第49話 侵略せよ、我が翅と夢・1

「地図情報更新しました!」

 全員のQUQが更新され、通れない道や脆くなった床や倒壊の恐れのある建物の情報などが共有された。前もって各員に伝えていたプランを最適化しようと考えていた眞紅の耳に発砲音が響いた。それを皮切りに戦闘が始まったらしく、銃声や怒号が飛び交い始めた。


「え?もう交戦したの!?始まってる!?近くない!?」

 慌てふためているパウルを横目に、支部局一階と正門前道路に置いた前線基地で分析官達が報告する。

「先遣部隊とラテント隊が対象と接触、戦闘を開始しました!」

「レムレス・ヴォイドは地下から支部局方面へ進んでいましたが、マルラドゥク執行官の攻撃で片足を切断され侵攻を停止しました!ここから距離二百メートル!」

「あぁ、ラテントのギフトか!」


 ラテントのギフト『狼ははばたかないグレーショット・アドミラリ』は対象の支点を見抜く能力だ。どんな物体も支点を壊せば安定状態を保ってはいられない。物理法則から逃れられていないセセリには抜群に相性がいい。

 ただし彼のギフトは見抜くだけだ。狙撃は彼自身の腕前にかかっている。

 分析官が調節してくれたモニターには、左足の膝から下が吹き飛んで地面に倒れているセセリと周囲を取り囲むゴレムが映っている。よくもまぁレムレス・ヴォイドの足に当てれるものだ、と眞紅は心底感心した。


「レムレス・ヴォイドを守るようにゴレムが多数出現!先遣部隊が襲撃されています!」

「ローレル隊は援護に回っています!ゴーファー隊は一時散会、立て直しを行っています!」

「……なんか、すごく、人間みたいですね」

 パウルが顔を青くしながら呟いた。セセリは見慣れたカジノの制服のまま、長い黒髪を埃と土で汚しながら倒れている。ゴレムがいなければ執行官達に武器を向けられる可哀想な女性、としか見えない。だが彼女の千切れた左足からは血ではなく、黒いもやが出てきている。吹き飛んだ足はまるで繋がっているように足首を回してみたり、靴側面で地面をすって移動しようとしたりしている。


「じゃあムルナ、やってくれ」

 ムルナは支部局の屋上に立ち、再びマスクを下にずらして、超音波を放った。

生まれることなき無言歌ファニー ノイジー ロマンシア!」

 彼女の詠唱に応え音叉の形をしたグレーダーが、ギフトを調節しながら増幅しセセリとゴレムまで一気に届き、空気が振動して短く鋭い風を与えた。

 突貫作業だが全執行官のQUQに超音波対策をインストールし、ムルナの方でもターゲットだけに超音波を届けるように頑張ってくれている。

 意識しないとゴレムを操れないセセリの平衡感覚を狂わせてやれば、ゴレムの足並みが揃わなくなっていく。この好機を逃すわけにはいかない、と眞紅は予め移動を命じていたメンバーと通信を繋げる。


「包囲網が出来るまであのポイントに縛り付けておいてくれ!」

「はい!」

 アミティエ、エルデ、そしてクレイドはそれぞれ別方向のビルの陰から飛びだした。三人以外にもカイラが選出した執行官達が三人をサポートするように銃撃を開始した。

「あー、あれか、あれのせいだね。耳がおかしい、クラクラする……」

 セセリがぼんやりと囁いた言葉は誰にも聞こえない。ゴレムを斬り、砕き、撃ち、殺戮者達がセセリの眼前に迫る。


 アミティエとエルデは、あまりセセリには近づかずゴレムを派手に潰して彼女の恐怖や危機感を煽れと指示されていた。一般人が破壊活動で足が動かないのは普通のことだ、と納得していたが、まさか作戦前に物理的に足を動かなくされているとは思わなかった。それでも戦意喪失させられたなら、と意識的に、いつもよりも暴力的にゴレムに攻撃し続けた。

「隊長の言う通りだ、そもそもこいつら、めっさ脆い!」

 アミティエはグレーダーすら使う必要が無い、と言わんばかりに動く土塊に蹴りを食らわせた。ゴレムの身体が一蹴りで瓦解し、砂山の上を掃いたように無数の砂の粒が飛んで行った。


「痛い、痛い、痛い……!」

 セセリは呻いた。足を押さえて丸くなっている。哀れさを感じる者もいた。だが一瞬でもそういった余所見をした者から命の火が吹き消される。一人の執行官が銃口をわずかに下げたその刹那、ゴレムに襲われた。

「馬鹿野郎ぼさっとしてんな!下がってろボケ!」

 ゴーファーは罵声を浴びせながらその執行官を受け止め、引きずって他の執行官に引き渡した。

「レムレス・ヴォイドのゼヌシージ粒子の活動著しく低下!このまま押し切れそうです!」

「包囲網、ほぼ完成しました!」

「今がチャンスだ!構えろ!」


 様々な立場の色々な人間が口々に叫ぶ。ただの報告であろうと独り言であろうと声を張り上げねば自分の耳にも届かない。岩と人が壊れる音と機械とギフトが駆動する音で世界が満ちたようだった。

 クレイドがセセリの眼前に立った。炎をまとった大剣を手に一気に踏み込んで、左右のゴレムごと彼女を両断しようとふりかぶった。


「とっととくたばれ化け物め!」

 誰かがそう叫んだ。


 セセリの腕が、クレイドの剣先を弾いた。周囲の十体ほどのゴレムは燃えるでも砕けるでもなく、一瞬で全て溶けてしまう程の炎と速度の剣を、彼女は弾いた。

 その動きに反射的に三人は後方に下がった。入れ替わるように執行官達が前に出た。

「一斉掃射、はじめ!」

「化け物……そうか。僕もう……人間じゃないんだよね」

 世界中の誰もがそれを聞き漏らした。


 四方八方からグレーダーとギフトをぶちこみ、金切り声と爆発音が戦場にこだまする。炎、水、雷といった分かりやすいギフトや移動制限、耐久力低下などのサポート、バフ、デバフ効果のあるギフトも出し惜しみなく投入した。

「撃ち方、まて!」

 ローレルの号令に、一旦攻撃が止まった。飛び交う銃弾やギフトの量や勢いが減っていたのを彼女は見逃さなかった。執行官達は号令が「やめ」ではなく「まて」であり、次の掃射もあり得ると警戒を緩めることはなかった。

 何かしらの装填や補充が必要なグレーダーやギフトの持ち主は一歩下がり、その間継戦に長けた者が前に出て備えていた。


 誰も武器を下げないままじっと煙が収まるのを待つ。これだけやったのだから、とこれだけではまだ、が浮かんでは消える。

「警戒をとくな、全てに注意しろ……」

 静寂を保とうと、眞紅は静かに通信機越しに話しかけた。だがその張り詰めたような空気の中、ストライが支部局の窓から顔を出して叫んだ。


「やったか!?」


 そのふざけた言葉に、一人の執行官が一瞬スコープから目を離してしまった。

 そんな彼の腕が切れて、グレーダーが落ちた。

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