第37話 勃発・1

 眞紅は見えない死体を足先でつついてみたり、しゃがみこんで恐る恐るグレーダーでつついてみたりした。触覚はある。だが見えない。

「五感全て、ってわけじゃない。なんというか認識?を狂わされている感じだ。その認識の狂いを上手に利用している奴がヴォイドなんじゃなかろうか。

 そんでそれは」

「セセリを名乗るあの女」

 迷いなくクレイドは答えた、眞紅も驚きはしない。

「……しかないよな。でも確証が無い」

「俺にはある」

「説明出来る?」

「……少し待ってくれ」

「説明する気があるなら多少は待つよ。その間俺も俺で考える」


 カードゲームを仕掛けたのは、第一主都から来た退魔士達の中に認識障害を起こしていない人物を探すためだったのかもしれない。人工知能達は人間の認識をいじることは出来るが、そもそも人間達が何をどう認識しているかは完全に理解出来ないのだ。人間の認識には主観、つまりその人間の感情や心身の状態が密接に関係しているからだ。

 彼女達は、創造主と被造物から支配者と被支配者に入れ替わっても、人間達が分からないままなのだ。

「議員とのやりとりで違和感を抱いたペーレイラがセセリを派遣して調査した、ならつじつまがあう。問題はその場合議員がペーレイラの差し金なのか、それとも……。

 まずはこの認識障害をどうにかしないと。そうだ、ムルナに」


 会話の途中で突如眞紅の真下の床が開き、身体が宙に浮かぶ。

 無音で振動もなかった。この設備は細かく点検されているに違いない。


「こんなこともあろうかと」

 眞紅はグレーダーのワイヤーを天井の端に引っ掛け、落下を免れている。空中にぷらぷらと吊るされている眞紅に、クレイドは心臓に悪いという顔を向けていた。

「そんな心配してくれるなら一緒にいようぜ。手ぇ貸して」

 床は開きっぱなしだ。アリーナには大小様々な扉がついているようだ。直径一メートルほどの穴の上からクレイドに手を伸ばすと、彼は躊躇いながら手を出してくれた。


 だが眞紅がその手を取る前に彼は手を引っ込めて、剣に手をかけた。

 床のあちらこちらからゴレムが出てきている。

 これはアリーナの床から生成されたというよりは、眞紅には見えていない床の穴から廃棄口を伝ってゴレムが這い上がってきているようだった。


「おいおいおいなんだこりゃ。えー、近くに穴空いてるか?」

「ここには無い」

 クレイドが自分の後ろを指した。眞紅はそこにスイングして降り立った。つま先で地面を確認しながらグレーダーを構える眞紅とゴレムの間に、クレイドはごく自然に立ってくれている。

「ちょっと連絡するからそのまま。あれ?おい、これオフラインなんだが。失礼」

 ディスプレイの前に赤いポップが出現し、QUQはどこにも接続出来なくなっていた。眞紅は断りをいれてクレイドのQUQを起動したが、同じ赤いポップに阻まれた。

「ペーレイラだな」

「恐らく。でも通信障害だけだ。補助機能もバイタルも、まぁオフラインで使える機能は全部使える」

 説明の最中、赤いポップに一瞬ノイズが走る。


『隊長!よし、繋がった!!!』

 パウルの声がQUQから聞こえてくる。カメラは映らず、音声にもひどいノイズが乗っていて環境音も聞こえない。しかし切羽詰まった彼の声から、ただならない雰囲気であることだけは二人も感じていた。

「どうした?ってかどうなってる?」

『第四主都に大規模な通信障害が発生しています。ペーレイラが主都全域にジャミングをかけているんです。今までのネーレイス経由ってだけじゃジャミングに耐え切れなくて、一時ダウンしました……。

 電脳庁の秘密技術なので詳しい説明は出来ませんが、独自の通信環境を整えている途中です。もうしばらく時間を下さい』

「分かった、任せる。早くムルナに連絡をとりたいんだ」

『やってみます!』

「ゴーファー、隣にいるな?地下設備エリアの様子は」

 地図機能と位置情報もろくにつかえない状況だが、眞紅はそれでも彼女がいるならすでに所定のエリアに到着しているだろう、と当たりをつけて尋ねた。

『まだ分かんねぇ。現地の執行官数名と協力して廃棄口に向かう途中だ』


 ゴーファーとパウルは眞紅の想像通り、地下設備エリアに到着していた。通用口の警備に声をかけ、案内役の執行官を数名に案内してもらっていた。

 第四主都は全ての設備を地下に押し込み、点検や運用はほぼ全てをペーレイラに任せている。後は景観のため、と地下を連絡通路代わりにさせられている退魔士が移動ついでに巡回しているだけであった。

