第45話 会議は踊らない

 言葉を無くしたシェイス達を一旦放っておいて、セセリの願いの整理をしようと眞紅は考えを口に出す。

「彼女の願いは母親が不幸になるさまを見たい、なのか。ん?美しさを堪能したい、なのか?いや、か……?母親以外を破滅に導くのは……」

「娘が他人を不幸にしていたり、他人の不幸を笑っていたりしたら普通の親は心を痛めるっしょ。密接な関係があるっちゃあると思います」とビョンギが理解を示した。家族仲の良い人間の意見だった。

「玄人の考えることはよくわからん」と、凡庸さが取り柄のラテントがぼやく。ローレルはバディのごく普通の感性を気に入っているように微笑んだ。

「性癖とか嗜好って突き詰めれば他人、いや、自分自身のものも分からないものでしょう」と返した。


「でもどうして街が生きているように見せかけたんでしょう」

「効率、かな。カジノで破滅する客を見続けるには、カジノが動いてなきゃいけないからじゃないか?カジノでなくともいいけれど、セセリの身体だからカジノが一番都合がいい」

 アミティエはすっきりしたように、「なるほど!」と元気に答えたが、今度はエルデが手を挙げた。


「あの、例のショー自体はセセリが絡んでいるんでしょうか」

 一連のセセリの行いと直接関係があるとは考えにくいが、ペーレイラ相手なら話は別だ。彼女は彼女で目的があってセセリと組んでいるのだろう。

「流石にそこまでいくと……ちょっと保留で。ゼヌシージ濃度は今どんくらいだ?」

 パウルは更新された計器をチェックした。

「今の第四主都及びカジノ周辺のゼヌシージ濃度は、ヴォイド出現時の平均値より断然薄いですね。通常のレムレスと変わらないくらいです」

「よえーな。こりゃ数で押せばいけるかもだ」

 ウキウキとしするゴーファーに、ラテントは苦言を呈する。

「楽観視すんなよ。つまり未覚醒ってことだろ、変に追い詰めたら一気に」


「待ってください、もしかして……娘を、殺すんですか?」


 シェイスの悲痛な声が話し合いを中断させた。

「そりゃあまぁ、例え本物の娘さんでも、人殺しは脳圧縮です。流石にこの街を見ておきながら娘は誰も殺してないは言えないでしょう。

 というか逆にお願いしますよ、言わないでください」

 眞紅は議員という、公権力を持ち人の上に立っている彼女の良識に訴えるように告げた。

「……そうね。……そうよね……」

 シェイスは顔を覆って震えている。俯いた彼女には何と声をかけていいか誰も分からないでいた。

 今はそっとしておこう、と眞紅は対策会議を続行する。


「不幸中の幸いだが、セセリはレムレスに関する知識があまりない。その上人間社会に溶け込むため様々な自制をして過ごしてきたおかげで、あいつの自己に対する認識は人間とそう変わりない。

 本当なら自分が望む限りどこまでも強く在れるのに、あいつの能力の行使はあまりに常識的過ぎる。投石なんぞで怯んでいたのが何よりの証拠だ」

「じゃあムルナの超音波が効きますか?」

「恐らく」

「ムルナ君、それって鼓膜を破壊出来る?」

 ローレルの質問に、ムルナの代わりにビョンギが答えた。

「レムレスは脳みそまでいけますがヴォイド相手には自信ないって。でも平衡感覚ぶち壊すなら確実にできるっぽいです。

 それこそセセリは手ごたえが多少頑丈な人間と変わりないと」


「よし、じゃああいつが自分のことを本当に化け物だと認識するまでに勝負を決める。本来ならその願いは叶わないと納得させて弱体化させるための、屁理屈・出まかせ・言葉攻めが有用なんだけど」

「眞紅の独壇場」とゴーファーが茶々を入れた。

「そう!でも今回はそれより正攻法のが早いので俺はおとなしく、後ろからお前らの動きに口を出します」

「妥当だ。じゃあここの退魔士にも協力を要請するか。主都全域に通達してくれ」

「そいつらの配置は私たちも口出せるかな。なるはやでマップに本来のぐちゃぐちゃな街を反映してくれる?」

 ラテントとローレルがほぼ同時にパウルへの無茶振りを行った。


「今やっていますけど……そもそもここらの地図はペーレイラが牛耳っているので、あれ無しでは時間がかかります。ただでさえ邪魔をされていて、その」

 半泣きのパウルに助け舟を出すため眞紅は更に頭を働かせる。

「……リアルタイムでの更新にしよう。全退魔士のQUQをセンサーにしろ。斥候部隊を移動させてマップを埋めていく。支部長、そういう感じでいいですか?」

 ストライはいつの間にか机の下に潜っていた。綺麗にニスが塗られた木製の重厚な、実に高価な事務机の下に痩躯の男が縮こまって詰まっている。誰ともなくため息をついた。呆れからだった。

「外に放り出すか?」

 ラテントが拳を握り、アミティエが元気よく挙手する。

「それは最後の手段。現場主任ならカイラだろ、いるか?」


「カイラなら外でゴレムと戦いつつ、支部局周辺の警備網を固めてる。ゴレムは依然元カジノ、廃棄口付近から出現してやがる。橋を渡って他のエリアに行かないようにしているみたいだ」

 ゴーファーの応答を聞き、眞紅は「ふーむ」と机の下のストライを見てから見限るように目を逸らした。

「よし、特別遊撃小隊、カイラ・マウジー現場主任との協力体制に移行する。つーわけで外出て彼女と話してから色々決めるぞ。ところでオーディさん、貴女には我々の保護下に入っていただきたい」

「人質ですか」

「そうは扱いたくないものですね。セセリの話を聞きたいだけですよ。いざという時は、やはり彼女の精神面から砕くしかありませんから。エルデ、任せてもいいか?」

「はい。では私が動かしますね。何かあったら声をかけてください」

「……えぇ」


 エルデ達に続き部屋から出ようとした眞紅の腕を、静かにしていたクレイドがそっと掴む。撃たれた側ではないのでそこまで優しくなくても、と言おうとしたが、彼がいつも通りの真剣な顔なので眞紅は黙って話を聞いた。

「娘とレムレスがイコールになっていて危険だ。化け物相手でも自分が人質になる価値がある存在だと信じ切っている」

 確かに彼女は人質ですか、と言った。大した自身だ。それが危機感の欠如や現実逃避から来ていないとは言えない。眞紅は苦笑いした。


「でもよ、一年だぜ?レムレス自体との絆ができていてもおかしくはない。そっちの方が怖いわ」

「……どちらにせよ、斬るだけだ」

 慌ただしく出ていく一行をじっと見送る支配人と、怯えたままのストライだけが室内に残された。

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