第56話 そして真実へ

 静寂が支配する世界でシェイスは顔を伏せ、泣いていた。二人目の娘を失った痛みを吐き出すように大きな声で泣いていた。

 レムレス・ヴォイドがいた場所には綺麗なコアだけが残され、クレイドはそれを拾いあげた。二十一グラムの彼女の夢の残滓を適切に収容し、瓦礫を飛び越えて急いで眞紅へ駆け寄った。


 眞紅は壁に寄りかかるように立ったままだ。全身傷だらけで頭からも肩からも血が出ていて、ギフトが働いているかどうかも分からない。彼のQUQは絶えず救難信号を放ち、近隣の医療ポッドの所在をサーチし続けている。

「眞紅」

 クレイドは、彼が思っているよりも震える声で眞紅の名前を呼んだが返事はない。QUQを操作して身体の状態を見たり応急手当プログラムを起動したりするも、慣れない作業で不安ばかりが募る。


「大丈夫、正しい操作が出来ています」

 足を引きずりながらカイラが現れ、クレイドに声をかけた。何も言えないクレイドを気にせず、カイラは別画面を出して横から一緒に操作をしてくれる。

「手を動かして」

 驚くばかりのクレイドを叱るその声は冷たいままだが、鋭さは無かった。

「助かる」

「うるさい。兄さんのことは許していませんから」

「……あぁ」


 気道に詰まった血液の排出を開始します、というアナウンスが流れた。直後、眞紅の喉が動き、血の塊が口から出てきた。そして彼はゆっくりと呼吸をしだした。

 彼のQUQに運搬をしてもよい状態だと表示され、近くの救護ポイントへのルートが見えた。クレイドはほっと息をつき、壊れ物のように優しく眞紅を持ち上げた。

「私は行きます。他の人を助けますので」

「あぁ」

「あぁ以外言えないんですか?」

 それを封じられるとクレイドは何も言えない。三点リーダーを駆使して黙っていると、カイラは呆れたようにため息をついた。

「もういいです。でも」

 カイラは、ふ、と目尻を下げた。

「目の前にいたら、助けようとする人だって分かったのは、良かった」

 レムレス・ヴォイドと戦っていた彼をカイラもしっかりと見ていた。彼の戦い方も、そのおかげで回収出来た部下達のことも、彼女は記憶していた。


 クレイドは何も言えず、歩き出した彼女の背中を見送った。

「……人を恨むには……解像度が高い方がいいもんな」

 突然眞紅が、息も絶え絶えに話しだした。カイラは足を止めて話を聞いてくれた。

「本物見て、納得して、自分にあった憎しみを選ぶといいかも、だ」

 眞紅のその言葉を頭の中で十分に咀嚼するように、彼女は地面を見ていた目線を上げた。

「……お大事に」

 カイラは一回だけ振り向いて、眉を下げて笑ってくれた。そうして彼女は去っていった。兄との約束を果たすために、自分のやるべきことをするために。

 それぞれの世界を守るために。


「こんな時にまでお節介か」

「二度目に会う時は、お互いじゃないかもしれない世界だから」

 言葉にするまでもなく、二人は祈りが叶ういびつな世界のことを考えた。

「瞬間瞬間、納得するよう選ばないと。後悔するのが趣味でもないなら、な」

 眞紅は大きくせき込む。絶えず逆流しようとしてくる胃酸や血が口の中に滲み、いつもの軽口も上手くたたけない。心配そうな青い瞳に、何だか面白くなって笑ってしまい、肋骨の痛みに気がついて呻いてしまった。

 だがそんなことよりも。

「ってかさっき、やっと、名前」

 それだけ言って眞紅はまた気を失った。

「おい!……はぁ」

 QUQが彼は無事だと告げている。クレイドは大きく息をついて、ゆっくりと歩き出した。議員を助け起こしていたアミティエとエルデがこちらに手を振っている。

「いくらでも呼んでやる。……生きている相手なら」


 めちゃくちゃな支部局の中で十人全員が揃った。この状況下でほぼ無傷のベテラン二人を、両足が折れたパウルは遠い目で見ていた。腕にひびが入ったムルナと走り回って疲労困憊なエルデとビョンギは床に転がって回復を待っているが、ぶっ飛ばされた上に起死回生のタイミングでギフトを使っていたはずのゴーファーは、壁が少なくなって風通しが良すぎる支部局内を物色して回っていた。

 軽い打撲と擦り傷をQUQに任せたアミティエは、かろうじて無事だったソファーに寝かされている眞紅を覗き込んだ。


「また死にかけてる」


 治療が済んで、ギフトが活性化して細かい傷はみるみる内に塞がっている。だが見えない服の下や内臓や失った血はどうだろう。アミティエは自分より心配していそうな男に目をやった。ソファーに背を預け、地面に座るクレイドは、グレーダーの手入れをしている。

「心配ですか?」

「あぁ。……心配している。とても」

 素直に認めたクレイドに、アミティエはここ数時間忘れていた心の底からの笑顔を浮かべた。

「良かった。クレイドさんもなんか元気になってる」

「……別に俺はいいだろう」

 意味が分からないとでも言いたげに、クレイドは首をかしげた。

「いえいえ。どうですか?うちの教官、あ、今は隊長だけど……。こんな面白い人がいると思うと、この世界って楽しいんだな、美しいんだなって思えません?」

 クレイドは言葉では答えなかったが、目元だけで困ったように笑った。それが答えだとアミティエは思った。


 そこに、全員のQUQにペーレイラから通信が入った。

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