第2話 神隠し

「そういや、なんで田島さんだっけ? はその花屋の店員さんのこと見てたんだ?」


 給食を終え昼休み。あの後どうにか遅刻を回避した俺たちは無事に朝の清掃に参加し事なきを得た。そして再び教室の隅の窓辺でこうして三人、顔を突き合わせている。話題は当然今朝の出来事に関するものだ。


「まあ私の推測になっちゃうんだけど、たぶん近所に若くて年の近い女子バイターがあんまりいなかったんじゃないかな。そんでちょっと仲良くなりたいなー、みたいな?」


 俺の問いに巡莉はどこか楽しそうに答える。なるほど女子の好きそうな話題といった感じだ。


「青春物語が幕開けそうだったってことかぁ。その矢先にこの一件はつれえな」


 妙に哀愁を漂わせるムックが遠くを見つめながら囁く。どういうキャラなんだそれは。


 しかしムックの言葉自体には俺も共感するところがあった。


 謎の消失を遂げた女性アルバイト店員、か。


 ふと、一つ思い出したことがあった。


「そういえば、なんか最近行方不明の事案が各地で多発してるって話だよな。なんか関係あんのかな……」


「あぁ、確かになんかニュースでもちょくちょくやってるよね。一部ではなんか神隠しとか言って盛り上がってるっぽいし」


 女子たちの間でも当然その手の話題は挙がるのだろう。巡莉は少しばかり考え込む様なしぐさを見せる。


 ここ数週間の間にこの玖島市を含めた周辺地域で、行方不明者が続出するという奇妙な事件が起きている。今までにも月に数件の行方不明者は出ていた。とはいえそれはどこの地域にも言えることで、そのほとんどは高齢者の迷子や一握りの家出少年少女くらいなものだった。大体は何らかの形で解決している。


 しかし最近のものはそれとはどうにも異なるものだった。年齢層は幅が広く、地域もやけに限定されている。ここ玖島市や隣の竹津市、その他隣接する二、三の市でそれぞれ数十件が確認されている。それもここ三か月の間だけで、だ。彼らは未だに原因さえわからず行方知れずのままだ。だからこそここまで話が大きくなり始めているということらしい。


 更に奇妙なのは、行方不明になる人物の年齢が徐々に下がってきているのではないかということだった。初めこそ三十代の会社員などが消息不明になることがあったらしいが、そこから二十代後半、前半、大学生等の学生と少しずつ若くなってきているというのだ。このまま順当にいけばいずれ十代の若者すらその事件の被害者(と呼ぶのが適切かはわからないけど)となり得るとかなんとか。


 ちなみにこれらの情報の出どころは我らが情報の窓口巡莉だ。


 あまりに不審な行方不明事件の連続に、さすがの警察も事件性を疑っているのか最近ではテレビでもニュースとして取り上げられることが増えている。


「今朝のやつがもしこれまでの行方不明事件と同じだとしたらよ、謎の解明なんて出来るのか?」


 俺の机の正面に隣接する机に頬杖をつき、ムックが悩まし気に呟く。


「かなり超常現象じみてきてるもんなぁ。正直少しだけワクワクしてるとこはある」


「ははっ、だよな」


 俺の言葉に目を煌めかせながら賛同するムックに、巡莉も小さく頷く。


「確かに非日常感あるよね。まあ、実際に消えちゃった人たちからすれば全然冗談じゃないんだけどさ」


「まあ、そうだよな。当事者じゃないとどうしても他人事になっちまうし」


 ただ、もし本当に行方不明者の年齢が下がり続けるのだとしたら、俺たちもこんなに暢気に浮かれてる場合ではないのかもしれない。


 なんて、さすがに深刻にとらえすぎだろうか。


「ともかく、俺たちにできることは残念ながら今んとこなさそうだし、あとは今後の続報でも待つしかねえよな。果報は寝て待てってさ」


「それって正しい使い方?」


「ま、まあ多分」


「怪っし。絶対違うね」


 ムックと巡莉のやり取りを横目に、俺はグラウンドに目をやる。男子の集団が(今の時期にしては)好天の機を逃すまいとサッカーに精を出している。そんな日常的な光景とは裏腹に、俺はどことなく胸騒ぎを覚えていた。本当に薄っすら、漠然としていて、意識しなければ自覚さえできないような極めて小さな不安。先ほどの話題が原因なのかさえわからない。


 しかし、こういう胸騒ぎのあとは、結構な確率で何かが起きる。それは割とすぐのときもあれば、少しの間を空けて突然に起きることもあった。ただでさえ気持ちの整理をつけなければならないことがあるというのに。


 遠くに層を連ねる暗い雲を見つめ、やり場のない心の陰りを無意識に重ねてしまった。

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