第33話 カイラ・序

 六人は従業員通路を抜けてポーカーエリアへ向かうが、エリアを区切る扉の前にカイラがいるのが見えた。どう考えても自分達を待っていたな、とアミティエすら気がついた。

 だが彼女の視線は六人全員ではなくクレイドだけに向けられている。しかも、瞳の奥はどこか煮えたぎるマグマのような苛烈さを感じられた。


「やぁどうも。もしかしてレムレスのデータを?」

 眞紅がにこやかに声をかけると、カイラは表情を変えずに視線を眞紅に向けた。その目は冷静そのもので、それどころか多少の申し訳なさを滲ませている。

「……私にはその権限はありません」

「ではストライ支部長に申請します。何か御用でしょうか」

 カイラは少したけ戸惑うように唇を動かし、意を決したように口を開いた。


「私の名はカイラ・マウジー。ケコア・マウジーは私の兄でした」


 何のことやら、な雰囲気のビョンギとムルナの横で、エルデとアミティエは「あ」とつい声が出てしまった。

 眞紅はようやく彼女の不可解なあれこれに合点がいった。斜め後ろに佇むクレイドは、何とも言えない顔でリアクションもせず立ち尽くしていた。


 まだ訓練生だったアミティエとエルデを連れて、廃村で戦ったレムレスの繭。数週間前の話が、遠い昔に思えてならない。

 一度も会話することもなく死体で出会った男・マウジーは、よくよく考えれば安全上からすぐに燃やされてしまい、死体としても向き合っていない。

 きちんと弔っていない、と眞紅は今更ながら悔やんだ。


「突然の辞令で一級執行官とやらの貴方と組まされたんです。

 QUQのログを見たら、全くバディで行動してなかった。どうしてですか?」

「……俺のせいだ」

「そんなことは知っています、理由を聞いているの!一級執行官だろうと最低二人一組が原則でしょう!命がかかっているんです、どうして……!」

 訓練生のケアや怪我の療養や卒業生を送り出す教官職のあれこれや、大怪我をした他の執行官の見舞いなどで忙殺されて回すべき気を回せていなかった。マウジーのことを調べていたら、ごく当たり前に彼女の情報に突き当たったと考えられる。

 眞紅は自らの怠惰と薄情が時間差で突き付けられ、申し訳なさとやるせなさで目の端がひりついた。

 それでも今は任務に集中するべきだ、という結論以外無い自分には自嘲したい気分も浮かんでくる。


「すんません、全面的にクレイドが悪いので恐縮ですが、今は作戦行動中です。終わったらこの赤いのを貸し出しますので、後にしてもらえますか?」

 間に入った眞紅の言葉に、カイラはハッとしたように口を噤んだ。そして目を閉じて一秒ほど考える。長いまつげが震えた後、目を開けて力なく口の端を歪めて笑顔を浮かべようとしている。社交辞令の微笑みではなく、明らかに自分を嘲笑うような、悲しいものだった。

「……確かにそうですね、申し訳ありません。タイミングを間違えました」

 顔を上げたカイラは、彼女本来の気遣いを見せた。そして同時にある種の目ざとさを発揮したようだった。

「エクレール執行官、顔色があまりよくないようですが、どうかしましたか?」


「毒を飲みまして」


 あっけらかんと言い放った眞紅に若者達は驚いてしまった。だがカイラは動揺するでも平然としている様子でもなく、何故か、というような表情を見せた。

「……そう、ですか。物騒ですね。大事ないようで何よりです。

 ではこれで。……失礼しました」

 カイラは先ほどまでの自分の感情に振り回された人間の顔ではなく、やるべきことを見つけた表情になっていた。そして六人に軽く頭を下げ、支配人室の方へと足早に立ち去る。


「ねぇエルデ。マウジーさんって」

「……空から降ってきたご遺体……」

「あぁ~やっぱりその人か。生きてるとこ見てないし、カイラさんと似てるとかわかんない」

「軽い言い方ね」

 叱られていると感じたアミティエは、駄々をこねる子供のように、小さな声で反論する。

「だって、うちら反省のしようもないじゃん」

「その通り。でもな、だとしても自戒と配慮は忘れちゃいけないんだよ」

 たしなめるような眞紅の言葉に、アミティエのみならずクレイドもダメージを受けているようだ、とエルデは感じた。

 なら何でもいいから言えばいいのに、とも思った。


「ともかく行くぞ。今度こそ邪魔の入らないように」

 ポーカーエリアの扉を開けると、そこは黒と赤とさし色の銀色で構成された、煌びやかでも慎みや嗜みを感じる内装になっていた。

 展示用の美術品や調度品がさりげなく、しかし必ず目に入る配置でこの場の“良い所”感を上げているな、とアミティエは冷ややかな気分になった。

 彼女はこの街に来てから違う世界のようなあれやこれに目を輝かせていたが、いい加減しつこくなってきていた。あなたがお金持ちなのは分かったから、と聞き分けのない子供の相手をしている気分だった。


「俺を勝たせてくれるんじゃないのか?」


 今度は突然、聞き分けの無い大人の声が響いてきた。

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