第40話 発見・2

「あ、いた」とアミティエの抜けた声が、茫然としていた場の空気を再び変えた。

 廃棄口横の壁が崩れていた。破片が散らばる奥には土壁が見えており、多少の空間があった。そこに腕を怪我している女性と、目の前で消えた男性が倒れこんでいた。

 アミティエは壁を越えて女性のQUQを確認してから、彼女の上半身を抱き起こした。男性はアミティエが近くに降りた段階で目を覚まし、頭や背中を気にしながら難なく起き上がった。


「両方とも意識はあるね。背中を打ってちょっと“うっ”ってなって安静にしてただけみたい。痛みの緩和とか血止めとかはもうQUQが自動でやってくれてる」

「こっちに連れてきて」

「あいさー」と返事をして、女性を横抱きしたアミティエはエルデの元へ軽快に移動する。男性は「いてて」とぼやきながら、自力で破片や瓦礫を越えて戻ってきた。

「ここの壁、壁があるように見えてただけで実は無かったってことだよな。ペーレイラがヴァーチャル見せてた?それとも働きすぎての幻覚だった?」

「今見えてるのが幻覚やヴァーチャルかもしれないだろ?」

「こ、ここの通路からすぐに地上が見れるはずだ!」


 混乱の中、一人の退魔士が、電灯が外れぶら下がっている道を走り出した。まだ作業が残っているパウルなど数名を残し、アミティエ達は彼の後を追った。

 数メートルも行かないうちに地上へと続くらせん階段にたどり着き、上部の蓋を開けるとあっという間に地上に出る。


 ドームの中は、まるで地獄であった。


 レストラン、ホテル、換金所、観光案内場、詰所、交番などの全てが朽ちて壊れていた。ほとんどの建物は壁が崩れ、窓が割れて部屋が丸見えである。

 道路にも亀裂が入り、少ない土も隆起して周囲に散乱し美しく並べられていたタイルやアチーブメントを汚している。

 辛うじて駅周辺は代り映えがない、という程度ではあった。恐らく線路は生きているだろう。


 アミティエはふと、到着直前にいつの間にか倒れていたホーローのボトルとそれを気にするクレイドを思い出した。歩けばかつかつと靴音が鳴る床材にホーローが落ちた音を、誰一人聞いていなかったということを。例え自分がぼんやりとしていても、ローレルやエルデ、何よりビョンギが聞き漏らすはずがない。そして、クレイドが気にしていたのはことだったのではないか?とも思った。

 これこそが本当の第四主都の姿なのだろうか?アミティエは誰かにそう問いたかったが、エルデもゴーファーも言葉を失っているのを見て、止めた。ここに眞紅とクレイドがいたら元気に泣きつけた気もするが、今はその二人がいない。ならばわめくのは後にしておこう、時間と体力がもったいない。彼女はだんだんと冷静になっていく自分に少し驚いた。


「ここからカジノも見えるね!」

 空元気なだけではないアミティエの言葉に、五人もカジノを見上げた。側面から見上げる位置ではあったが、角度的に一面ガラス張りの箇所が見えている。そこから内部が窺えるはずであった。

 カジノもまたところどころ崩れてはいたが、フロア全体などの目立った倒壊はない。その代わりに黒い液体がこびりついている。


「あれ、零烙れいらくですよね。もしかしてあそこからゴレムが……」

 エルデの指摘通り、零烙の表面に波紋が出来て、そこから大きな雫が零れ落ちる。地面に落ちたその中からゴレムが生まれ、そのままどこかへ行ってしまった。

「そりゃあ街中に突然ゴレムが現れるわけだよ」

 よくよく見ると、カジノの中ではカードゲームをしているような挙動をしている人影が見える。この騒ぎに気が付いていないのか、幻覚が覚めていないのか、彼ら自体が幻覚なのか。即答出来る者はこの中にはいなかった。

「ムルナすまん、もっかい頼む。ここなら多分カジノまで届くよな」


 任せろと言わんばかりに大きく頷いたムルナが再び超音波を発すると、その場の全員の視界が更に歪む。酔ったように回る視界と頭を飼いならして目を開けると、何人かは同じように頭を押さえていた。

 人間もいることにはいた、と確信を抱いたのも束の間、彼らはパニックを起こしてフロアの中を逃げ回りはじめ、あっという間に視界から消えていくか、その場に座り込んで見えなくなった。ゴレムやレムレスは見えない。


