第39話 発見・1

「終わり!」

 最後の一体を薙ぎ払ったのはアミティエだった。勢い余って壁に大きな切り傷をつけている。

「背後のチェックも完了、ここはクリアだ。先に進もう」

「この道を進めば廃棄口前かもしれないわね。……QUQはまだ駄目みたいだけど」

 四人が進もうとしたその時、目的の方向から戦闘音が聞こえてくる。再び武器を構えたところに、ゴレムが蹴り飛ばされてきた。そのゴレムは何度も床に転がり、その度にボロボロと壊れて数メートル吹き飛んだところで完全に砕けてしまった。

 蹴り飛ばした足の青い制服に覚えがあったため、四人は警戒を解いて近づいてくる足音を待った。


「おー!新人ども!こっち来てくれたのか!」

 扉からにゅっと顔を出してゴーファーが笑った。

 彼女の豪快な笑顔に安心した四人は、一息ついて足早に彼女のもとへ行く。

「外には一匹も出してねぇ。今合流できた奴らに廃棄口の扉を封鎖させてる」

 予想通り通路の先は廃棄口前だった。三階分ほどの高さのある天井と、大きく開けたフロアにあらゆる方向から道がとケーブル類が集約していた。

 地図には廃棄口とだけ記されていたそれは巨大な工業用エレベーターで、重機の搬入に使われる中央から上下に扉が開くタイプだった。上が闘技場に繋がっていることとクレイドの証言を照らし合わせると、箱ではなく板として動くリフト型だろうか、とエルデは考えた。

 上から落ちてきた死体を回収して燃やすのかもしれない。彼女は自分達が来た道とは違う方向にある焼却炉への案内板を見て、嫌な気分になっていた。


 廃棄口の搬入口及び搬出口である大扉には何重もの物理鍵と電子鍵がついている。だが通信障害の余波か電子錠は全て開錠されている。恐らく物理鍵は飾りや保険だったのだろう、今もなお三十センチほど空いてしまっている扉の中央から、下に積み重なった他のゴレムかはたまた死体かを足場にしてくぐり抜けることが出来たゴレムが這い出てこようとしていた。

 大扉を急いで閉じようと、現地の退魔士達が電磁ネットを設置している。斥候としてそういった機器を扱うゴーファーも協力し、着々とカバー範囲が広がっていく。

 たまに這い出てきたゴレムはグレーダーを持っている現地執行官が退治している。ひとまずは沈静化が出来ているようだった。


「QUQがオフラインなのとゴレムの出現って関連性ありますか?」とアミティエは端で作業に没頭するパウルに声をかける。

「……ごめんなさい、まだ分からないことだらけ。QUQの安定化と電源が落ちた施設の復旧も頑張ってるんだけどね」

 パウルはひとまず人工知能達の怪しい動きのことは黙っていた。隊長である眞紅の許可が必要だと考えたのだ。

「そうだムルナ、隊長があなたと連絡を取りたがっていたんだった。理由は、えーとなんだっけ」

 自分を指さし、不思議そうに小首をかしげるムルナ。マスクの下の口が何かを言いたげにもごもごと動く。


 その間にエルデはざっと周囲を見渡し、軽い負傷をそのままにしている者が多いと気づいた。とくに電磁ネットを壁際で調節している女性退魔士は、分厚い制服の肩口がバッサリと切られていて赤が滲んでおり、そこから痛々しい傷が見えている。腰につけた簡易救急セットを確認し、同じく手持無沙汰の友人に声をかける。

「私達は怪我人の手当てをしない?……アミティエ、どうしたの?」

 だがアミティエはぼうっとある一点を見つめていて、その顔には登場頻度の高くない“恐怖”が浮かんでいる。

「……?あそこ、人いたよね。でもいないの。隠れる所もないのに」


 彼女が指したのは、まさしくエルデが見ていた腕を怪我した女性のいる場所だった。だが例の女性はそこにはいなかった。女性が場所を離れるにはネット前を横断するにも、壁に沿って歩くにも二人の前を通らなければいけないが、彼女は現実にそこにはいない。エルデが救急セットを確認している間の出来事だった。

「え?確かに。あの、横の方はどこに」

 二人は焦りながら女性の隣で作業していた退魔士に尋ねた。すると彼も背後を振りむくと、二人と同じくらいに驚きを見せる。

「あれ?……あ?」と声を出して、不意に振り向いたせいで足が滑ったのか、多少体勢を崩しただけの彼もまた、突然壁に吸い込まれるように視界から消えていった。


 今回それを目撃したのは二人だけではない。作業音の他はため息ばかりが聞こえる中、はきはきと喋る若い二人の声は全員に聞こえていた。なんとなしに二人を目で追っていた者も多くいたために、不可解な現象もまた多くの者が目にしたのだった。

 全員が言葉を発することも出来ずに呆然とする中、ビョンギは一人だけ「お?」と声を出した。

「ムルナ、教官はお前のギフトの出番だって言いたいんじゃないか?」

 ビョンギの言葉にムルナは頷き、一時も外すことのなかったマスクを外した。


 深呼吸の後、口から声……ではなく、超音波を放出する。


 ムルナの『生まれることなき無言歌/ファニーノイジーロマンシア』は、声が超音波になるギフトだ。そのため彼女はいつも特殊なマスクを着用し、極力喋らないよう努めている。小さい唸り声や吐息の一つで近くのガラスを割ったり人の平衡感覚を狂わせたりする強すぎるギフトだからだ。彼女のバディのビョンギだけは、彼のギフトによって彼女の音にしていない声を聴きとれるため会話が成立する。


 全員の脳が直接シェイクされたような衝撃が響き渡り、目に火花が走ったような感覚に陥る。足の感覚を信じられなくなり、地面と天井があべこべになって立っているのもやっとであった。なすすべなく倒れこむ者もいた。


 だが痛みの中で目を開くと、そこは整備されたフロアではなくなっていた。

 

 眼前にそびえる廃棄口は巨大な質量だけはそのまま、塗装が剥がれに剥がれ、赤錆と腐食に侵されている。

 付近の壁や設備も錆びだらけでところどころ土や岩が転がっている、放置された防空壕のような穴倉に変化していたのだった。


「え?」と誰ともなく抜けた声を出している。


 廃棄口の大扉だけが比較的綺麗なままだ。ケーブルもしっかりと繋げられている。しかし天井にしっかりと固定されていたはずのケーブルは所々でだらりと垂れ下がっており、パイプも緩くなって水漏れや蒸気漏れが目に付く。

 化学薬品はないと信じたい一行ではあったが、土と錆の中に時折混ざる塩分の香りにあまり楽観視出来るものでもなかった。


 見ていた風景がガラリと変わっただけではない。匂いも、音も先ほどまでとは違っている。どうしてこんな歪んだ金属同士がこすれあい、悲鳴のような甲高い音を上げているのが聞こえなかったのか。


 今まで自分は何を見ていたのだろう、何が見えていなかったのだろう。

 どうして一度もおかしいと思えなかったのだろう。

 エルデはいつの間にか、誰のとも分からない血のついた自分の靴を見て、どう呼吸すればいいのか分からなくなっていた。

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