第44話 シェイス・序
ストライの発言で空気が凍り、全員が呼吸するのも忘れた。ストライだけが何が何だか、という顔で様子のおかしい一行に対峙している。
静寂を切り裂くように、突然のノックの音が響いた。
室内の全員が緊張しながら振り向くと、返事も聞かずに扉が開く。
そしてバーダがシェイスの車椅子を押しながら入ってきたのだった。
「こんばんは、皆さまご無事のようで何よりです」
「……オーディ議員もバーダ支配人も」
すかさずエルデが荷物をどけて通りやすいように気遣った。
「ありがとうお嬢さん。助かりますわ」
「役者はそろったようだな」
気を失っていたはずの眞紅が起き上がった。まだ本調子ではない様子で、重そうな体を無理やり動かしている。
「いや言ってみたかったんだよこれ」
脱がされていた制服のコートを探したが、遠くにかけられていたため諦めた。役割を果たしたとは言えない防弾ベストだけ手にとり、特殊繊維で織られた水色のシャツの袖を通そうとするが、撃たれた右肩が上手く動かなかったらしく中断する。
すかさず「安静にしなよ」とローレルが苦言を呈する。心配ではなく呆れと怒りだった。眞紅は苦笑いだけ返す。
「もう大丈夫、俺のギフトを信じてくれ」
「君の身体自体はあんまり信じれないんだよね。ボロボロだよ」
まぁまぁ、と眞紅はパウルに目配せする。彼もまた無茶をする隊長に思うところはありつつも、QUQを操作していくつものディスプレイを室内に投影した。
そこには議員の娘としてセセリの写真が出てくる。今より少しあどけない少女だった。中学卒業後第四主都の国営施設員訓練所に進み、昨年卒業している。
「アレがしきりに話していた母親というのは」
「私の話を?……恨み言でしょうか」
眞紅はばつの悪そうなクレイドを見て、口に出したくない話題だと見当をつけた。
「まずはセセリがレムレスになった時のことを教えてもらえませんか?流石にもう腹の探り合いの時間は終わりにしてほしいものですね」
シェイスは沈痛な面持ちで黙ったままだが、元々怯え緊張していたバーダは執行官達の圧に耐えられなかったのか、恐る恐る口を開いた。
「私から話しましょう。去年セセリは……カジノの客に殺されたのです。
夜になっても帰らない彼女のQUQを辿って居住エリアの路地裏に入ると、血の海に倒れているセセリを見つけたんです。間一髪間に合わず、議員の腕の中でセセリは息絶えました。
……議員は泣き崩れました。その時です。セセリが再び目を開いたのは」
シェイスの涙に呼応するように瞼を開けたセセリは、ぼうっと母親を見ていた。泣き腫らした顔と枯れかけの声でシェイスが何度も声をかけると、ようやく彼女は微笑んだ。
生前となんら変わりのない微笑みに、シェイスは血まみれのお互いのことなど気にせず強く抱きしめた。それを見守っていたバーダは、ふと、抱きしめられているセセリの唇がいびつに歪むのを見た。
「違和感は……ありました、でも……その時セセリの死を知っていたのはその場の三人だけです。当時議員の第一秘書だった私とオーディ氏、そして我々の要請により共に捜索してくれた警察官の三人だけ。それで蘇るとは思えなかった。
器を満たすには人数が必要だと教わっていましたから」
「百人の祈りでも起きるとは限らないが、たった一人の祈りでも叶う時は叶う」
「待ってください。セセリの死亡届は出ていません」
QUQを通じて関係者の資料を確認していたパウルが声を上げた。場の視線が一斉に呆れを帯びる。
「……もみ消したんですね」
「ここは国営カジノです。一等市民や二等市民の皆様の政府直轄の避暑地であり、観光地なのです。殺人など安全性や管理に問題があったということになります」
「実際問題はあって、事件が起こったんでしょう」
「セセリのQUQは、議員がハックしたのですね」
