第27話 セセリ・序

 壁にQUQをかざすとルートが表示される。ストライが去っていった方向と同じであるが、扉を開けた先にはもう彼はいなかった。

 観葉植物は全てよく出来た偽物だった。だがレイオール人だと、植物それぞれについたセンサーに反応して、自動的にQUQが種類に応じた香りを感じさせてくれる。脳に花の香りを感じていると思わせているだけなので、嗅覚過敏にも優しい代物だ。

 温室のような明るく開放的なこのフロアでは、ゲームをするよりかは歓談や休憩が主なのか、あまりカジノテーブルも置かれていない。

 迷わないように壁沿いを歩いていたその時、突然途中で表示されていたルートがぶれて、違う道が再表示された。

 直進してこのフロアを突っ切るはずが、背の高い植物に隠されていた従業員専用フロアに向かう道に誘導されている。


「え?あの、ちょっと待ってくださいね」

 不具合だと考えたパウルが、皆に許可をとり調べ始めた。

「さっさとしろや」とゴーファーが茶々を入れた。

「待って!……ネーレイスからは相変わらずルートに沿って進め、とだけ」

 パウルは律儀に相手をしながらも、上からの指令を伝える。こういう時に本物の一番上の立場に意見が聞けるのはありがたい。おまけに人間のトップとは違い、どこにいてもリアルタイムでこちらの状況を把握している。

「説明は必要ないという判断ってわけね。何人かここに残す?」

 ローレルが問うた瞬間全員のQUQが真っ赤に光り、人数分のルートがびっしり壁に表示される。いつもの緑とは違う攻撃的な色だった。

「全員がお望みのようだね」


「……グレーダーの準備を」


「本気ですか」

 エルデは張り詰めた様子で尋ねる。

「一応ね。でも手には握んなよ。しゅっぱーつ」


 警戒しながら進んだ先には全く人がいない。うす暗い廊下にルート案内だけが光って目立っている。清掃ロボットが置いてあるわりに埃っぽいことから、あまり人が使わないため掃除もしていないと思われた。

 それはおかしい。一度ボタンでも押してやれば、後は自動設定で適当にやってくれる。充電も補修も機械自体にやらせておけばいい話だ。だが彼らは止まっている。ペーレイラの方針なのだと言われれば納得出来ずとも従うが、今の時点ではやたら目につくノイズの一つだ。眞紅は埃の存在を許さないほど常に動き回る第一主都の清掃ロボット達に、無性に会いたくなった。

 ルートは廊下途中の非常階段口に続いている。扉は施錠されておらずすぐに開く。古い鉄のにおいが一瞬したが、すぐになくなった。案内は下に続いている。互いに顔を見合わせて順番に降りて行った。

 四階程度下に降りて非常階段口をくぐると、黒い壁の通路にたどり着いた。


「従業員用通路の中でも裏従業員しか入れない感じの通路だぁ」

 アミティエは少し楽しくなってきているようだった。

「またわけのわからないことを。あ、何かありますよ」

 少し開けた通路には腰くらいの高さのガラスケース台がいくつかおいてあり、厳重に閉ざされたその中には首輪のようなものが保管されている。

 通路の奥の扉には矢印は向いていない。ネーレイスはこのガラスケースを見せたかったようだ、と執行官達は考えた。


「ゴーファー、これって開けられるか?」

「もうやってるっての」

 バックパックから器具を取り出し、錠前に細工をしている。最近は電子錠が主流だが、何故壊せば開けられる物理錠にしているのだろう、と眞紅は疑問を持った。電子錠は無理に開こうとすればすぐさま通報されるし、壊せば絶対に開かなくなる。

「ケース内及び周辺にセンサーの類は一つもありません」と困惑した様子でパウルが言った。

「おっし、ケース開けてみるぜ」

 ゴーファーは隣の眞紅に呼びかけて許可を取ってから、ガラスケースを開けた。


「……パウル、これ爆弾に見えるけど、ちょっと調べてみてくれ」

「……正真正銘の爆弾ですね。触れないほうがよろしいかと」

 首輪のように見えたそれには、小型の爆弾が取り付けられていた。若手はさっとガラスケースから距離をとった。

 そこに、ヒールの音が響いてくる。

 通路奥の扉がゆっくり開いた。そしてそこから、クレイドと眞紅がロビーで見かけた黒髪の美女がやってきた。腰まであるまっすぐな美しい黒髪は、彼女が歩くたびに左右にさらさらと揺れる。全体的に薄化粧だが、モスグリーンを基調としたアイメイクだけは手間暇をかけているようだった。切れ長のブラウンの瞳が一行を捉えた。


「おやおや、お客様。困りまする~それはゲームに使うアイテムなんですよ。返して欲しいな」


 美女はクールな外見からは予想出来ない、茶目っ気のある笑顔とふざけた物言いでこちらに話しかけてきた。パウルはこっそりとゼヌシージ粒子反応を調べるが、とくに反応は無い。彼の後ろや横からそれを盗み見ていたベテラン達は、それでも警戒した態度を崩さなかった。


「ちょっとそんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。僕だって退魔士集団と関わり合いになんかなりたくないですよ。それでも話しかけてきたこの勇気に免じてもっと優しくしてくれてもいいじゃないですか。

 ねぇ?」

 へらへらと笑いながら髪をいじり、あ、と声をあげた。

「自己紹介がまだでしたね。僕はセセリ。ここでディーラーやってます。普通の従業員ちゃんです」


 全員のQUQに彼女に関する簡単なプロフィールが送られてきた。パウルからだ。彼女は実際にこのカジノで働いており、第四主都に暮らしていると証明された。

 タイミング的にも怪しいことは確かだが、何かを知っているようである。眞紅は多少の会話なら良いだろうと考えた。


「これは本物の爆弾だろう?しかも威力が高い。花火とかの演出用には見えないな。きちんとした用途を説明してもらいたい。俺達にはその許可もある」

「えぇー?僕の権限じゃあ許されてないことなんですけどね……。そもそも僕が口を出してるのは貴方達を助けてあげようとしているからなんですが……」

 どこか演技めいた彼女の振る舞いを、好きになれない、とエルデは思った。このような状況でふざけているからか、それともこの場の空気をコントロールしようとしているからかは分からないが。


「じゃあカードゲームしましょう。そちらが勝てたら教えてあげます」

「あのなぁ」

「一瞬で終わりますから」


 セセリの目を細めた蠱惑的な笑みに、アミティエは蜘蛛の巣に引っかかった羽虫の気分になった。

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