第48話 カイラ・破
シェイスの演説を聞いていたのはカイラも同じだった。消えた退魔士達のリストに目を通しながら、彼女はクレイドを遠い目で見ていた。眞紅はあることを確認するために彼女に近づいた。
「あなたは兄の死をすぐさま知らされたようですね」
「……ジェイルバード執行官に礼を言えとでも?すぐさま死体を焼いた貴君の判断が優れていたから、兄はレムレスにならずに済んだと」
カイラは必要以上に攻撃的な態度をとった。どうやら他の誰でもない自分自身がそう考えているようだ、と眞紅には思えた。
「いえいえ。そこじゃない。例え遺体をすぐに焼却しても、あなた側に問題があれば情報は隠匿されるはずだ。だがネーレイスはあなたに兄の死を伝えた。あなたは……兄に不幸があっても折れない人間と判断された人だということです」
カイラが黙ったのを良いことに、眞紅は本題を切り出した。
「密告者はあなたでは?」
「何故、私だと?」
「元警官の執行官だからですね。セセリの死を知る警官がいるはずですから。そしてタラズ執行官のQUQを操作出来るのも、共に行動していた執行官だと辻褄が合う。彼の了承を得られなければあれは動かせません。元電脳庁の人間なら尚更です。
彼の遺体は俺の部下が発見しました。もう隠す必要はないですよ」
カイラは観念したようにため息をついた。
「……兄はレムレスと、私は悪い人間と戦って、お互いとお互いの生きる世界を守ろうと約束しました。でも私は先に約束を破った。セセリを、議員を……告発出来なかった。私には蘇った死体じゃなくて、思いあう家族が見えたから。
セセリはごく普通に生活し、私自身もあの事件を夢か何かと思うようになりました。しかし先月、カジノで取り押さえられた債務者や逮捕者に、人格矯正や記憶操作などの処置が必要なほど心が損壊した人物が増えているとデータが告げてきた。
捜査に乗り出すまでもなく、セセリだと分かりました。そしてその日のうちに、退魔士への転職が決まっていました。ペーレイラ直々の采配で」
「たった一か月でここまで上り詰めたんですか」
ある意味本当に、ペーレイラの采配は正しいと証明されてしまった。
「そこで初めて、退魔士達はいつも街の中から湧いて出るゴレム退治に走り回っていたと知りました。セセリが、レムレスが街中にいるから生まれるそれらと、退魔士達はずっと戦っていた。全然守れてなかったんです、この世界のことを、私は。
そして一週間前、兄の死を知った。私は兄を死に追いやるような化け物をのさばらしたのだとやっと理解しました。遅いかもしれないけど、どうにかしなければならない。でもペーレイラに支配されている支部局はあてにならない。だから、タラズさんに相談をしました。彼はその時は巻き込まないでくれ、と言っていたくせに」
カイラは静かに思い出していた。ゴレムに襲撃されて死にかけているアーミー・タラズ四級執行官を抱える、自身も怪我をしていたあの時のことを。
廃棄口前まで逃げてきた二人には、もう街の本当の姿が見えていた。
「まさか、街があんな……頭を打って、やっと目が覚めた、ってことかしら」
自嘲するカイラに、タラズは左腕を差し出した。
「俺のQUQを使え。ここはゼヌシージ濃度が濃すぎて、ペーレイラの目が届きにくいんだ。そしてこの回線なら、ネーレイス経由で……第一主都に、連絡出来る」
「その準備中襲われたんでしょう?こんな危険を犯してまでどうして……?」
「正しいことをしたいっていう衝動に、負けることだってあるさ。
……人間だからよ」
「分かった。……ありがとう」
カイラは震える手で彼の腕をとり、短い文章を入力した。
『国営カジノはレムレス・ヴォイドの支配下にある』
これは彼女の賭けだった。実はこの時、カイラはセセリがヴォイドだという確証を得ていなかった。ただ必死に考えたのだ。どうしたらペーレイラの支配を受けていない退魔士達が助けに来てくれるのかを。
同僚はその文面を見て笑い、最後の力を振り絞るように送信した。
「……俺の死体は、隠せ。QUQを、とられたら、ばれる」
「私があなたの蘇りを祈るとは思わないの?」
「しねぇよ」
それだけ言うと、タラズは静かに動かなくなった。まだ暖かい彼の手をとり、カイラは『冥福を』祈った後、遺体を崩れた壁の隙間に移動させる。
そうして少しだけぼうっとしていると、他の退魔士が来た。彼らも交戦した後でぼろぼろの姿だった。
「タラズがいないんだけど、彼を見た?QUQの調子が悪くて分からないの」
カイラは平静を装って、先手を打つように質問をした。彼の遺体はすぐ傍にある。だが、彼らはそれに一切気づかない。
「見てないですねぇ……僕らも入れないエリアとかありますし。そんな真面目な奴じゃないですし、さぼってんじゃないすか?」
「まずは皆のケガの手当てをしましょう。早く地上へ」
彼の遺体の前で談笑する部下達に気取られないようカイラは冷や汗をかいていた。彼らに続き、手すりの錆びた、やたら足音が響く階段を上がっていく。
その途中でいきなりの眩暈が襲ってきて、彼女は一瞬足を止めた。
目を開けたら綺麗な手すりと、足音の響かない清潔でよく手入れされた見慣れた階段になった。怪我をした彼女の歩みが遅いことには、誰も何の疑念も抱かなかった。カイラはそのまま、同僚の遺体を地下に残し地上へと、偽物の世界へと戻っていった。
「あとはあなたたちが来るまでの二日間、地獄で耐えただけです」
カイラは長い独白の後、深く長く息を吐き出した。
「……あなたはやはり、それを乗り切れる人なんですよ。ご協力感謝します」
眞紅は敬礼を返した。彼女の人生と職務にはそれがふさわしいと感じたからだ。
「貴殿の勇敢なる行動で妄執の侵攻を食い止められた。次はこの勢いのまま世界を救いましょう」
敬礼をした手を肩の高さで止めて、彼女に手のひらを少し近づけた。
「……乗った」
カイラは顔を上げて、ハイタッチで返した。
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