知ってるわけねえよな……」
いつの間にやら猫を地面に降ろしていた巡莉とムックがこちらに寄って来ていた。その後ろを猫もついて来ている。すっかりなつかれているな。
「ううん、さっきのことへのお詫びっていうか何というか……。数か月前に拾った石なんだけど、もしかしたら何かしらの幸運とかあるかもって思って」
「ふーん、なんかスピリチュアルな感じだな」
「まあ、正直私もこの手の話はあんま信じないし興味もないんだけど……。ちょっとだけ信じたくなる出来事があって」
俺の呟きに新井が苦笑いで返す。確かにほかの女子ならいざ知らず、新井はあまりそういうのに自分から関わろうとはしない気がする。あくまで俺から見た彼女の印象でしかないが。
「へぇ~。確かになんかご利益ありそうな感じ。ふみちゃんがこういうの持ってるのはちょっとだけ意外だったけどね。それで、その出来事って?」
対してこの巡莉という少女は、結構この類の話題につられる奴なのだ。まあ今朝の行動を見れば語るべくもない。
微かに聞こえる鈴虫や遠くに響く鳥の鳴き声が作り出す不思議な雰囲気の空間、そんなおあつらえ向きな場で新井はゆっくりと話し始めた。
「実はね、四月くらいに一度交通事故に遭いかけたんだ。正直死を一瞬覚悟するくらいのやつ」
「えっ……うそ! 全然知らなかったんだけど⁉ 大丈夫――ではあったんだよね。今こうして五体満足で話してるわけだし」
衝撃の打ち明け話に度肝を抜かれたような反応を見せた巡莉だったが、すぐに平静を取り戻した。
「あっはは……結局誰にも話してなかったからね」
「おいおい助かってよかったなぁマジで。いやまあそれはともかく。それで?」
ムックもまた驚きを見せつつ、前のめり気味に話の先を促す。
「横断歩道を渡ってるときに、いきなり暴走した車が突っ込んできたの。信号もしっかり確認して、左右から車も来てなかったから完全に油断してて……」
よほどの恐怖だったのだろう、思い出すように訥々と語るその表情は僅かに強張っている。
「あまりに一瞬で反応もほとんどできなかった。その時初めて走馬灯っていうのも体験したと思う。あれがそうだったら、だけど。もうだめだって思ったときにね、気づいたらお面を被った誰かに抱えれられて反対側の歩道に倒れてた。何がどうなったのか今でもちょっとはっきりしないんだけど、たぶん轢かれる直前にそのお面の人が私ごと反対側に跳んだんじゃないかなって。いつの間にかその人はどっかに行っちゃっててお礼も言えなかった。結局誰かもわからず終いで」
そう締めくくると、新井は「あはは」、と困ったように笑った。
「お、お面の人……。こういっちゃなんだが、夢とかじゃないんだよな……?」
「ほんと。ふみちゃんじゃなかったら正直信じてないかもってレベルだわ。それでも朝の話をかんがえるとねぇ……。もはや何が起こっても完全には否定する気になれないというか……。うーん、いよいよ何か変よねここ最近」
俺の言葉に続いて、巡莉も今朝の出来事を思い出したのかそんなことを呟いた。
「朝の話?」
「あー、ううん! 大したことじゃないから! それよりその出来事と石にどういう繋がりが?」
あまりややこしくしたくないのだろう。巡莉は適当に誤魔化し話を戻した。
「これだけで関係あるっていうのは苦しいかもしれないけど、この石が私を護ってくれたのかなって。確証はないけどね。他にも、その石を拾ってから失くし物がよく見つかるようになったりもしたし。多少は幸運をもたらしてくれるかも、なんて」
「なるほど、なぁ……」
石を拾った後にそんな出来事があれば、正直関連付けたくなる気持ちも分からなくはないが。
果たしてそれが石に起因する幸運なのかどうか……。
「まあまあ。こういうのって気持ちが大事でしょ。暗く考えても滅入るばかり。多少そういうスピリチュアル的サムシングを小さな支えにするのも偶にはありなんじゃない?」
俺の怪訝そうな顔を見て、巡莉がどこか強引に言い聞かせてくる。仲の良い新井の手前、あまり否定的な空気にしたくないといった感じなのかもしれない。
とはいえ、確かに一理あるとも思った。今の俺は前向きな思考が必要な状態だ。なんであれ前を向かせてくれるのであれば、ご利益の有無は正直重要ではないのかも。
「宗教もよ、神の有無じゃなくてそこに支えを見出すかどうかが大事だからな!」
