第50話 侵略せよ、我が翅と夢・2
切断された執行官の腕とグレーダーは、隣家の屋根や壁にガツンガツンと当たって下に落ちた。
「え?」という声が漏れ出たのは、地面に落ちた腕が血染みではない黒い液体に……
ワンテンポ遅れて彼と同じように高所から狙っていた狙撃手達の足や頭が切断され、次々と下に落ちて飲み込まれていった。
恐怖から一人が叫び声をあげると、伝染したかのようにそこらじゅうで悲鳴が響きだす。グレーダーから手を離す者、ギフトを停止させてしまう者、隊列を崩し逃げようとする者で戦場は混乱した。
「落ち着け!攻撃はどこから……」
カイラは前線基地から叫ぶが、モニターが全て切断された。
「隊長、動いてる!」
ムルナが叫んだ。高所にいる彼女からは見えているようだ。意識していない状態で彼女の声を浴びせられた眞紅は、脳が揺さぶられる感覚に吐き気を覚えながら、基地とバリケードを超えて目視で戦場を見た。
カイラも頭と胸を押さえながらそれに続いた。
土煙の中、片足の欠けた人影がゆっくりと立ち上がった。だがすぐに、そのシルエットは、人の形ではなくなった。
セセリの後ろに何かいる。
それは、翅を広げた蝶だった。
そうだ、彼女はとっくに羽化していた。ただ翅の広げ方が分からなかっただけなのだ。
巨大な四枚の翅がめきめきと音を立てて更に広がっていく。表面が蠢くその翅に目を凝らして見てみれば、それらは人の身体の一部が幾重にも折り重なり出来ていた。
街中にばらまかれた肉塊や片づけられていない遺体を思い出し、眞紅はあれらの用途はこれか、と嫌な納得をしてしまった。
翅の中心、普通の蝶ならば胴体があるはずのそこに、セセリはいた。一応翅は背中から生えているようだ。おぞましいものを背負っていながらも、彼女自体は涼やかな美しい顔を保っていた。左足は真っ黒な何かが補っている。
セセリの姿は疑似餌のようだった。
化け物としての本体はその後ろにある巨大な翅だと分かる。そして煙が引いて次に現れたのは、彼女の周辺で星空のようにきらめく、大量の真っ黒な
超空洞だ。彼女の世界が、世界を侵食するように形成されていく。
セセリが動く度に髪や服や翅の隙間からトランプがひらひらと落ちてきて、それが地面に刺さるとそこから地面が侵食されていった。まさに黒い星空が足元に広がっていく、幻想的で美しいさまだった。
西暦が終わったその時もさぞや美しい終焉だったのだろうと思うほど、レムレス・ヴォイドの世界侵略は、神々しかった。
「距離をとれ!あれに触れたら」
眞紅が命令を言い終わる前に彼女が笑うと爆発が起きて、トランプが超高速で飛び回り、執行官達を切り刻んだ。
そしてその下にまた黒い星空が広がり、そこに身体が浸かった執行官はどんどん沈んでいく。そして沈んでいった執行官達は、彼女の羽に還元されていく。
「これ、楽しいね」
セセリの顔で化け物が喋り、笑った。
彼女がほんの少し翅を動かしただけで風が逆巻いてトランプがはためき、まるで蝶の大群のように大空へ飛び立った。
またあの攻撃が来る、と身構えた眞紅だが、そうはならなかった。真っ向からクレイドが炎をぶち当ててその嵐を相殺したからだ。
燃えたトランプの火の粉が風に乗って街の残骸に降り注いでいく。
星空の次は彗星か、と眞紅は馬鹿馬鹿しいことを考えていた。
「あはははは!お兄さん、すごいね!この僕とやりあえるんだ!」
コールタールのように重たく、靴底にまとわりつく液体をものともせず、セセリは一歩踏み出し、支部局へと歩き出した。
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