第35話 台風の中
「すみません、休憩が終わりました。興味深いお話をいくつも聞けてとても楽しかったです。僕のテーブルにもまた来てくださいね。では!」
彼女に手を振る同僚の元へ戻っていくセセリは、よりによって進行方向にあるテーブルについた。満席でギャラリーまで出来ているそのテーブルにはすでに山盛りのチップやカードが伏せられていた。
「あ、中断してたんすね。休憩とかあるんだ」
「カジノ初体験の俺に聞くな。ここだけが特殊かもしれないんだし」
「まだ朝の区分なのに」
「ってかこんなに客いたんすね。バタバタしてたとは言え、俺全然気づけませんでした」とビョンギはそれなりに賑わうフロアを見渡して息をついた。
アミティエはふと、先ほどのカードマジックのことを思い出した。
「結局カードのやつってどうして全員外したんでしょう。ディーラーってマジシャンじゃないのに。あたしも全然気づけなかった」
クレイドはなぜか怪訝な顔をアミティエに向けた。怪訝、だ。そもそも何故その質問が出るのかが分からない、という顔だ。さすがにそれはおかしいのでは、とアミティエのみならず眞紅も気がついてしまった。
「あれって勝っているんですよね。賭け事はあまり分かりませんが、あそこで終わっておくほうがいいのでは?先ほどの男の人のようになってしまいそうで怖いです」
三人の様子を見ていなかったエルデは、セセリのテーブルを見て小声で問うた。 するとクレイドが他のテーブルを指した。確認してみると、一定数のチップが貯まるとそこで降りる人もちらほらいる。しかしセセリのテーブルからは誰も立ち去らなかった。
「今抜けたら小金を稼いで満足して逃げた腰抜けだ」
ギャラリーが壁のようにプレイヤーの背後を塞いでいる。セセリが何か囁くと、全員が互いを見やってから全てのチップを差し出した。セセリはとても嬉しそうに笑い、踊るように賽をふり、全員が固唾をのんで見守った。
あまり目立ちたくないが退魔士の制服である以上人目は惹く。だが今に限っては皆がセセリに注目している。ある意味助けられたように六人は壁際をそそくさと進みながら、テーブルの動向を見守っていた。
突如悲鳴のような歓声があがり、プレイヤーは全員机に突っ伏した。ギャラリーは大笑いしている。プレイヤーを称えているようには見えない。やはり一流カジノと言うには程度の低い悪意が満ちている、と眞紅は確信した。この場では彼の愛する人工知能が統治・制御する合理的な社会が消えてしまったようであった。
セセリが大きく身振り手振りしてその笑いをコントロールしているように見え、眞紅は更に嫌な気分になった。そういう空気や場に流されないのがレイオール人の美徳だと考えていたからだった。
「台風の目みたいな女だな」と珍しく自分から口を開いたクレイドの言葉に、大きく頷いた。同じようなことを考えていた、と眞紅はなんだか嬉しく思ってしまった。
ゲームが終わり、人波が引いた後もプレイヤー達は座ったまま動けない者や、ふらふらと出ていく者もいた。こうやって先ほどのような男達を生んでいると誰もが理解させられていた。扉の近くでは慌てて逃げようとして黒服に肩を叩かれる者もいた。
アミティエはいつの間にかにっこりとこちらに微笑むセセリと目があった。彼女は軽く会釈をしてテーブル奥へと引っ込んでいく。
なんだかずっと目の端で見られていたような、見させられていたような気がする、とアミティエは腹に溜まった薄黒いものを吐き出したい気持ちになった。もしこれが自分の器の底にある自分たらしめる人間性だとしても、別に残らなくてもいいかな、とも思った。これと混ざり合ったものがろくなものにならないことくらいはアミティエにも分かっていた。
「……もしかして、お二人はセセリさんのことを、その……疑っているんですか?」
エルデは言葉を濁しながら問い続ける。いつの間にか目的の通路まで来てしまっていた。ここを進んだらしばらく二人と別行動になる。
「何か知っていそうかも、とは思いますけど」
眞紅は答えず、不気味なぐらい静まり返っている従業員通路の前に立った。
「大丈夫、調査の仕方も逃げ方も授業でやったろ?」
「教官」とアミティエは恐る恐る声をかける。
「隊長」と眞紅は訂正した。そのリズム感にほっとしたのか、アミティエは笑った。
「そうだった。隊長こそ死なないでくださいね」
「誰に言ってんだ俺は」
「不死身のエクレールでしょ。まず死にかけないでほしいんですわ」
ビョンギの突っ込みで、三人もジト目で眞紅を睨んだ。教え子達の強い目に、う、と言葉を詰まらせた。エルデはその目のままクレイドを見た。
「クレイドさん、隊長のことお願いします」
「……誰に頼んでいるのか」
「分かっています。やたら人を死なせているのを気にしているんですよね」
「とうとうお前まで言っちゃった!」
眞紅の突っ込みは無視してエルデは話を続けた。
「隊長は死にません。でも気が付いたら床に転がっているんです。だから手を貸してあげてほしい。それなら俯いてばっかりの貴方にも出来るでしょう」
突然ぶっこまれたクレイドはいつものように?マークを頭上に浮かべている。言いたいことは分かってはいるが、突然心を殴られたような衝撃には弱いようだった。
結局ケアめいた言葉をかけるんだなぁ、と美徳と悪癖の境界線上で反復横飛びをする友人の隣で、アミティエは、まぁ必要か、と納得してクレイドを見上げた。
「エルデがここまで言ってるんです!返事は?」
「は、はい」
クレイドは反射的に了承した。言質はとったと言わんばかりに四人はにんまりと笑った。
「頼みましたよ!」
「じゃ!行ってきます!」
ムルナは小さく跳ねて手を振る。
「なんとかまとめてみますわ。じゃあ」
心残りは清算したとでもいうように元気に進んだ四人の背に、眞紅はゲラゲラ笑いながら「達者でなー!」と手を振った。
「お互いいいように言われたなぁ」
そして未だ納得がいっていないようなクレイドの背中を叩く。
「さぁて、俺らも行くとしますか」
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