第51話 侵略せよ、我が翅と夢・3

 ラテントとローレルは急いで怪我人を遠ざけ、距離をとって人員を再編成し、攻撃のチャンスを伺っていた。二人は斥候も兼ねて遮蔽物の後ろを移動しながら的確にトランプを攻撃していくが、次から次へと新しいトランプが補充されてキリがない。ラテントは盛大に舌打ちをした。

「一枚一枚に当てても無駄みたいだ、群れで焼き払うとかしねぇと」


『あんたのギフトでもどうにか出来ない?』

 一応聞いてみたという感じの眞紅に、ラテントはぶち切れながら返事をする。

「群れには効果ねぇんだよ!あぁいうのは効果範囲の広い攻撃タイプのギフトだろうが!」

「つまりクレイドだろ。私達も火炎放射機能のアタッチメントつけておけばよかったねぇ」とローレルが笑った。

「狙撃手には火炎放射器いらんだろ!」

「今必要になっとるやろがい。与太話は置いといて、どう援護する?」


 二人は壁の穴からセセリのど真ん前で切りあっているクレイドを見る。彼女の翅の相手をしながら、片手間に炎で群れを焼くが、全てを焼くことは出来ていない。

 遠慮している、と二人は感じた。クレイドの周りには未だ生存者がいた。超空洞に足を取られ動けない者、体の一部が切断された者、恐怖で腰が抜けた者。

 ゴーファーを始め心臓に毛が生えたような猛者達が戦火を潜り抜け怪我人を回収して回っているが、全員は無理だろう。なんなら、もう助かりようが無い者も、ラテントからすれば命が助かったからといってどうする?と言いたくなるような状態の者だっていた。

 だがクレイドは、それを諦めていないように見えたのだ。


「あいつ侵食されてないのか?」

 クレイドの足は既に超空洞の中にいる。彼のブーツには黒い液体がまとわりつき、その動きを阻害している。だが沈んでいるそぶりは一切無い。

「自我が強かったら、つまり精神的に飲まれなかったら物理的にも飲まれないとは聞くけどね。ヴォイドの超空洞って、言うなれば全ての個を無に同化して彼らの世界に還元することだから、逆に無にならなければ同化させられない。世界の侵食とはよく言ったものだよ。他人という一つの世界を飲み込むなんてね。無数の個の祈りで有となったレムレスが使うには皮肉だけど」

「大いなる腹いせにも思えるがな。生まれてこのかた自己など無い連中のすることだ」

「セセリの願いはなんなんだろうね。支部局に行くってことは母親目当てだろうけど、会ってどうするんだろう。殺しちゃうのかな」

「……母親、が必要なら殺すこともあり得る。次の母親を見つければいい。だがオーディ議員が必要な願いなら殺すのだけは不味い。その辺の分別がつくのがヴォイドだが……あぁもう分からん!よくよく考えなくても俺の仕事じゃねぇ!」

「はいはいそうだね。お、アミティエ君、エルデ君。二時方向にバーがあるだろう?そこに二人ほど蹲っている。拾ってあげて」


 救医官の手伝いで怪我人の捜索と運搬を担当していた二人は、突然入った通信に驚いて上を見る。ローレルは手を振ってそのまま屋根の上を伝って移動していった。

「はい!」

 アミティエとエルデはトランプに気を付けながらバーに近寄ると、店の前に二人の執行官が倒れていた。一人が足を切られ、もう一人が手当てをしていたようだ。二人は意識があり、近づいてくるアミティエ達に片手を軽く上げ挨拶をした。

 怪我をしていない執行官が、立ち上がって何か言おうとした時、一陣の風が吹いて一枚のトランプが彼の足元にたどり着き、それを踏んた。


 その瞬間、彼の足元に落とし穴のように超空洞が発生し、真下に落ちていく。


「うおわぁ!?」と叫びながら彼は地面に腕をひっかけて上半身まで飲まれる前に留まった。三人で慌てて彼を掴むと、蓋を外したくらいに自然な動きで体が千切れ、腰から上だけが引き上げられた。

 え、と声にもならず三人は手を放してしまった。

「あ、足が!俺の、足、が……」

 執行官のQUQのバイタルが真っ赤になって、心電図が止まった。電池が切れたように動かなくなった上半身だけがそこに残った。

 頭の中がグルグルと回ったように動きを止めた二人に、足を怪我していた執行官が「あ」と言うや否や体当たりをした。


 道路側に投げ出された二人が反射的に受け身をとって執行官を見ると、二人がいた地点に無数のトランプが突き刺さり、彼女の身体を貫いていた。赤い血が地面に飛び散るより先にトランプからどぼどぼと零洛れいらくが漏れ出て、上半身だけの男も、今生命活動を止めたばかりの女も飲み込まれた。

 キラキラと輝く純黒の水たまりだけがそこには残っていた。エルデは自分の震えが止まらないことに気がついて、助けを求めるようにアミティエの手を握った。


「……ごめん、腰抜けたかも」

 アミティエは、たはー、と眉を下げてへたくそな笑顔を浮かべた。二人はもうどうしていいか分からなくて、か細い声でへらへらと笑った。

『ビョンギ!ここはいい、あの二人回収してきてくれ!』

『あいさ!』

 アミティエの耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。あ、じゃあ立てるかも、と思い震える膝に喝を入れて、勢いで立ち上がった。そのままエルデの手を引っ張って無理やり立たせた。立ち上がればこちらのものだ。エルデは自分の足を一度叩いて大丈夫だ、と確認してアミティエに頷いて見せた。


「……攻撃を避けながら一旦帰投します!迎えに来てくれてもいいですよ!」

『おうともよ!』

 精一杯の強がりに元気よく返事をしてくれる先輩に、アミティエは安心して水たまりを飛び越えながら、死に浸食された世界を走り抜けた。

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