第3話 お悩み相談室

 部活を終え放課後。


 約束通り二人に朝遅れた訳を説明するため、再びあの公園を訪れていた。


 この町の周辺には複数の公園が設置されているが、このウサギ公園はその中でも特に大きい、というか木々に囲まれているために敷地が広めに取られている。奥に進むと小さな神社があり、そばには樹齢何百年にもなるといわれている大樹がそびえている。その広さの割に遊具はさほど多くなく、おなじみのブランコや今時珍しいジャングルジム、そして動物型のスプリング遊具が二つ置かれているのみだった。


 昼間でも木々の葉に光を遮られ薄暗さのある公園だが、夕方ともなればそれに輪をかけて影を濃くしている。そんな雰囲気にどこか落ち着きを感じここに集まる俺たちは、少し変わっているのかもしれない。


 だが、そんな雰囲気だからこそ却って話しやすいこともあるかも、なんて思ったり。


 俺たちはいつものように、それぞれスプリング遊具とブランコに腰掛ける。話すときに限ったことではないが、三人で集まって時間を過ごすときはこの定位置につくのが半ばお決まりのようになっていた。


「んじゃ早速今朝の話なんだけど。どっから話すか……」


「遅れたこと自体の原因は寝坊ってことだよな?」


 話の切り出し方を考えあぐねていた俺に、話しやすそうな部分から語ってもらおう、そんな気遣いからかムックはそう聞いてきた。


「ああ、そうなんだよ。目覚ましはいつも通りしっかり鳴ってたんだけどさ、ちょっと昨日の夜いろいろ考え事してたら寝るのがだいぶ遅くなっちまって……」


 小さく息をつき、俺はブランコに体重を預ける。錆びた関節部が小さく軋み、木々の中に音が吸い込まれていく。


「結論から言っちまうと、俺んちって母子家庭じゃん? んで、母さんが彼氏が出来たって。もちろん再婚前提で交際してるんだと」


「あー……」


「なるほどねぇ……」


 ムックも巡莉も、得心がいったという声とともに頷いた。


「巧はその再婚についてはどう考えてるの?」


「まあ、今までずっと母さん一人で俺たち姉弟を育ててきてくれたわけだし、そういう相手がいたほうが今後楽なのかなと思ってはいるよ。相手にもよるけど」


 実際に会ってみないことにはなんとも言えないが、再婚することで何よりもまず母さんの負担が減ることは確かだろう。


「つっても、この多感な時期に再婚ってなかなかシビアなとこあるよなぁ。家族の中に新しい人間が加わるんだら? 兄弟が増えるとかならともかく」


「自分で多感って言うのか……」


 しかしムックの主張ももっともだった。姉はもう割り切っている節があるが、俺としてはどこか複雑な心境になっている部分は否めないのだ。


「それでまあ今度顔合わせってことで四人で食事に行くことになってさ。ま、あとはその時の感じ次第ってとこだな」


「そっかぁ。……その、話してくれてありがとね」


「話しづらい内容なのももちろんだけどさ、そりゃ寝れなくもなるのも納得だわ……」


 二人は優しく微笑みながら、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。


「いや、むしろ聞いてくれてありがとう。なんか姉はもうある程度受け入れてるっつうか、理解を示してる感じだからさ。尚更俺だけがまごついてるような気がしてて。だからお前らに聞いてもらえただけで少しスッキリしたわ」


 三つ年上とはいえ、やはり女であり年長でもある姉はそのあたりの切り替えがスムーズにいくのだろう。これが大人っていうことなんだろうか。


 自分で思って、何だか少し癪に障った。こういうところが子供ってことか。


「まあともかく、俺の寝坊の原因はこんなとこだ。悪かったな」


「謝んないでいいよ。てかむしろこれからも相談に乗るし。といっても話聞くくらいしかできないかもだけどさ」


「そうそう。お悩み相談室はいつでも開いてるぜ~?」


「あっはは、じゃあまたよろしく頼みますかね、先生方」


 二人の冗談交じりの笑いにつられ、俺も自然と笑顔になるのを感じた。話してよかったと、素直にそう思えた。


「とりあえずなるようにしかならねぇだろうし、今はあんま考えすぎないことにするわ。もう寝坊はごめんだしな」


「そうだねー。朝ダッシュはさすがにもう勘弁だわ……」


「いや、それはお前が変な話に首突っ込んだからだろうが」


 二人の声を聴きながら、胸の内が多少軽くなったような、小さな安堵を感じていた。


 俺は俺なりに向き合えばいい、よな。姉のように難なく、というわけではないけど、今のできる限りで受け止めていくしかない。


「それはそうと、もうあとひと月足らずで夏休みだら? 暗い話はやめてさ、夏休みに何するかでも考え――」



 場の空気を切り替えようと話を振った時だった。


 背後の草藪からがさり、と何かが動くような音がした。


 巡莉とムックにもしっかりと聞こえていたようで、遊具に揺られながら音の元へ視線を向けている。


「え、何? 何か……いる?」


「まあ、猫か犬じゃねえの……? 時々ここら辺でも見かけるし」


 夕暮れ時のうさぎ公園。薄暗い神社の裏の敷地。そんな雰囲気に中てられてなのか、無用な勘繰りが働く。


 しばしの間動かずにそこを見守っていると、小さく『みゃあお』という声が聞こえてきた。


「おぉ、ほんとに猫だったな……」


 こういう時は当たらないのがお決まりみたいに思っていたが、予想外の結果に思わず呟く。


 逆に俺の勘繰りはいい意味で外れたようだ。そもそもそういうものは信じてないし。ほんとだし。


「お、おう。まあ予想通りってとこだな」


「ほんとはちょっとだけビビってたくせにー。てか猫ならなでなでしたい!」


「はぁ⁉ びびってねえし! 俺も撫でてえし!」


 二人はバネの反動そのままに遊具から飛び上がりると、声のした草藪へと素早く且つ音を抑えて忍び寄っていく。俺はそのままブランコでその様子を見守ることにした。


 巡莉が先にたどり着き、裏を覗き込んだ。


「さーて、猫ちゃ……——うわっ!」


 何かに驚き声をあげる巡莉、そしてその声に反応して体をびくりと跳ねさせるムックに、俺も内心少しばかり面食らいながら声をかける。


「お、おい、なんだよいきなり変な声出しやが――」


「ちょ、ふみちゃんじゃん! びっくりしたぁ……。いやてかなんでこんな藪の中に⁉」


 俺の言葉が終わるより先に、再び巡莉が驚きの篭った声で捲し立てる。


 ……ふみちゃん?


「まじで新井さんじゃん。ってかビビらせんなよ巡莉ぃ」


 巡莉の後ろから肩越しに覗き込んだムックもその対象に気づいたようだった。


 新井さん。ふみちゃん。それらの呼称に該当する人物を俺は一人しか知らない。


 巡莉より少しだけ長い黒髪を揺らしながら、その髪にほど近い色合いの黒猫を胸に抱え、彼女は藪からがさりと立ち上がり姿を現した。



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