 現在地には剥き出しの岩肌と、コンクリートで塗り固められた粗雑な壁が交互に見えている。あまり計画性の無い工事の跡と同じ空間に、綿密に計算されて張り巡らされた数多くのケーブルやパイプが天井を伝っている。

「ほんと迷路だ。レムレスが出て来ないことを祈るしかない」

「祈らんでもいい。いざとなったらおめー一人くらい俺のギフトで逃がしてやんよ。あ、お前らは退魔士だから一緒に戦ってもらうからな」


 ゴーファーに笑いかけられた退魔士達は、ふぇぇ、と言いそうな表情でグレーダーの柄を握った。

「ゴレムとしか戦ったことないんですけど……足引っ張らないよう頑張ります」

「我々はちゃんとグレーダー持ってますから!」

「そういやどうして持ってんだ?駅で会った奴らと違うな」

「さっき現場主任から連絡が来て自分の権限でグレーダーを持てって。ストライ、いえ、支部局長の認可はとってない感じですけど、ほら、皆さんが来ていたので」

「俺らもなんか怖くなってグレーダー持ってきちゃいました!」

「でも自分らと他に数名って感じですよ。シフトの関係で取りに行けなかった者もおりますが、皆我関せずって感じで。……最近なんかやる気ない奴多くて」

「やる気ってか……生気?ないよな。最近うち完全に二分されてないか?」

「駅の奴らもどこ見てんのか分かんねぇ連中だったな。つーかカイラとストライ仲悪いのか。へぇぇぇ。そんでお前らは通信障害についてはなんも慌ててないのな」


 彼らはレムレスを怖がっているわりに、戦闘では致命的になり得る通信障害には慌てた様子もない。

「地下での通信障害はいつもです。ゴレムを退治したら軽減しますし。あいつらいつの間にか入ってきますよね」

「どっからゴレムが?」

「どっからって……どこかから、入り込んで……。あれ?」

 一人が考え込むと、他の執行官達も同じく考え込み、互いに顔を見合わせては首をかしげていた。


「なんででしょう」

「はぁ?考えたことなかったとか言うなよ?」

「考えてた。考えてたこともちゃんとありますよ、でも……」

「ペーレイラに完璧な自分が分析してるから貴方達は考えなくていいと言われまして、確かにそうだなって。……何度も何度もそういう会話を繰り返して……」

「結局ペーレイラは何一つ俺らに答えなんか出してくれないのに。いつからかグレーダーまで奪って、地下歩かせて、ゴレム退治だけ延々とやらせて。

 なのに、俺らは疑問にも思わなくなっていました」

 彼らの顔は真っ青になっている。混乱しているようで、言葉に出来ていない。

「完璧?ペーレイラが、自分でそう言ったの?」

 調整を進めるパウルが手を止めた。彼には珍しい他人を責めるような、険しい表情だった。

「はい。直接だったりストライ越しだったり、QUQでのやりとりでも」


「人工知能達は完璧を目指す、今なお人と共に成長し続ける不完全な電子生命体です。レイオールが機械に何もかも任せて人間性や思考を放棄した国にならないのは、彼女達が理想を夢見ることが出来たから。人がそれを作ることが出来たから!

 それは彼女達の停滞宣言だよ!

 諦めを習得した機械はそれはそれで人の夢ではあるでしょう。でも、私の夢ではない。ネーレイスや他の人工知能達が認めるはずもない。なんてこと、最悪、もう!」


「……なんだ、わりと熱い奴なんだなお前」

「はぁ!?わりとじゃない、私は熱い男だよ!最初から!」

「ふふ、そっかそっか」

 パウルはキレまくりながらも作業を進めていたため、眞紅とクレイド側の音声がクリアに聞こえてきた。だが何かが這いずり、砕ける音ばかりが聞こえてきている。

「おい眞紅、さっきから何の音だ?」

『穴からゴレムが沸いてさぁ。構造的には廃棄口の下から出てきてもおかしくないんだけど』

 会話の途中に、衝撃を受けた金属が大きく湾曲していくような音が響いた。それは明らかにトンネルの奥、ケーブルの先、つまりは。

「……廃棄口?」

「やっべ、出てきたかも」

『ムルナとの連絡を最優先で繋いでくれ!あいつのギフトで試したいことがある!』

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