第38話 勃発・2

 闘技場と地下でゴレムの対処をしている一方、二か所の間に位置するエレベーター前で、アミティエ達は立ち往生していた。従業員の誰ともすれ違わずに来られたことも、その更に奥のエレベーターホールに見張りもガードシステムもないことも、四人には不可解だった。

 とりあえず動かしてみるか、というビョンギの提案によってエレベーターのボタンを押してしばらく待ったが、何の動きもない。


「止まってるみたいだね。どうしよ」

 ムルナが二人の袖を引っ張り、マスクの前で人差し指を立てた。静かにして、という合図と受け取った二人は小さくうなずく。その隣ではビョンギがヘッドホンを外していて、じっと目を閉じている。


「……なんか闘技場の方で戦闘してるっぽい。その余波で止まったんかな」

 驚いた三人が反射的に手元のQUQを見るが、反応は無い。

「どどどどどどどうしよう」とエルデは目に見えて慌てふためきだした。彼女は落ち着いている性格ではあったが、それでも卒業後初の執行官としての任務に緊張していたからだった。

「落ち着けしエルデっち。俺のギフト『無消息喜消息クワイエットゼム』はめっちゃ耳が良いというシンプルイズベストなあれなので」

「そうか、そうでしたね。お願いします!」

 未だ目を回したままではあるが、平常心を保とうとはしている後輩を信じ、ビョンギはそれ以上の言葉をかけずに壁に耳をつけた。


「うーん、エレベーターの動力は完全に停止してんねぇ。でもその向こう、多分廃棄口は何か質量のあるものが群体で壁を登ったり落ちたりしてる。レムレスの音にしては固い、ゴレムだと思う」

「そこまで分かるんすか!」

「すげぇだろ。多分隊長とクレイドさんが戦ってる。いやクレイドさんだけだな、銃の音聞こえない。推測だけどQUQ直そうとしてるかも。俺らはどうしようかね」

「廃棄口の中はゴレムまみれということは」

「……下にもいるわね」

 友人の疑問に答えたエルデは、頭を使うことによって冷静さを取り戻していく。


「下はゴーファーさんとパウルさんがいるはず。それとグレーダーを持たされていない現地の執行官達が警備にいるかも。エレベーターやここの非常階段を伝ってゴレムがカジノや街まで行ったら……」

 エレベーターホールの端にある非常階段の扉には、処刑ショーに使われていた首輪ケース同様に錠前がかけられていて開きそうにない。また物理錠だ。

 床に耳をつけて地下の様子を伺っていたビョンギが、寝転がったまま声を上げた。

「阿鼻叫喚!グレーダーじゃない発砲音多数、ここの執行官が真下でゴレムと対峙してるっぽい!」

「隊長が指示するなら……下に行ってゴレム退治でしょうか。自分たちを手伝えとは言いませんね」

「右に同じ!じゃあこっちだね!」


 アミティエは「どっせい!」と掛け声をあげて、非常階段への扉を蹴破る。

 分厚い扉が段ボールのように簡単に折れ曲がり、壁にぶつかって踊り場に落ちる。大きな金属音に反応するものはとくになく、しいて言えば眉間に皺を作りながら耳を抑えているビョンギくらいのものだった。

 四階分の階段の下からは、三人の耳にも聞こえてくるほどの叫び声が漏れ聞こえ始めている。

 未だ鞘に納めたままの剣の柄を軽く握り、深呼吸するエルデの横を、手すりに乗って滑り下りるアミティエが通り過ぎていった。


「危ないでしょう!!!!」

 エルデは思わず叫びながら追うが、途中から追いつけないと知って同じように滑る。いつも彼女のペースに乗せられている気がすると考えながら、あっという間に下にたどり着いた。

 アミティエは再び蹴破ろうとするが、反対側から叩く音が聞こえて上げた足を空で止める。

「いい子。廊下側の人を殺すところだったわね。ちょっと待って」

 扉の端が折曲がり開かなくなっている。その向こうからは半狂乱の声が聞こえていた。エルデが剣を、追いついたムルナも先端が音叉になっている棍を構える。ビョンギは二人の少し前に立ち、背負っていた防護盾型のグレーダーの準備を行った。

 三人の準備を見てから、合図の後アミティエは扉を引きはがした。


 転がり入ってきたいくつかの塊にゴレムがいないよう、最初にそれらに向けて防護盾を置き、安全を確保してからしっかりと確認する。

「開いた……!」「人!?え?」と複数名の混乱の声が聞こえた。どうやら扉にもたれかかっていた退魔士達が転がり入ってきただけのようで、四人はすぐさま彼らを追い越して廊下側に盾を置き確認する。

「どうも、第一主都から来た執行官です。ここはうちらに任せて!」

 三十メートルはある長めの廊下には、すでにゴレムが十数体入り込んでいる。ここにいる四人は全員近接型のため、ゴレムがターゲットを見失って足踏みしている土塊でしかない今のうちに話し合っておこう、と確認をとるまでもなく全員が考えた。

 エルデは何とか、といた様子で立ち上がる退魔士達に振り向いた。


「皆さんのグレーダーは支部局ですね?ではグレーダーを取りに行って戻ってきてください!それと何人かはカジノ側の障壁を下ろして侵入経路を塞いで。急いで!」

「は、はい!」

 エルデの有無を言わさぬ迫力に呑まれ、彼らも返事をするしかなかった。そして眼前の、他所から来た執行官が全員若いと分かると、いつまでも震えてられないという根性を見せたように力強く階段を上がっていった。

 彼らが無事最上階まで行ったことを確認してから、アミティエは斧を構えてエルデを見つめる。

「いつでもいいよ!」


「えぇ。……こっちを見なさい!『雲に隠れた月を見てウィットネス・ミー』!」


 エルデの剣のコアが光ると、まだ気づかないはずの距離にいるゴレム達が全て彼女目がけて歩いてくる。乗せただけの頭の重みで左右前後にぎこちなく揺れながら移動するそれを、最初に砕いたのはアミティエだった。

「やっぱり脆いね!」

 複数体まとめて斧で頭から一撃で潰しておいてのセリフだが、彼女には含みなどない。高さも幅もある廊下で助かったと言わんばかりに縦横無尽に斧を振り回し暴れまわる。時には蹴りで足を壊したり、頭部を掴んで壁に叩きつけたりとやりたい放題であった。


 愚鈍な土塊では彼女の暴力に勝てるはずもない。それでなくとも彼らの意識……があると仮定して、それらは絶対にエルデの方を向いてしまう。

 抗いようのない力に翻弄されていると、横合いから抗う機会すら与えない力が襲ってくる。

 盾で弾いたゴレムを斬り、棍で転ばしたゴレムを刺し、砕かれたゴレムの破片が直撃して怯んだ個体を突く。四人は互いにフォローしあって難なく敵を倒していった。

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