第46話

 外に出ると橋の向こうでは警官らがバリケードの用意をし、こちら側では退魔士がバリケードを作っている。二つのドームを結ぶ橋は片道三車線の立派なもので、石造りのアーチがかけられて景観にも気を使われている。線路の高架とは違い、いざという時に橋を落としても、下も主都内であることに変わりはない。ここで防衛戦を行うまで追い詰められたくはないとアミティエはしみじみと考えていた。


「大体は分かりました。我々第四主都支部局の退魔士のうち連絡がつき、かつ身体の自由がきく者全員で貴方がたの指揮の下作戦行動に入ります」

「確認ですが、こちらの指揮でいいのですね?」

「我々はレムレスとの防衛戦どころか市街戦すら覚束ない者ばかりです。

 この崩壊した街で地の利も潰されている以上、ヴォイドとの交戦経験豊富なメンバーのいる貴方がたが指揮をとるのは当然です。誰も反対する者はいないでしょう。いつもなら……支部局長が言うかもしれませんが」

 ストライは雨戸の外れた窓にしっかりとカーテンを閉めていた。完全に現実逃避を決め込むつもりらしい。


 カイラは眞紅から説明をされ、十全な働きの出来ないQUQで何とか関係各所に話を通してくれていた。そしてチーフオペレーターをパウルに紹介し、他の現地オペレーター達と共に相談を始めている。

 先ほど明らかに足が震え顔の青い退魔士達を引き連れて、先遣部隊のゴーファーは出発した。徐々に地形情報が更新されていくのを見て、ラテントとローレルがグレーダーや人員の最終確認をした。

「私達は基本陽動と攪乱狙いでケースバイケースで動くから、適当に指示してね」

「分かった。何かあったら遠慮なく言ってくれ。それと」

「逃げていいんだろ?」

 ローレルは憚りもしない声で言った。周囲の退魔士達は驚いて言葉に詰まっている。意地悪な先輩だな、と眞紅は心の中で笑った。


「いいとも。命の危険を感じたら誰だって逃げていい。ただし、きちんと逃げおおせて欲しい。個人の生存と全体の勝利のための逃亡にしてくれ。その自信がないなら……踏ん張ってくれ。今回は一人でも多く人手が欲しい」

「……聞いたな?俺はお前らに指示なんぞしてやらん。攻撃はエクレールやマウジーの指示を待て。だが逃亡は各自個人の判断で行え。前面は無理だが、背中くらいは守ってやらんでもない」

 ラテントは面倒を見てくれと用意された、後方援護が得意なグレーダーやギフトを持つ退魔士達に、それだけを言って先に歩き出した。

「だってさ。逃げてもいいし、逃げるんなら守ったげるってよ。気楽にいこう」


「……それは、お二人は逃げたりはしないということでしょうか」

 一人の狙撃手が質問をした。アミティエ達とあまり年齢の変わらない若者であった。動ける人員だけあって若者が多い。まだ通常業務にも慣れていない彼らは、勤務地の惨状も呑み込めないままいきなりレムレス・ヴォイドなんてものと戦わされる。

 恐怖と緊張でパニックを起こしてもおかしくはないが、そんな元気も無いのか、皆青い顔で俯いている。

「まぁね。私達はこの街の人間じゃないから、いざとなったら逃げれる場所があるんだ。そんな奴から真っ先に逃げたらフェアじゃあないだろ?退路の無い奴だけ揃えたらもう、命を懸けるしかない。

 星の数ほどの選択肢があるから人間は強いんだ。やるだけだったら機械でいいだろ。君達はまだ生きているね?上々だ。うん、好きにしたまえ」


 ローレルは涼やかな声で、言い聞かせるように語りかけた。不安そうな顔の若者達はだんだんと落ち着きを取り戻し、互いの顔や滅茶苦茶になった街を見て、ローレルに向き合った。

「……お供します。何とか頑張れるまで」

「いいね!その程度でいいよ、戦いへの決意なんてもんは!じゃあ眞紅、そして新人達。君らもせいぜい納得出来るまでは、全ての選択肢をしらみつぶしに戦いたまえ」

 そういってローレルは出発してしまった。彼女に続く退魔士達はもう、暗い顔だけではなくなっている。


「隊長も似たようなことをおっしゃっていましたね」

「あぁ、やるかやらないかまで追い込まれたらおしまいって話はしたことあるな。

 どうも最初から俺をリーダーにするつもりのチームだったし、俺に似た考えだの俺に無い姿勢だののプロ達を用意されているみたいだ」

「そうか、考えたことなかったけど人工知能達が相性のいい人間同士を配置してんですね、どこでだって」

「その方が無駄がない、効率がいい」

「また言いましたね、効率がいいって」

 アミティエの言葉に眞紅は「そうだったか?」と首をかしげた。

「隊長、少しよろしいですか」

 パウルの呼びかけに応え、眞紅は移動しながら二人を振り返った。

「お前らは準備が整うまで待機。英気を養っておけ」

「はーい」


 うなだれたままのシェイスは、忙しそうに動き回る退魔士達を見ていた。顔色は少し良くなっている。

「お二人は、ご家族は?危険なお仕事だけど何か言われたりした?」

 シェイスの質問に、二人はごく普通に返す。

「両親がいます!超仲良しです。ただ退魔士になるって知った時はパパが泣いちゃったりしました」

「私には子供の頃死んだ母と、父が二人。反対はされませんでした。私は子供の頃に共鳴するコアが見つかっていたので、退魔士になるのは当然と皆が思っていましたからね。私も人を守るこの仕事に憧れていましたし」

「素晴らしい家族に育てられたのですね」

 えへへーと、嬉しそうなアミティエと、ふふん、と自慢げなエルデを見て、シェイスはやっと少し微笑んだ。


「そう言えば教官のご家族は?」

「あぁ、確かに聞いたことありませんでした」

 ちょうどいいタイミングで議員の状態を確かめに戻ってきた眞紅に話をふる。

「俺?俺は孤児院育ちだから……ってレイオールには無かったな」

「孤児院?」

 二人は聞きなれない言葉を繰り返した。

「他の国にはあるんだよ。戦争で親が死んだり貧困で捨てられたりした子供が放り込まれる所さ」

「つまり養育者がいなくなった子供を、国や自治体が育てられるように組まれた、社会福祉システムの一環ですか」


「そうだったらいいんだけど」と眞紅は曖昧に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る