第31話 セセリ・破

 セセリの夜空のような怪しい輝きを内包した瞳が、獲物を前にしたように細まった。そうやって何もかもを蕩かすような視線を向けながら、クレイドの腕をひとさし指でゆっくりと撫であげた。

 ところが手首の上から肘に行くまでの間に腕を動かされてすげなく中断され、セセリは笑った。

 こうやれば割と上手くいくのに、と彼女は小さく呟いた。


「周りに何かあったら思わず自分のせいかも、って考えちゃうみたいなあれですか?

 自己中心的ですよね。明らかに勝手に背負ったり拾ったりもして……。世界のありとあらゆることが自分に起因もしくは収束しているとか信じてるんです?

 まぁ実際、正直、実のところ……茶化して否定したいような身近なことほど、僕達のせい、っていうこともありますけど」


 セセリは遠い目で闘技場を見た。ガラスに映ったクレイドを見ているのか、何も無くなった闘技場を見ているのか、それとも自分自身の姿を見ているのかは誰も分からない。

「ほんの少しだけ理解出来なくもないですよ。

 例えば僕の母って、凄く大変な人生を送ってきた人で。なんでこんな善良な人にばかり可哀想なことが起こるんだろうって感じで。いつもいつも僕、怒ってたんです。何もかもに。……主に自分に。自分だけが悪いわけじゃないと分かってたのに、最後にはやっぱり自分のせいなのではないかと結論づけてしまう」

 クレイドは興味が無い、とは言わなかった。それを理解しているセセリは話を続けた。


「でも僕、実は人の不幸でご飯が進むタイプなんです。

 それが母でも、って気がついたのでクレイドさんみたいに欝々としなくて済んだと言いますか」

 どこかドヤ顔で斜め上なことを言い出すセセリに、クレイドは問う。

「……愛しているのでは?」

「愛していますよ。でも不幸に耐える人は美しいでしょう?そこに気がついてしまったらもう、ダメだったんです。思う存分その美しさを見せてほしくなっちゃった。

 だから不幸になってほしいんです、愛しているから、美しくあってほしい。

 それにもう自分のせいだなんて考えなくてすむから万々歳でしたね。

 そうそう、別に愛してない相手の不幸も美味しいですよ?全然魅力的じゃない人でも、可哀想な人って可愛いじゃないですか」


 にこにこ笑うセセリに対し、クレイドの眉間の皺は深まる一方だった。

「こんなこと言えたの、お兄さんが初めて。隠さなきゃいけないことだと思ってた」

 うっとりとした目で彼女は微笑む。

「貴方も善良で不幸な人ですよね。だから僕、お兄さんのことも気に入っちゃった」

 クレイドはここで初めて、はっきりとした嫌悪感を顔に出した。セセリはそれを見て、花が咲くような笑顔を向けた。

「ごめんなさーい。でもそんな慰めてくれる人を待ってる顔してるから。あら」

 誰かの足音が聞こえる。軽快だがしっかりとした足取りだった。

「戻って善良な人を傷つけてきたらどうですか?僕みたいに。僕はいつでもお待ちしておりますよ。

 ……思う存分不幸ぶりたくなったら、どうぞセセリちゃんのところへ。

 本物の破滅をさせてあげます」


 毒か嵐のような女はクレイドから離れて、非常階段とは逆へと歩いて行った。

 ちょうどそのタイミングで非常階段からアミティエがやって来た。彼女はクレイドを見つけて嬉しそうに話しかける。


「クレイドさん!見つけた!教官、じゃない。隊長が目を覚ましたので作戦会議続行です。部屋に戻りましょう」

 う、と目の前の相手が言葉に詰まっても、アミティエはそれに気がつかない。

「皆で安全を確認しました。それと色々情報も。クレイドさんも何か見つけましたか?大丈夫、隊長なら別に怒ったりしないから戻りましょう」

「お前は怒らないのか?」

 何を言っているのか分からない、という顔でアミティエは首をかしげる。


「えー?あたしも別にとくに何も見つけられてないし……。何も発見出来なくても問題ないですよ、そういうのは得意な人に任せましょう!うちらはそういうのじゃないってことで」

 気楽な彼女の物言いに、クレイドは少し間を置いて口を開いた。

「お前たちの怒る、はそっちにかかっているのか」

「それ以外あります?」

 即答されてしまい、クレイドは逆に困惑する。

「……俺のせいで」

 何とか絞り出すように、と言った彼の言葉を聞いて、アミティエは「あぁ!」とやっと何の話をしていたのか合点がいったようだった。


「そういえばあのままだったら毒飲んでたの……クレイドさんじゃないですか!危なかったですね!ラッキーだったってことで!」


「いや、違う。………………もういい」

 アミティエのどこまでもずれた回答に、クレイドは匙を投げた。彼女は決してクレイドを罰してはくれない。責められたい、楽になりたい、という甘い願望を叶えてはくれない。


「あの女、気に入る相手を間違えたな」


「何の話ですか?」

 セセリはもういない。だから、クレイドの言葉を聞いてはいなかった。

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