第36話 委ねた先
VIPフロアの入り口には誰もいない。黒服も通常の従業員も、支配人室前のロボット達もいない。QUQで簡単に周囲のセンサーを調べてみても必要最低限しかないようだった。
入口に扉は無いが光がカーテンのように上から下へ流れていて、左右には外観にあったような柱が立ち並んでいる。この光はQUQが脳に見せているだけの光だ。ここには特別な装置がありますよ、と視覚的に教えてくれているのだ。眞紅は手前にある金色に光る台座にQUQをかざした。
光のカーテンが消えた入り口をくぐると、今までの黒や赤ではなく白色の廊下に出た。あまり主張しない金色がさし色として様々な模様として壁や柱に見てとれる。
ポーカーエリアより上品な印象を受けるのは、人が誰もいないからかもしれない。眞紅が広いだけで何もない廊下のど真ん中を歩いていると、クレイドが声をかけた。
「……一人で調べていいか?」
眞紅は嫌な顔をしながら振り返った。
「聞くだけ偉い!」
「ならいいか?」
「ダメに決まってんだろ。なんだよ、報連相は大事って言ったよな?主に誰のどの辺がどういう理由で調べたいのか言ってください」
黙ったクレイドの顔には、やはり今の彼の感情がありありと描かれている。
「俺にそんな言語化能力を求めるとかアホか?みたいな顔してる」
読み取った感情をそれらしい言葉で飾って口に出すと、彼は驚いた顔を見せた。
「正解だったのかよ!アホはお前だよバカ!」
「バカなのかアホなのかはっきりしろ」
「それだけはちゃんと言えるのかよ。あのさ、人を巻き込みたくないなら報告・連絡・相談こそ必要なんだよ。突然だから皆対応出来ないの。
知っていたら対処出来る程度の問題ってこの世にはたくさんあるだろ。人はそういう些細で重大なことで生きたり死んだりするんだ。
マウジーが死んだのはお前が置いていったからだろ?一人だから死んだんだ、お前のせいではあるんだよ」
音楽もかかっていないがらんとした通路に二人の、感情的に見えてさしてそうでもない声が響いている。
「でも人間が自分の近くしかコントロール出来ないのは当然だ。死んだのも守れなかったのも仕方ない。それにお前と比べたら俺も他の皆も弱いよ、それは認める。
だからさ、俺が俺を守るために協力してくれよ。そんで俺のことを守ってくれ。俺一人、お前一人じゃ守れなくても二人だったら大丈夫かもしれない」
クレイドは眞紅に向き合い彼の目をじっと見た。一体なんだろう、と訳も分からぬまま眞紅が見つめ返すと、クレイドの肩の力が抜けた気がした。
そういえば初めてクレイドと会った時、死にかけていた自分を彼は今みたいに、目に焼き付けるように見つめていた。彼にとって誰かをじっと見つめるというのは、大切な儀式のようなものなのかもしれない、と眞紅は考えた。
「……善処する」
クレイドはそれだけ何とか、といった様子で口から吐き出して、眞紅を追い越して歩き出した。
「ここまで喋らせておいてこの野郎」
左右に部屋は無い。VIPルームと言っておいて闘技場以外に行く場所も無い。白い廊下を進むと面白味も意外性もなく予定通りに闘技場に行き着いた。
一番低い手前の客席から三メートル下にアリーナはあった。客席は一つ一つバルコニー席になっていて、カーテンや壁で区切られており、座っていたら互いが見えないようになっている。アリーナの左右にはガラスとその向こうにカーテンがある。あそこが通路か、と眞紅は納得した。
クレイドはさっさとアリーナに飛び降りている。客席には何もないと判断したのだろう。彼の考え通りとくに外から見て変わりはない。これ以上客席から見ても何もないだろう。
アリーナにはここから飛び降りてもいいし、ここが一般的な闘技場だとしたら選手入場口がある。そこからでも、と考えたところで、それがVIPエリア付近にあるはずもないな、と思いつき飛び降りることにした。
クレイドはずっと眉間にしわを寄せながら、アリーナ端のある一点を凝視している。眞紅はふと気づいたことがあった。それは今というわけではなくて、ここに来るまで何回も感じたことでもあった。
「なぁ、駅前でシェイスさんの車いすが引っ掛かったところ、何があったんだ?」
眞紅が予想した通り、クレイドは何を聞いているのか分からない、という表情を浮かべた。
「綺麗な道路で凹みとか窪みとか無かったように見えたんだけど、そういえばお前は何か見ていたなぁって。セセリとのカードゲームの時もアミティエに聞かれた時も、怪訝な顔ってやつしてたし。いや待て、最初は列車の中だ」
話しているうちに思い出したことがあった。それはクレイドが、列車内でビョンギのボトルを凝視していたことだ。その時は不審物ではないといった話になっていたが、あれが気になるというのはどういう理由だ?といくら考えても、眞紅にはまだ答えを導き出せるほどの情報がなかった。
「……陥没していただろう」
「…………道路の話?」
「道路の話だ。カードゲームも、ジョーカーをとれと言われているのに、全員エースを選んでいただろう。あれは……どうしてだ?何かの作戦かと思って聞けなかった。その後はずっとごたごたしていたし」
「はい?だって、伏せられた二枚のカードで」
「伏せられた?絵柄をこちらに向けた二枚のカードだったろ」
言葉に詰まった眞紅を見て、クレイドが先に答えにたどり着いたようだった。彼は冷静にアリーナの端を指した。
「ではお前は何が見えている?」
先ほどからクレイドが見ていた場所だ。だが、眞紅の目には何も見えていない。
「俺には何も……」
クレイドは確信したように「そうか」と小さく呟いて眞紅の腕をひき、近くまで連れていく。
「右足をあげろ。階段を上る程度でいい」
「こう?」
言う通りにする眞紅に、クレイドは彼の身体を優しく押してそのまま少しだけ前に傾けた。すると、何もない場所に右足がつく。確かに段差に片足だけを乗せたような状態だった。
「へ?」
柔らかい何かを踏んでいる、それは分かるのだが、何も分からない。
「……触れはするのか」
眞紅はやっと自分に起こっている不気味な現象に怯える余裕が出来て、クレイドに掴まって後退した。
「なにあれなになに!?!?!こっわ!なんかある!いや、なんかおる!お前には何が見えてんだ!?」
「……死体だ。首は切られてあるから蘇りはしない」
「血の匂いとかしないぞ!?」
「する」
クレイドは普通に返した。
「……ヴォイドの超空洞……にしては俺の意識があるのはおかしい」
眞紅は、ふとクレイドにしがみついた自分の左腕のQUQを見た。
コーヒーの味、観葉植物の匂い、光やマップの視覚誘導。レイオールで当然に行われている自分達の感覚操作。
それが答えだ。
「ペーレイラは、ヴォイドの味方なのか?」
疑ってはいた。だがその疑念が確信に変わると、やはり驚いてしまう。混乱はするものの、自分が次に行う一手を考えるべきだ。眞紅はいつも繰り返し繰り返し教え子達に言っていた言葉を思い出しながら、思考を続けた。
『人工知能達が完成することも完璧と呼ばれることもない』
もし彼女達が間違えたのであれば、人間が正さねばならない。
まだ地球は人間の世界と社会で、正しいも間違っているも人間が基準に決められているからだ。
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