第47話 シェイス・破

 眞紅の話を聞いていたアミティエだが、突如驚愕の表情を浮かべた。

「ってかレイオール生まれじゃないんですか!?

 教官が弱っちいの、遺伝子操作受けてないのもある感じですか」

「そうそう、それなんだよ!レイオール生まれと俺みたいな育ちだけのレイオール人じゃマジで身体の作りから違うから!普通は一発撃たれたら死ぬの!

 レイオール生まれは一般人でも皮膚や筋肉や骨格とかの基礎から頑強、動体視力や反射神経も鋭敏と来たもんだ。病への耐性もあるんだぞ。もう子供の死亡率とか全然違うから。一緒に孤児院にいた子供、俺以外全員死んだよ。レイオール人なら死ななかったろうな、って思うよ」


「おまけにレムレスとかゴレムもいるんですよね」

「それぇ~!マジでそれ。いや、俺が怖かったのはいつだって普通の人だったけどさ」

 途端にトーンダウンした眞紅は、「何でもないよ」と慌てて取り繕った。二人はその違和感を上手く言葉に出来なかった。

「私も若い時分は国外で生活をしていましたから、お二人よりはその感覚が分かります。人が脆いということ、死が隣り合わせだと何故か生きることより殺すことを選び始めること。

 ……悪い者ではなく弱い者を一心不乱に攻撃し、世界を公平にしようとすること」

 シェイスには眞紅の辿ってきた人生に想像がついたようだった。二人にとっては何を言っているのか分からない会話だったが、眞紅は同意するように控えめに笑った。


「だから俺はレイオールに来て幸せだと思ったんだよ。食事は配給、家は一人一室提供、医療費無料!暴力的な奴には脳圧縮、暴動は無し!あったとしても機械鎮圧。

 そういえば何故議員は他の国に?セセリはレイオール生まれではない、と今うちのオペレーターから資料を見せられまして。資料には動機は書かれていないもので」

 本題はそちらだったようだ、とエルデは口を挟まないで傾聴の姿勢をとった。

「……逃避ですよ。私はエクレール執行官とは逆に、レイオールでは幸福とは言いがたい人生でしたから」

 議員は意を決したように話し出した。


「子供の頃、医療ミスで大量の興奮剤を投与された母が父を殺しました。母恋しさに刑務官になろうとしたのですが、働ける年にはとうに母は処刑されていました」

「その頃からネーレイスは貴方を身内の蘇生を祈る者と判断し、情報を与えなかったのだろうな」

 偵察から戻ったクレイドが口を挟んだ。「とくになし」と短い報告を眞紅にして終了する。その手際の良さにシェイスは自嘲的な笑いを浮かべた。


「嫌になるくらい正しい判断ね。まったくその通りよ。私はこの国では幸せになれない、と大陸大裂を超え……はっきり言うと暴行されて、セセリを身ごもりました」

「つまり出産、ですか?レイオール人がどうやって?」

 事の深刻さがあまり伝わっていないエルデは、少しずれた質問をする。

「移住の際、人口子宮を作ったんです。高いお金を払った甲斐があって、本当に子供が出来たんですよ。ただ、堕胎が出来なかった」

「すみません、その辺りの知識は教わってなくて」

「ともかく、産むしかなくて産んだ。その国では女一人での出産も、外国人の母子家庭も酷い扱いを受けて……。セセリも酷い目に遭ったから結局レイオールに戻ったの。レイオールはどんな人間も人間として扱ってくれる、平等な国ではある。そういう機械的な所が嫌だったのに、ホッとしたわ」


「機械の前では平等ですから。スイッチを押す指が何色かなど、些事ですよ」

 眞紅は俯きがちに言った。シェイスへのフォローというだけではなく、自分にも言い聞かせているようだった。

「セセリはわがまま一つ言わない良い子だった。成績も良くて家事も手伝ってくれて、人の痛みに寄り添える優しい子だった。本当です。でもセセリはレイオール人に殺された。人格矯正も思想バイアステストも受けたことのないようなごく普通の男性だったのに、一目惚れして衝動的に、ですって。

 私がレイオールを飛び出したのも、セセリが殺されたのも、人工知能では測れない、管理出来ない人の心によるものよ。セセリが生き返ってくれたのも……」


「幸せになりたかったわ。ごく普通の、ささやかなものでいいの。家族や友人に囲まれて、穏やかに日々を過ごしたかった。いつもいつも、そんな不確かな夢を追いかけている人生だったかもしれない。セセリの願いが恐ろしいものなのは、私が彼女にちゃんとした夢を見せてやれなかったからでしょう。

 私のこの幸福になりたいというつまらない願いにあの子を付き合わせた結果が、私を不幸にしたいという娘の願いに繋がったのなら……自業自得ですね」


「周囲が巻き込まれることも?」


「いいえ、それだけは違います。あってはならない」


 眞紅の意地悪な質問に、シェイスははっきりと答えた。彼女は顔を上げている。もう俯いていない。

「私のせいなのだから、私がセセリを導かなければいけません。その先がどのような道であっても、傍にいて共に戦わねばなりません。それが娘自身との戦いであったとしても。私のせいだと立ち止まるのは楽ですが……この景色には飽きました」

 議員は遠くを見ているようで、すぐ近くを見ていた。おそらくそれが世界の全てを見るということなのだ、と眞紅は感じていた。


「私は前に進みたい。あの子がいない世界に……一年前に行くべきだった道に」


 彼女の力強い言葉に、クレイドは何か考えたように立ち止まった。

 そう、彼はずっと、立ち止まっていた。

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