第29話 毒

 カーテンは完全に閉まり、さっきまでと同じ薄暗いだけのただの通路へと戻っている。だがエルデの動揺は収まらない。

「あの、あのままでは、片方は助からないのでは……?」

「じゃあレムレスが生まれるんじゃ」

 首輪と鍵の関連性に気付いてもあえて口に出さなかった眞紅達と違い、アミティエとエルデはそれを良しとしなかった。眞紅はきちんと話してその疑念を払しょくするべきだと思った。


「他者の死を知らぬことこそこの世界における安全策だと言ったことがあったが、それは民間人というか……普通の人間だけだ。

 あの観客達みたいに人の死を何とも思わない奴には最初からなんもしなくてもいい。誰の命も勿体無いとは思わないからな。だから……レムレスは生まれない」

 あまりにもはっきり言い切る眞紅に、アミティエとエルデは安心するようなしないような、なんとも言えない感情に襲われる。


「皆様執行官ですよね。全然見ない顔ばかりですけど、何かあったんですか?」

「何かありそうじゃん?こんなことやってんだし」

 探りを入れてきたようなセセリに、眞紅もまた茶化すように返す。

 わざとらしい笑顔の二人が笑顔のまま睨み合っていた。だがその空気を先に破ったのはセセリだった。

「そういえば、皆様どうやってここに?」

「道に迷っちゃって」

「QUQがあるのに?」

 小馬鹿にしたような物言いのセセリに、パウルはムッとする。

「だってルートが」

「神の……いや、お上のお導きかもね」

 物理的に上を指さした眞紅を見て、セセリは少し気に障ったのか、笑顔が一瞬冷たくなった。この街で一番高い所にいるのは、ペーレイラだ。彼女もしくはネーレイスの導きでここに来れたのかも、と言ったことが許せないのか、それとも……と眞紅が考えたところで、また彼女はクレイドに話しかけている。


「お兄さんはどう思います?」

安心安全の無言を貫くクレイド。そんな時、全員のQUQのルートが赤から緑に戻った。ルートが上に向き、来た道を戻れと言っているようであった。

 クレイドは誰の意見も聞かず、真っ先にルート案内に従って歩き出した。

「じゃあ俺達も行こうか。セセリさん、興味深いお話しありがとうございました」

 眞紅は皆を戻るように手で促すと、相変わらず気分の悪そうなローレルを皮切りに、ぞろぞろと戸惑いながら進んでいった。ムルナは一人元気いっぱい怒り心頭で、マスクの下で唇を尖らせてビョンギに何やら文句を伝えている。ビョンギはそれをなだめながら戻っていった。


「どうぞごゆっくり。この街を楽しんでください」


 セセリは甘ったるく絡みつくような声で営業用のセリフを皆の背に投げかけた。

 まるで毒のようだ、とエルデはさらに不快感を募らせた。

 最後尾を行く眞紅は、自分の背をセセリがじっと見ている気がした。だが振り向かないで歩いた。


 一階に戻った一行は、観葉植物エリアの端にあった部屋に案内された。非常階段すぐ近くの部屋で、本当に遠回りをさせられていたようだった。

「疲れた~!」

 しなくていい気疲れをしたアミティエは部屋の端のソファーに寝転がった。他の皆は荷物を置いた後、部屋の中央にある応接机とその周りのソファーに集まっている。

「自由にしていいよ。そのまま補給と休憩を兼ねた作戦会議を始めます!」

「それ補給も休憩もできませぇん!」

 元気いっぱいに文句を返してくるアミティエに、眞紅は苦笑いする。

「するんだよ。あぁ、あと、会話とか聞かれてるかもしれないから皆発言には気を付けて」

「それはわかってますよぉ」

「ってかそれはっきり言っちゃうんすか。でもまぁ闘技場は調べたいっすね」

 ビョンギはシームレスに仕事の会話をし始めた。彼の良くも悪くもフラットな態度を見習いたい、と未だ文句が出てきそうなエルデは思っていた。


「死体をどう処分しているのか気になる。行方不明の執行官と関係があるかもしれねぇな」

「じゃあ闘技場を調べるチーム、焼却施設を調べるチームって感じに分ける?」

「まぁそうなるよなぁ。さて新人達をどうするか……」

 ラテント、ローレル、眞紅は即座に作戦会議を進めていった。

「俺は子守りも出来るタイプのイケてるおねーさんだから、俺に預けてもいいぜ」

「なんだか心配だね」

「あ?おめーより青少年の教育にいいだろ」

「どういう意味?」

 ゴーファーとパウルが盛り上がってきたところで、またもや静かにしていたクレイドは部屋の端から動いてドリンクサーバーへと近づく。ちょうどその近くに座っていた眞紅も立ち上がり、かち合った。


「お?しゃーなしで俺が入れてやるよ」

 有無を言わさずに眞紅がポーションをセットしていると、「隊長自らお茶くみか」とラテントが茶々を入れた。

「上の者が入れた水はより旨いっていうだろ」

 自信満々な眞紅に、クレイドもラテントも突っ込む気が失せた。

「また適当な」

「あー、一人分しかない。そっちの棚に詰め替え用入ってない?」

 結局クレイドも動くことになり、サーバーと逆方向にある棚を探させられた。

「俺からしたらジェイルバードって怖いやつだったんだけど」

「私にとってもそうだった」

 いつの間にか喧嘩を止めていたゴーファーとパウルは、おとなしく探し物をするクレイドを感慨深く見ている。だがクレイドが手に取った白色のパッケージを再び戻した瞬間、パウルは「あっ!!!!」と声を上げた。

「クレイドさん、今手に取ったそれです!戻さないで!」

「……はい」

 言うことを聞いてもう一度同じ物を取り出すクレイドを見て、ふふ、とエルデは笑った。


 その時、カツーンと何か軽いものが落ちる音がした。眞紅がコップを落としたらしい。まだ中身のあったコップから上水が零れている。

 眞紅が口を押さえたまま微動だにしないさまを見て、ようやく全員が、手が滑ったのではない、と気づいた。


 ただごとではない、誰かが何か言葉にする前に、眞紅はその場に膝をついた。

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