第26話 到着

 本来なら景観を楽しむ用にスピードを落とされている動く歩道を進む。歩道横の所々に東屋やベンチが置いてあり、たまにそこに人影が見えることもあった。

 観光地を見ているというより観察しながら長い歩道を進んでいくと、とうとうカジノに到着する。営業前の静かなカジノの前には、キラキラとしたジャケットを着た黒人の男性が立っていた。彼は見慣れぬ執行官の集団を見て、驚くこともなく話しかけてくる。


「第四主都カジノエリアにようこそお越しくださいました。国営遊技場4G002の支配人、デュアン・バーダです。ジェイルバード執行官とお仲間様ですね?」

「隊長、痛恨のおまけ」とビョンギがこっそりと後輩達を笑わせる。

「うるさいよ」

「ここではなんですので、まずはこちらへどうぞ」

 支配人は目の笑っていない笑顔で案内をする。彼の後をついていくと、やたら豪奢なエスカレーターで、女神のモチーフが彫られている二柱の間をくぐりカジノの内部に入る。神殿のような外観のカジノは、内部も先史時代の神殿を思わせる荘厳さだった。黒い大理石を基調とした落ち着いた石壁と床に、吹き抜けの天井に煌びやかなシャンデリア。ただの客であれば、それらにカメラやセンサーが隠されているとは思いもしないだろう。


 敷かれている赤いカーペットに沿って歩いていると、何事かと見に来た従業員達が目に入る。彼らは複数名の青い制服を見て、異様な雰囲気を感じ取りすぐさま引っ込んでいったが、一人だけじっとこちらを見ている女性がいた。

 クレイドは真っ先にその女性に気が付いた。彼女は目が合ったクレイドに意味深に微笑むと、長く真っすぐな黒い髪をなびかせて従業員通路へと消えていった。

「怪しい奴?」

 眞紅の問いかけに、クレイドは素直に頷いた。眞紅からは彼女が踵を返す瞬間にちらっと見えただけであり、違和感を抱く暇もなかった。

「ただの従業員にしか見えなかったけど」

「執行官を観察する奴は大体怪しい」

「確かに。ってかほら、さっき言ったろ」

 言い分に納得しながら、肘でクレイドをつっついた。こういうリアクションで呼びかけくらいしておくれ、と言ったばかりだろうが、と目に込めた眞紅だが、

「……お前からしてどうする」とまっとうなツッコミが返ってきてしまった。

「そういうのだけでも言えるならいいよ!今のところはな!」


 カジノ内部は円形で、外廊はゆったりとカーブしていた。ゲームやフロアに合わせてガラリと内装を変えているようで、一枚の扉をくぐると、外側の壁一面がガラス張りの廊下に出た。まだ眠っている早朝の街が見える。

 本物の空はドームで見えないが、列車に乗っていた時の朝日は澄んでいたために、今日はよく晴れるだろうな、と眞紅は考えながら支配人の後を歩く。

 ガラスエリアの突き当りに、警備ロボットが左右を固める支配人室の扉が見える。バーダが近づくとロボット達はスムーズに頭を下げ、扉がひとりでに開いた。

 外とは違い、シックで落ち着いた室内にはすでにストライもいた。来客用ソファーでだらけていたのか、慌てて身を起こす。そして昨日見たばかりの顔を見てわざとらしくため息をつく。


「マジで来たのかよ」

 全員が入ったところで扉が閉まる。

「立ったままでいいですか?すぐ終わりそうですし」

 眞紅の申し出に、一応もてなす気はあったのか、バーダは少しだけ虚をつかれたようだった。ソファーの前にはフルーツやいくつものグラスが置いてある。無碍にするのは気が引けるが、接待を受けるのは得策とは思えない。だがアミティエだけは一つくらいはもらえないだろうか、と考えてはいた。

「えぇ、まぁ。では改めて、何者かによるこのカジノにレムレスがいるという通報の件ですが……」

「マクレランドの考えすぎだ。この街は駅以外に防護壁の外に行ける道はない上に、ドーム間の移動も全てペーレイラによって記録されている。お偉いさん用の避暑地だけあってセキュリティは万全だ」


「私にはあなた方の行動を制限する権限はありません、ネーレイスの指示に従います。私のQUQには……この通り」

 支配人のQUQには、ネーレイス直々にメッセージが送信されている。いくつかの法や事例を引用した堅苦しい文章であるが、要約すると『口を出すな』という命令だった。

 恐らくネーレイスは、バーダは一切関与していない、もしくは彼の行動では事態は動かないという確証を持っている。だから先んじてこのようなメッセージを送ったのだろう、と眞紅は当たりをつけた。


「だがあんな得体の知れないメール一つだぞ。わざわざ一級執行官を派遣する程のことか?」

 ストライはまだぶつぶつと文句を言っている。マクレランドの前では豪風の中の藁小屋だったが、今はドームの中の神殿のようだ。物理的にも。

「やたら嫌がるな、ぜってークロだ。殴って尋問か?」

「どうだろ、怪しすぎてシロに見えてきた」

 ラテントの失礼すぎるストレートな疑いの言葉に、眞紅も乗っかった。

「聞こえてんぞ!」とストライが吠えた。

「……ところで、駅で誰かと話していませんでしたか?」

 ふと支配人が尋ねてきた。

「支部局の執行官の……現場主任のカイラさんと。それが何か?」

 眞紅はしれっとした顔で議員のことを黙っている。いちいち驚いたり突っ込んだりしてはいけない、と若手四人は精一杯のポーカーフェイスをした。


「……では一旦、お開きで。私にも仕事がありますのでこれで」

 それなりに友好的だった支配人は一転して、距離をとるような偽物の営業用スマイルを浮かべる。暗に出ていけと言われていると理解した執行官達は、それぞれ頭を下げたり「では」と挨拶をしたりしながら部屋を出て行った。

 ストライも一緒に部屋を出ると、また扉が自動的に閉まりはじめた。その隙間から見たバーダは、心臓の辺りを押さえて重い息を吐いたが、すぐに扉が閉まって見えなくなる。


「レムレスの検査結果って」

「まだ出てるわけねーだろ。大体必要な情報ならペーレイラが勝手に送る」

「確かに」

 眞紅の問いに答えたストライは、とくに裏も無さそうだった。

「俺は支部局にいる。余計な仕事増やすんじゃねーぞ」

 そう言ってストライは来た道とは違う方向へ去っていった。エリアを仕切る扉を開け、観葉植物で飾られたフロアを通って行った。


 物理案内板を見るにカジノは四方に出入り口があるようだった。

「さて、ここに任務用に部屋を用意されているのでまずはそこへ行きまーす」

「は?もしかしてカジノに捜査本部を?正気?」

 のんきに引率をやり始めた元教官に、ローレルは厳しい目を向けた。

「マクレランドに言ってくれ。ってか俺がもう言った!はは、って笑って誤魔化された!」

「おいおい、おめー口から生まれたんだろ?勝てや」とゴーファーも呆れている。

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