第28話 首輪

 セセリはスペードのエースとジョーカーの二枚のトランプを一同に見せ、適当にシャッフルしてから右手と左手に一枚ずつ持った。伏せられているカードの裏はシックな黒色に、このカジノのマークが印刷されている。

「ジョーカーを選んでください」

「じゃあ俺から~」

 ビョンギが右を選ぶと、それはエースだった。セセリは左のもう一枚をひっくり返してジョーカーを見せる。

「うわ、二分の一を外すとか……。俺かっこ悪い……」

「しゃーねーな、おねーさんが仇とってやるよ!次俺な」

 項垂れるビョンギをゴーファーとムルナが慰める。


「おいおい、やる流れかよ。いいのか?」

「うーん、手の内見せてもらえるやもしれんし」

「こっちの手の内暴かれるかもよ?」

 ラテントとローレルの言い分も最もだが、眞紅はなんとなくこのセセリという女性に言いようのない違和感を抱いていた。QUQにも記録のあるきちんとした人間のはずなのに、どうにも気味が悪い。

 眞紅はあまり人間に好き嫌いがなく、誰にでもフラットに接することが出来るのが自分の美点だと考えている。そんな自分がはっきりと自覚する程に、彼女のことが苦手だと感じていた。なればこそ、彼女と仲良くするべきだと考えた。


「シンプルなゲームだ。裏があるとしても、色々な意味で何も仕掛けられないと思う。というわけで一回くらいは乗っておこうかなと」

「まぁ、責任さえとってくれるならいくらでも羽目外しても構わないよ?私は。ヤバそうなら全員置いて一人で逃げるからさ」

「……ま、勝てばいい話だからな」

 二人の説得をすませた眞紅は、気合を入れてカードを選び……エースを選んだ。


 その悪い流れのまま、クレイド以外の全員が外れを選んでしまった。


「な、なんで!?」

「何かトリックがあると思うんですけど!?」

「いやさすがにおかしいだろ二分の一を九人外すか!?」

 冷静さをどこかに置いてきたようにわーわーと叫ぶモブ集団と化した一行を見ているクレイドは、何故か疑いの眼差しをその仲間達に向けている。

「あたしらが雑魚いからってそんな目でみなくても!」

「……いや、えー……」

 埒が明かない、というようにクレイドがぱっとカードをとると、それはまさしくジョーカーだった。喝采よりも大きな、納得できないというブーイングが響いた。

 セセリもまた驚いた顔をして、反対側のカードをめくりエースを見せた。


「どうやったんだよクレイド!?なぁ、タネが全くわからんのだが!?」

 眞紅に腕を捕まれゆすられるが、クレイドはいつもの三点リーダーを多用するばかりで何も言わない。

「お兄さん、説明は苦手?」

 くすくすとセセリが笑った。眞紅は無口な男に説明をさせるのは後にして、まずは彼女の話を聞くべきだと考えた。

「どっちにしろ勝ったんだから、君からの丁寧な説明頼むね」

 するとセセリは、眞紅を無視しているかのようにクレイドに話しかけ続ける。

「えぇ、えぇ。構いませんよ。クレイドさんでしたね。こちらをどうぞ」

 彼女はクレイドだけを真っすぐに見ている。間に立つ眞紅は空気を読んで横にずれると、セセリはクレイドの横を通り過ぎながら、嬉しそうに微笑みかける。そのにっこりとした顔を保ったまま、壁にかかったカーテンを思いっきり開けた。


 するとそこには、闘技場のような丸く開けた場所で殴り合う二人の男が見えた。水族館のような分厚いガラスの向こうで行われていて、音は聞こえない。

 床は砂と土で、ガラス以外の箇所の壁も同じような材質に見える。つまり、あえてクラシカルを通り越して大昔の建築技法を使っているようだった。


「……格闘技か何かか?」

「ムルナ格闘技観戦趣味なんすよ。良かったな」

 嬉しそうなムルナがガラスに近づこうとするが、クレイドが手で制した。

「……これをつけている」

 彼はガラスケースの中の爆弾を指す。確かに二人の男は同じ物を着用している。


「いや、なんかおかしくないですか?」

 アミティエは顔をしかめた。

 男達は意識が朦朧としているように見えるが、戦いをやめない。グローブもテーピングもしていない、変な方向に曲がっている指を握りしめて、素手で互いを殴り合っていた。

 ローレルがすっと目を逸らした。彼女のギフトでは彼らの怪我が全て認識させられてしまう。普通の人間が見れば身体の青痣や手が痛そう、という程度だが、彼女には折れた骨や潰れた臓器や入り込んだ雑菌が及ぼす炎症も強制的に頭に入ってくる。戦場ならともかく、街中でこの異常は受け止めきれるものではない。


「はーい、スピーカー入りまーす」

 セセリはこちらの戸惑いも気にせず、ガラス横のスイッチを押した。

『最終ラウンドまで両者生き残ったゲームは久しぶり!スタジアムは熱狂の渦に包まれています!きっと戦う二人の耳にも届いていることでしょう!』

 軽薄そうな実況の声とヤジや罵声が聞こえてくる。壁にはスピーカーが内蔵されていて、そこから内部の声が聞こえるようになっているようだ。

「うるさ!」とヘッドホンをしたままのビョンギが驚いている。


「剣闘士……って知ってます?先史世界の紀元前とか言うすっごい昔、奴隷達が自由を賭けて闘技場で戦わされたんですけど、そういう文化。それを再びこの世で再現したらしいですよ」

 セセリは楽しそうにクレイドに話しかけた。

「彼らは六等市民か」

 通常白色であるはずのQUQだが、戦う男達のQUQは黒色だった。

「重罪人ですね。五等市民である軽犯罪者同様、専用施設に入れられているはずでは?」とパウルが問う。

「その内一つがここですよ。殺処分じゃ芸がないでしょう。これは犯罪者の処刑と富裕層の娯楽を兼ねたショーなんです。少なくともこれを知っている表のスタッフはそう聞かされています。ただの“時短”って」

 彼女の言っている意味が分かってしまったエルデは眉をしかめた。


 天井から細いロープが下りてきた。その先には鍵が一本だけくくりつけられていて、ちょうど二人の男の間に垂れ下がった。

 二人は目の色を変えて走りだし、鍵をとろうと懸命に手を伸ばした。そして、カギを奪おうとする相手を殴った。

「窓閉めれる?」

 眞紅の声に、皆一斉に男達から目を背けた。誰もがこの先を予測してしまった。眞紅とクレイドはまっすぐセセリを見ていたが、セセリはからかうような目線をクレイドに向けているばかりだった。


「いいじゃないですか、どうせここに遊びに来れる人はお国を作ったりお国を動かしたりしてる人だけですよ。皆様は観客にも剣闘士にもなることはないのですから」

「スピーカーも切って」

 眞紅はいつもの調子で続けた。

「皆様は知らなかった、知らされなかった。この世界ではよくあることでしょう?

 。例えば、セセリちゃんがカーテンを開けてあげたから」

「聞こえなかった?」

 眞紅から一歩離れたクレイドが、剣の柄をわかりやすく握っているのを見て、セセリは嬉しそうにほほ笑んだ。


「はい。今やっと聞こえました」


 セセリが再びスイッチを押すと、スピーカーはオフになり、カーテンが閉まった。

 そして何も見えず、何も聞こえなくなった。

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