「いやお前いきなり悟ったような、核心めいたこと言い出すな」
ムックの補足的発言に反射的に返す俺だったが、何処か説得力があってそれ以上は何も言わなかった。
しかしそれだと、新井の石への想いと宗教を遠回しに同類として語っているようにも受け取れるんじゃ……。いや、考えるのはよそう。
これが少しでも俺に希望のきっかけをくれるなら、それもまた良し、か。なにより新井の厚意でもあるし、持っていて幸運こそあれど不幸を呼び込むようなことは無いだろうからな……おそらくは。
「でも、いいのか? 命を救ってくれたかもしれない幸運のお守りなんだろ?」
「むしろ私はもう十分ご利益もらったから。次は巧君がそれを受けてくれたらって」
「……そっか。ならまあ、ありがたく受け取らせてもらうか。ありがとな」
「ううん、気にしないで。そもそも私が偶々とはいえ巧君の話を聞いちゃったからだし。滅多なことは言えないけど、いい状況に落ち着くといいね」
「はは、そうだな……」
新井の大人な心遣いに感謝しつつそう応える。御利益があるかどうかは正直なんとも言えないが、純粋に新井が俺を思い遣って石を渡してくれた、それだけで嬉しかった。
思わぬ共有者が増えたが、結果的にこれはこれで悪くなかったのかも。三人の顔を眺めながらそんなことを思った。
「しかしよ新井、そのお面の人ってのはどんな奴だったんだ? てかなんのお面を着けてたんだ?」
不意にムックが、先ほどの話の中での疑問を新井に投げかける。
「え? ああ、どうだったかな。たしかお面は白い狐のデザインだった気がする」
「え、なにそれ。いきなり怪異系? てか神様系?」
「神様系って……。さすがに神とかそういう類じゃないんじゃないか? 分かんねえけどさ」
巡莉の反応に続いてムックが返すが、ムック自身どこか自信無さげな様子だった。
「ちなみに服装とかは覚えてるか?」
俺の付け加えた問いに、新井は眉にしわを寄せて考え込む。
「うーん、気づいたら抱えられてて、その次にはもう歩道に倒れてたから……。辛うじて去り際の背中は見えた気がするけど、正直自分の記憶が疑わしいというか」
そう言いながら、彼女は続ける。
「だって、私の記憶だとその人、その――学ランを着てた気がするんだよね」
「学ランん~……?」
「俺たちみたいな?」
片眉を吊り上げて声を上げるムックに、俺も腕を軽く広げそう言った。
「まあ、もうちょっと明るい色だったような気もするし、そもそも抱えられた時の感じからして背も少し高かった気がするんだ。多分高校生くらいとか? でも学ランだったかっていうこと自体あまり定かじゃないし」
新井自身あやふやな記憶であるゆえに、どこまでが信ぴょう性のある情報なのかは難しいところだが、もはや確認のしようもない。
もしかしたら、これ以外にも同じようなことがどこかで何度も起こっている可能性もある。それらと照らし合わせたら或いは何かわかるかもしれないが、それこそ都市伝説レベルの話だ。
「しかし学ランに狐のお面って……。いっそ幽霊の類すら疑いたくなるレベルなんだが」
そんな俺の言葉に、ムックが乗っかるように応える。
「亡くなった高校生の霊が神の使いとなって人々を助けている……みたいな?」
「やっべなんかかっこよ」
好き放題に冗談を言い合う俺たちを呆れ顔で睨みつける巡莉。
「ったく
「……幽霊、か。それにしてはあまりにも実体を感じたから、私としてはちょっと否定的かな」
当時のことを思い出しているのか、どこというわけでもなく宙を見つめ、新井はそう言った。
俺たちも冗談半分で言ってはみたものの、実際幽霊云々はちょっと現実離れし過ぎな感じは否めなかった――ムックはそうでもなさそうだが。
いや、そもそも狐面の学ランの時点で大概非現実的で特殊すぎる。
「正体はさっぱりかもだけど、まあとりあえずは感謝って感じだねぇ。こうしてふみちゃんと今こんな風に話ができてるのも、その狐さんのおかげなわけだし」
「うん、ホントに。あの狐のお面の人がいなかったら見るも無残な姿になって、今頃骨になってたかもしれないから」
「…………」
あはは、と冗談めかして微笑する新井を一瞥し、俺とムックは互いに苦笑いを浮かべた。
見た目によらず、こいつ結構ブラックなジョーク言うんだな……。
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