第58話 眞紅・ダン・エクレール・1

 夕日が落ち始めた空の下、ぐちゃぐちゃになったカジノドームから列車が走り出す。ホームまで見送りに来たカイラとシェイスは、街と同じくらいボロボロのまま一行に手を振ってくれた。

 彼女達はこれからもこの街で生きていくのだろう。居住エリアや商業エリアの被害は少ない。街を捨てる判断をするには生きている人も無事な家も多すぎる。何よりペーレイラが許さないだろう。

 アミティエは、どうしていいか分からず、二人の姿が見えなくなってもしばらく窓の外を見て、手を振っていた。少しでも二人へのエールになってくれればいい、と考えていた。


 結局この列車の物資が整備されていなかったのは、第四主都側の電脳庁の係員が死んでいたからだった。データ上では係員は出勤して仕事をしていることになっていたので、数少ない利用客以外は気づかない。そしてその利用客の半数は第四主都の真実を知っていたから、何らかの実験だと考え、それ以上は何も考えず放置して事が明るみに出なかった。

 もし何かに気づいたら帰りの便には乗れないかもしれないからだった。

 あまりにも色々なことがあった一日だからか、誰も歓談エリアにはおらず、自室で時間を過ごしていた。


 クレイドは列車の上に上がり、荒野を眺めていた。遠くにゴレムが見えたが、すぐに地中に潜り見失ってしまった。

 彼がそのままじっと景色を眺めていると、梯子を上る音が聞こえる。

 いてて、と小さくぼやく声が聞こえて、クレイドは手を伸ばした。

 梯子を上っていた眞紅は、ごく自然にその手をとった。

「やっと握手してくれたな」

「怪我はもういいのか?」

「会話をしろー。ローレルとかには内緒な」

「……後で密告する」

「密告宣言はやめろや。……ペーレイラの長く厭味ったらしい上から目線の言い訳を聞いてさ」

 眞紅は左手首のQUQを指して笑った。


「データ不足で犠牲が多いのも、ここ最近やたら研究が進展していたことも確かで、気がついていた。きちんと勉強していた退魔士なら皆そうだろうな。でも研究について考えたことがなかった。全部人工知能に任せていたから。

 ネバーエバーリビングデッドって、つまりは絶対に生きる屍なんぞにはならんぞって意味なのに、完全に思考放棄した生きる屍になってたなぁ、と思いました。まる」

「だから気がついたんだろう。ギフトは……共鳴者の願いや精神性と対応する」

「問題はそこだよ。実は俺気にしてたんだ。自分の命だけ助かるようなギフトだろ?『死者は囁き人は眠れずネバーエバーリビングデッド』。

 他人とシナジーないくせに、俺一人だけ絶対死なないんだもん。徹頭徹尾自分が死にたくないとしか考えてないって証拠じゃん。似た自己強化系ギフトでも教え子達もラテントとかローレルとか、皆それ使って他人助けられるわけ」


 ペラペラと話した後、眞紅は大きく深呼吸をした。

「だからお前に死なない力は大切だ、って言ってもらえて嬉しかったんだ」

 急展開に驚いたクレイドが眞紅を見ると、彼は「わはは」と悪戯が成功したように笑った。

「この長い自分語りは全てお前に礼を言うための布石だったってわけ。

 ありがとうな」

「……気づかず真剣に聞いていた」

「言っとかないとな、って思ったんだ。議員やカイラを見ていたら」

 もう見えなくなった第四主都の方角を向く。夕日の傾きが増してきて、まもなく星が見えてくる頃合いだ。数時間前まで満天の星空の中で転げまわっていたことが遠い昔のように、今は本物の夜が待ち遠しい、と眞紅は思った。


「俺は」

 列車の音にかき消されてしまうほどの小さな声で、クレイドは話し出した。

「セセリの考えが少し分かる」

 眞紅は、うん、と小さく相槌を打った。クレイドはそれに安心したように続けた。

「自分を諦めて欲しい、というあれだ。いびつな祈りだ。……俺もいつも祈っていた。母や妹が生きている時はどうか俺を諦めてくれ、と。そして彼女達が死んだ後は、俺を許さないでいてくれと」

「つまりそれって忘れないでいてくれ、眠らないでいてくれと」

 優しい声で冷酷な意見を伝える眞紅に、クレイドは怒ったりも悲しんだりもせず、目を細めて喜んだ。互いに誠実に対応しているのだという信頼感が二人にはもう存在していた。


「手厳しいな。だが……その通りだ。カイラが安らかな眠りを祈ったと聞いて、それこそが正しい死者への祈りだと思った」

「祈りに正しいも間違いもないよ」

「この世界にはある。俺達は皆それを忘れていたんだ。

 レムレスが祈りを叶えてしまうようになったから」

「叶った祈りがレムレス、じゃなくて?」

「……セセリの顔をしたヴォイドと斬りあっていたら、そう思えた」

「じゃあ案外、それが正解なのかもな。でもやっぱり、大切な誰かが死んだとしても、決して再び会いたいなどと願ってはならない。神様どうか、などと祈ってはならない、なんて寂しいよ。

 この世界では、その願いと祈りは叶ってしまうのだから……祈っちゃうよ。俺だって」


 眞紅にはその続きは言えなかった。だが、クレイドはそれでも尋ねた。

「……孤児院にいたと言っていたな」

「何か聞きたいことでも?」

 聞いていたのか、とは問わなかった。

「何故レイオールに?」

 眞紅は「面白い話じゃないけど」と前置きをして、荒野に目をやった。

「俺の生まれた国で政権交代による移民の虐殺と戦争が起こった。当然レムレスも、戦災孤児も増えた。で、恐怖と混乱の中一般市民様はこう考えたわけ。孤児どもがレムレスを生んでいる、と」

「政府ではなく」

「政府でも自分達でもなく、俺達の清掃に国民は明け暮れた。いないものとされていた俺達が突然全ての元凶ってことになって皆に血眼で探されて、捕まったら殺された」

 はぁ~あ、と大きなため息をついた眞紅は、なんだが逆に笑えてきて流れのまま笑った。

「ある日、国際会議で遠征していたレイオールの退魔士チームが来た。偶然道案内をした俺だけが助かったんだよ。……全滅だ、二歳児とかも吊るされた。流石に可哀想に思った退魔士達は様々な条約を無視して俺を連れ帰ってくれたんだ。

 俺はその場の同情や人の心ってやつに助けられて今ここにいる。そんな感じ」

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