「はい。議員の権限である程度はペーレイラへのアクセスが許可されていますから。それでセセリの心停止などのデータを改竄したのです」
眞紅は沈黙を続けるペーレイラタワーを横目で見る。ドームの天井に空いた亀裂から、乾いた本物の空と、そこに浮かぶ無機質な電波塔が見えていた。そこに都市の全てを掌握出来る、巨大で強大な人工知能のひと欠片があるとは思えないほどに何の変哲もない塔のままであった。
「目を覚ました後のセセリはあまりにも普通でした。会話も出来た、学校も卒業して、カジノに就職もして、あの通り毎日客の相手をしている。彼女は本当にレムレスなのですか?だとしたら、レムレスとはなんなのですか?」
「いいえ、本人ではありません。あれはセセリの顔が手に入ったから、彼女のふりをしているだけの化け物ですよ。セセリの振る舞いをコピーしているだけです」
「そんな」
思わず非難の声を上げるシェイスと対照的に、切々と語っていたはずの支配人はどこか憑き物が落ちたようにトーンダウンしていった。
「確かに彼女は以前とは違い、人の不幸や悲劇を笑うようになった。だから、私としては別の化け物になった、という話に……納得出来ます。客を煽って支払い能力以上の賭けに誘導したり、男性をその気にさせて切り捨てたり……。
最初は気のせいかとも思いましたが、酷くなっていく一方です」
「いや、生前からそういう子ではあったんでしょう。でもその凶暴性を表に出したのも、エスカレートしていくのもレムレスだからです」
「……何をおっしゃっているんです?」
再びシェイスが声を上げた。悲痛なだけではなく、怒りがその顔に浮かんでいた。
すかさずクレイドがフォローするかのように続けた。
「あれは言った。人が不幸に耐える姿は美しい、だから母親を不幸にしたい、と」
その言葉に何か思い当たる節があったのか、顔を強張らせたシェイスはそれ以上何も言わなかった。
「失礼ですが、その足……数日前負傷した、とデータでは。ただ……先々月に二回、先月に八回、今月に入っては十三回のQUQによる治療記録が残っています」
パウルが恐る恐る質問する。
「議員、いつの間にそんなに!?」
バーダが驚いて議員を見るが、彼女はきゅっと唇を結び何も言わない。支配人は怪我が長引いている、もしくは政策上の何かだと思っていたのかもしれない。まさか治ってはすぐに怪我を負っていたとは考えもしなかったのだろう。
「転んだだけです。打ち所が悪くて」
「ではこの街の構造に問題があるのでは?観光地でデザインシティですよ、打ち所が悪くなるような箇所は直さねば。何故進言などをされていないのですか」
「家の中で」
「……家の中で転んだだけで、何故内出血と裂傷と火傷と擦り傷を同じ足に、同じ日に?何度も?」
ずっと黙っていたローレルが口をはさんだ。議員は咄嗟に自分の足を見るが、傷などは見えていない。
「失礼。私のギフトは他人の怪我が分かるのです。ただ症状は分かっても原因は分からない。個人的事情ですので口を挟まない方がいいかと駅では言いませんでしたが、事が事ですので」
実際彼女はおくびにも出していなかった。もしあの時それを指摘したとしても、誰もセセリやヴォイドには結びつけられなかっただろう。
「暴力を振るわれていたのですね」
記録を見るに通院は最初の数回だけで、先月からはずっとQUQによる自宅での簡易治療だけである。医療ポッドで事足りる怪我ではあるが、どちらにしろ通院出来ない事情があったのだろう。
「議員、本当ですか!?だったらやっぱりあれはセセリじゃありません!」
「でも、あの子は、私の娘よ!?」
「娘じゃなくなったんです!あの時に我々はそれに気づくべきだったんですよ!」
シェイスはバーダの剣幕に押され、う、と小さく呻いて黙った。
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