第32話 開始

「回復!作戦会議するぞぉ!」

 クレイドは、部屋に戻るなり元気に叫ぶ眞紅に迎えられた。へらへら笑う眞紅とにこにこ笑うアミティエに囲まれ、クレイドは静かに肩を落とす。

「周りが心労で倒れるっての」

 気持ちを汲んでかラテントが嫌味を言ってくれる。

「おいおい、怪しい部屋にあったものを不用意に口にしたのは俺だぞ。上司がバカで困るならともかく、お前らがそんな気遣ったり凹んだりすることはないだろう」

「心配はするんすよ、馬鹿な上司でも」とビョンギが冷ややかな目を向けた。

「誰がバカだと」と眞紅がすかさず突っ込む。

「自分で言いました」とエルデが睨む。眞紅は劣勢だと分かったのか、入り口で立ったままのクレイドに声をかけた。


「で、クレイド、なんか見つけた?報告したそうな顔に見える」

「……そうか?」

「うん。俺心が読めるから」

「今一番聞きたくない言葉だ」

「ピンポイントなNGワードだなぁ」

「……先ほどの闘技場、床が開いて死体が下に落ちていった」

「地下か。パウル」

 作業用に整えられた部屋の一角には、いくつものディスプレイが浮かび並行して様々な作業が行われている。その中央でひたすら物理・非物理両方のキーボードを叩きまくっているパウルは、隊長の一声で一旦それを止めて、奥にあった一枚のディスプレイのサイズを大きく調整して部屋の中央へ流した。


 そこには見覚えのあるカジノの見取り図に、掲載されていない先ほどの地下の通路が追加されていた。

「第四主都建設計画とこのカジノの建設を担当した建築家と会社の見取り図、搬入された資材データ等々と照らし合わせて、後は……」

「あの、こっちでしなくともペーレイラに聞けば一発じゃ?」

「質問する前に、じゃあなんでこっちでしているのかを考えろ」

「すいません」とビョンギは即頭を下げた。ラテントの高圧的な物言いにゴーファーからの待ったがかかる。

「若手をいじめんなおっさん。ペーレイラが答えてくれねーんだよ。完全無視。だから第四主都にいるってのに第一主都のネーレイス経由で通信してんだよ俺達全員」

「うわ、ほんとだ。ペーレイラ動いてない」


 アミティエがQUQの作動状況を見ると、確かに第四主都の人工知能は問題なく主都機能を維持しているにも関わらず、特別遊撃小隊からの通信には一切応答していない。それどころか全員のQUQにネットワークの使用を許可しておらず、パウルの手腕によって遠い距離にあるネーレイスをアクセスポイントにしてあった。

「隊長、照会完了しました」

 パウルが更新した地図には、カジノ中央、つまり闘技場から地下へとのびる真っすぐな穴と、その横のエレベーターと非常階段が映し出される。その終着点は地下の設備エリアに繋がっていた。


 穴には“廃棄口”と書かれている。


「闘技場の真下の廃棄口、ね。文字通り死体を廃棄するためなのかな」

「駅でのレムレスは地下からですよね?廃棄口に落とされた死体が蘇ったのでは」

「十中八九そうだろうな。さっきはセセリの前ってこともあって蘇りません!って断言しちゃったけど、あのショーを知っている従業員もいるようだし、変に同情してもおかしくはない。たった一人の使い捨ての“可哀想”でも蘇る可能性はゼロじゃない。闘技場と、エレベーターと、地下設備エリアにそれぞれ向かいたいな」

