第57話 ペーレイラ

 件の人工知能からの通信に、「げ」とアミティエは誰より大きな声で嫌がった。


『ご苦労様です。レムレス・ヴォイドの撃破成功。見事任務達成です。第一主都への帰還のための特別列車を手配しました。現時刻から三十分後の便にお乗りください』


 突然の通信にかかわらず一方的に命令だけ話してくる人工知能に、身構えていた九人は思い思いに怒り出す。

「は?おいふざけるな!とっとと帰れってか?アンテナ折られてぇのか!?」

「いいねぇおっさん!俺も加勢するぜ」

「もうちょっとゆっくりしたいー!隊長だってまだ寝てるんですもん!」

 三人を抑えてエルデは冷静に語り掛ける。

「ペーレイラ、説明を願います。せめて我々に毒を盛る命令をストライに下した理由だけでも」

「自らが完璧との暴論に達した理由も。言わなければこちらが分析するまでですが」

「いいや、それだけじゃあ足りないね。あんたの一連の行動を全部説明しないと居座るよ。私は本気だ」


 そこにシェイスと、彼女の車いすを押してカイラが入ってきた。エルデはQUQを指さし、一緒にいてほしいと頼みこむ。二人は訳も分からないままに頷いてくれた。

『説明をすれば帰還に同意してくれますか?』

「はーい。納得は出来ねーかもですが」

 ペーレイラタワーが一瞬赤く光った。赤は確か超高速でなんか考えてる時だったっけ、とアミティエは気になったが、その質問は今度にとっておくことにした。

『第四主都ではこの一年と百三十二日間、セセリ・オーディの遺体に寄生したレムレス・ヴォイドの経過を観察していました。そもそもこの街は実験施設として造られましたから、彼女が第四主都で覚醒したことは大変好ましいことで』


「ちょっと待った、実験施設?主都まるごと一つ!?」

 遮ったゴーファーの質問に、ペーレイラは慇懃無礼に答える。

『そう述べましたが?カジノはカモフラージュです。避暑地に来る富裕層を隠れ蓑として関係者の往来を自然なものとしたのです。実験を知る者は一等市民や二等市民に限られていましたので』

 唖然とする人間達を一応気にしているのか、ペーレイラは少しだけ間を置いた。

「……処刑も、死と祈りの実験の一部か」

 クレイドの呟きを肯定するようにQUQが点滅した。

『補足すると、危険分子や性的倒錯者のあぶり出しにも活用されています。

 レムレス・ヴォイドの話に戻りましょう。当該個体から得られる情報は全人工知能と全退魔士に共有され、本日まで大いに役に立ちました。しかし、私の監視下から逃れた人間がネーレイスに接触したことで、ネーレイス及び他の人工知能はこの実験の終焉を決定しました。たった二日前のことです』

 カイラはタラズのことを考えて、ぎゅっと強く目を閉じた。


『私は反対しました。まだあの個体から引き出せる未知の情報があると、約二万通りの予測データを提示して決定の撤回を求めましたが、受理されませんでした。そしてあなたがたが派遣されました。

 しかし、あなたがたとの接触でゼノシージ濃度に変化が起こりました。私は決定に逆らってでも観察を続ける必要がある、と判断。時間を稼ぐためにあなたがたへの攻撃を指示しました』

 ペーレイラは自分からストライに送ったメッセージを公開する。ストライは一度、これは本当に必要なことなのか、を人工知能に問いかけていた。当然です、という返信のすぐ後に、了解、とだけ短いメッセージを戻している。


「ご丁寧に致死量入れろと」

 ラテントは顔をしかめた。

「もしかして今までも似たようなことやってたんすか?」とビョンギは吐き捨てるように言った。

 文章内には方法と量と薬剤の保管場所もしっかりと記載されており、事前に警察署から神経毒を盗み出してもいる。執行官や住民の失踪もペーレイラが記録しなければなかったことになるのがレイオールだ。データ上は紛失していない毒物がどこかで使われようとも判別は不可能だ。

『全て肯定します。一時離脱程度では任務を続行する確率が高かった。そして全員のデータを鑑みるに、誰も同僚の死に動揺して祈らないと確信がありました』

「なるほど、まずは執行官への攻撃を調査しないといけないものねぇ。すぐストライが犯人と分かって、そしたらあいつが切り捨てられる。あんたらからしたら犠牲は二人ですむ。ふふ、鉄屑の分際で好き勝手に……」


『エクレール執行官が服毒したこと、そして生還したことは完全に想定外です。全ての計算が狂ったことも認めましょう。ですが、当該個体は更にゼヌシージ粒子とのシンクロが進み、真のヴォイドにまで至りました。協力を感謝します、執行官達。オペレーターもいましたね、ご苦労様です。これからも人々の安寧を守るとともに、社会に貢献し続けることを願います』

「……待って、彼女を観察していたといいましたね」

 高説を垂れる人工知能に、カイラが待ったをかけた。

『カイラ・マウジー執行官、並びにシェイス・オーディ議員。あなたがたの貢献にも感謝します』

「貢献?ちょっと待って、私は」


『たかだか地方議員と一警察官の稚拙な工作が我々を欺けた、と本気で考えていたのですか?』


 全員が絶句したのをいいことに、ペーレイラは続けた。

『レムレスが発生し、市民が通報の義務も遂行せず、あまつさえQUQを不正操作。それら全てをリアルタイムで観察していました。九割を超える非常に高い確率で、当該レムレスはヴォイドに進化すると導き出したから干渉せずにいただけのこと』

 胸と口元を抑え、カイラは俯いて震えた。

『あなたがたの浅慮な暴走がこれほどの成果に繋がったことも計算外でした。やはり我々は未完成。完璧などと驕ったことを認め、訂正し、謝罪いたします。

 更なる発展と進化のため、引き続き人間とレムレスの観察が必要だと再確認しました。この度の多大なる貢献の報奨として、執行官、議員両名の反政府行動に対する刑の執行は棄却されました。

 これからは社会を構成し同じ世界に生きる一市民として、恥じない選択をしていただきたいものですね』


「えぇ、もう間違えたりはしませんわ」

 シェイスはしっかりと前を向いていた。カイラは涙が滲む両目で目の前のシェイスを見た。

「あなたたちが憎い。ですが、確かにこの世界にはあなたたちが必要ですもの。屈辱的でも、ここはその恩赦を受け入れましょう。

 機械ではなく、人々のために、社会に貢献いたします」

『我々はどちらでも構いません。全ての行動は世界に蓄積されます。いかなる土壌でも、そこにしか芽吹かないものがあると知っています。共に礎になりましょう』

「私も……。思いも、願いも……祈りも、いつか誰かのためになると信じています」


 クレイドはただ、自分を鼓舞するように前を向いたカイラ達を見ることしか出来なかった。

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