 だが、人のいたはずのありとあらゆる場所に、代わりに死体や肉の塊が無造作に置かれているのが見えた。

 ボロボロの椅子に着席させられているように置かれた肉の塊は、まるで一人で四人席に座った時にサービスで空いた席にぬいぐるみや人形を置いてくれるような“アレ”そのものだった。

 ふと今まで確認して誰もいなくなっていたはずのレストラン、ホテル、道路に至るまでをぐるっと見回すアミティエ。彼女につられて何人かが同じようにカジノから目を逸らし近場を見やった。


 そこら中のベンチの上、レジの中、車中にいたはずの人間が


 腐って蛆が沸いていたり、ガスで膨らんだりしている死体を見て、何人かは全力で吐いていた。

「……気付かずにここで暮らしてたのか」と腐敗臭に顔を顰めながらビョンギが呟いた。

「誰もおかしいと思わなかったのかよ!」

 ゴーファーは吐いている退魔士を慮ることもなく、容赦のない言葉を彼らにぶつける。彼女も気が動転していた。

「分かるかよ!街一つおかしくなってるとか!」

 何とか話が出来る退魔士が叫ぶ。それは総意でもあった。

「退魔士はカジノエリアでの食事や休憩を禁じられていました。ほとんど地下を移動させられていましたから、その……。いえ、でも……反論の余地もありません」

 自分達が毎日見回っていた街は、挨拶を返してきた人はいなかった、と考えたこともなかった。それは当然のことでもある。

 憔悴する相手に、ゴーファーは「すまん」と小さく謝った。


「ちょっと戻ってきて!タラズが見つかったの!」


 街やカジノの状態が呑み込めないまま、パウルの声に急いで廃棄口まで戻る。

 皆は女性と男性が落ちた場所とは廃棄口を挟んだ反対側の崩れた壁の前にいた。

 壁の間にはまだ新しい遺体が、隠されるように置かれている。

「この人が通報したQUQの持ち主のタラズ?」

「えぇ、間違いない。面識もあるもの」

 共に地上を見てきた退魔士の一人が、青い顔で口元を拭いながら手を挙げた。

「二日前、ゴレム退治の途中に連絡がとれなくなっていたんです。支部局長にも報告しています」


「やっぱりタラズのこと知ってたんじゃねーか!」

「役者ですね。支部長まで出世しただけのことはあります」とエルデは悔しそうに褒めた。

「同情したの返して欲しい。タラズの通報でうちらここに来たし、この人って街の惨状を知っていたとしか思えないよね」

「ゴレム退治のことも、報告のこともストライのQUQには残っていなかった。ペーレイラが消去か隠匿したなら私たちには太刀打ちできない。最悪」

 パウルは彼の仕事を続けながら小さく舌打ちをする。ゴーファーはそれを聞き逃しはせず、嬉しそうに彼の前でニヤニヤといやらしく笑い、パウルは隙を見せてしまったと後悔する。

 先輩たちのじゃれ合いを横目に、一人だけこの場にいた救護班の簡易検視を四人は見守る。オフラインのままでも死亡推定時刻と死因程度は分かるらしく、救護班の男性はしばらくディスプレイと遺体を交互に確認する。


「致命傷はこの胴体の傷で間違いありません。ゴレムの攻撃によるものです」

 タラズの遺体の腹部には真っ赤に染まった制服の上から見ても分かるほどに大きな穴が開いていた。ここまでの損傷はQUQでは対処出来ない。治療系のギフトの持ち主か、救急ポッドに放り込むかの二択だろう。医者でも無理だ、と全員が同じことを考えていた。

「遺体、潜りこんだってわけじゃなくて安置してあるって感じだ。もう一人仲間がいたと考えるのが自然だろうな。気づいている奴はいた、黙って行動していただけで」

 ゴーファーは一応眞紅に連絡がついていると信じて、後輩達に説明するように、QUQに聞こえるように整理して話し始める。


「羽化したレムレス・ヴォイドとペーレイラが結託して第四主都を乗っ取って、街や住民が生きているように見せていたんだ。

 現地の退魔士はペーレイラが決めたルールで動かされていて、自分達が廃墟で死体と暮らしているなんて気づかないまま、今日までこんな感じだった、ってところか」

「そんなことまで出来るんですか?」

 怪訝な顔のエルデに、ゴーファーは陽気に笑った。

「ヴォイドがそれを願うなら」

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