「……可哀想、か」

 ある女を思い出すクレイドの呟きは、がやがやと意見を言い合うメンバーの耳には届かなかった。


「地下洞窟ってんなら多分入り組んでるだろーな、やっぱ偵察とかは俺だな。それとじめじめした場所が似合うパウルでどうだ?地下での通信は不安定かもしれねーし」

「その喧嘩買った!」

「後にしてくれ。闘技場方面はポーカーエリアの従業員通路から行くと早いな」

「エレベーター付近は調べる箇所が少なそうです。でしたら私とアミティエ……だけでは駄目ですね」

「新人だからな。俺とムルナも二人につきます」

「頼む。闘技場と、それと隣接するVIPエリアも俺とクレイドで」

 クレイドの嫌そうな顔を無視している眞紅に、ラテントから反論が上がった。


「いや待て、俺はお前が前線に行くのが納得できん。体調もそうだが単純に弱い。俺とローレルだろ」

「嫌なとこ突く~。でもラテントには、ストライのいる支部局に行ってほしいので」

「……それは……妥当だな」

 押収したサーバーや毒の検査結果などを見ていたラテントとローレルは、今度は自分達の番だと言わんばかりに机の上に広げていたディスプレイを空中に上げて全員に見せた。


「こいつが飲んだのは主に警官が使う、凶悪犯用の神経毒だ。もちろん厳重に管理されているはずだ。本来ならペーレイラに問い合わせるが出来るが、今は一人一人のQUQの行動ログを見ていかねーといけねぇ。誰かさんの服毒データ見せれば、あちらさんも情報開示せにゃならんだろうな。支部局が無関係なら次は警察署だ」

「私達で探り入れて監視かねぇ。元警官と思われるカイラの関与を疑いたいところだけど、彼女が毒を盛る理由が皆目見当つかない。誰か知り合いいる?」

「ざっと経歴を漁ってみましたが、彼女はこの第四主都から出たことがありません。我々側にも第四主都への紀行記録はありませんし……」

「じゃあ全員と初対面か。カイラもレムレスも支部局でなんか進展あるかもしれないし、とりあえず二人に任せたい。優先順位は低くていいから好きにしてくれ」

「俺達には適当言うな」

「信頼ですよ先輩方」


 ついさっきまで血を吐いて突っ伏していた男と同一人物か疑わしいほどに調子の良い眞紅に、二人は諦めたように「はいはい」と返事をした。眞紅の強さは『こいつを相手にしても無駄』と思わせる所もあるかもしれない、とエルデは考えていた。

「よく言うねぇ、まぁいいでしょう。私のギフトでもメディカルチェックでももう異常なし。ギフト様様ってやつだ」

「やったぁ!よし、行くか。各々くれぐれも死ぬなよ」

 全員がリーダーの号令で立ち上がった。


「逃走、敗走、常に許可する!敵前逃亡も厭わない、自分の命を最優先としろ。執行官が生きていなければ、グレーダーが使える者がいなければレムレスは倒せない。

 俺とお前達のちっぽけな命を投げ出して得られるものは何もない。それどころかご家族にご友人がお前の犠牲を悲しめば、敵が一体増えるかもしれないんだからな」

 う、とエルデとアミティエはそれぞれの家族を想い、勇み足に釘を刺した。

「生きていればこそ、敵を倒せる、誰かを守れる、敵は増えない。それだけだ。

 では健闘を祈る」


「祈るって言葉、ヤな響きだぜ」

「かっこよく決まったんだから話の腰を折るな!それに本来は良い意味だろ!」

 全力で腰を折るゴーファーに、眞紅は吠えた。またもや「はいはい」と適当にあしらってラテントとローレルはさっさと扉へと向かった。

「若者達~私は死体とも、動いてる死体とも会いたくないから。

 そこんとこ気ぃ使ってね」

 入口で立ち止まったローレルは、にやっと笑ってから縁起の悪い励ましをかけて、そのまま行ってしまった。


「おい、必要なもんだけ持ってくぞ」

「私は初めから必要なものしか持ってきてないので」

「じゃあその減らず口は置いてけや」

「減らず口はあなたでしょうが!!!!」

「喧嘩は後でね」

「は、はい!では行って参ります!君達も気をつけて」

 元気よく「はーい」と返事をすると、パウルは少しだけ落ち着けたように目元を緩ませてから、ゴーファーの後を追った。


「四人ともプロって感じだなぁ」

「私たちもそうなるの」

「うん、がんばろー!」

 アミティエとエルデは、無くはない緊張と不安に振り回されないように、大げさに気合を入れる。

「俺らも出発だ。お前らはエレベーターホール及び付近の通路での危険物や不審者を探すだけだ。すぐには乗るなよ。ゴーファー達から連絡があったら二人がエレベーター、残りは真隣の非常階段で下に行く感じだ。

 ビョンギ、三人をまとめろ。率いたり導いたりしなくていい、突然別々の方向に走り出す女三人を一か所にまとめてみせてくれ」

「はい……」


 作戦前から想像でくたびれたビョンギに、ムルナは失敬な、と言わんばかりにその場でジャンプして不満を表明していた。

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