第25話 釘

 改札を抜けたドームの下は、まさに夢の街であった。メインストリートには様々な娯楽施設が立ち並び、街灯や敷石など目に映るもの全てが美しく煌びやかに彩られている。質素倹約が尊ばれる第一主都ではお目にかかれない豪勢な食事を提供するレストランもあり、アミティエは目を輝かせていた。

 ドームの天井に雲一つない青空が投影されていて、実際よりも広く自由な雰囲気を感じられる造りになっている。中央にある巨大なカジノ以外の建造物は、三階が上限に設定されているのも空が高く広いと感じる要因だろう。

 駅からカジノまでは、大通りとその横の動く歩道が真っすぐに続いている。大通りでは車も数台見受けられたが、走行しているものはいない。タクシー運転手は暇そうに停留所で寝ており、道路脇の駐車スペースでもやはり車内で寝ているものしか見つけられない。


「ってか、朝だからかな。全然動いている人いないな」

「言い方があれですよ。働いている人はいることにはいます、ほら」

 道路越しに目があった観光案内所の男性や隣の換金所の女性が、こちらを観光客と思ったのかにこやかに手を振ってきている。少し奥まった場所にある交番でも警察官がいるのが見えた。

「まぁ普通にいるわな。死の街だったらどうしようかと」

「クレイドさん、お疲れですか?」

 アミティエはふと、険しい表情のクレイドに気がついた。なんだか見たことないな、と思って声に出して尋ねてみたのだが、それが決定的に彼の表情を更に曇らせてしまったようだった。話しかける前よりもクレイドの様子がおかしくなっている気がしてならない。


「もしかしてお前列車酔いとかするタイプだった?」

「私のギフトには反応してないよ。ただのいつものしかめっ面じゃない?」

 ローレルのギフト『傷隠したまふことなかれライク ア フローレンス』は病気や怪我の有無と病名や症状の判別がつく、という常時開放型のサポートギフトだ。攻撃能力は無いが、味方の自覚していない初期症状を見抜いたり、敵の怪我を見つけてそこを撃ったりと彼女自身の応用力でかなり便利な使い方をされているとデータで確認していた。そんな彼女の言うことは信じられるだろう、と眞紅は考えた。

 だから駅で彼女のギフトが反応したなら、それはこの街もしくは駅に怪我人や病人がいたということだ。それ自体は珍しいことではないが、その後が不穏に感じられた。

 二人の言葉にも彼は無言を貫いた。ただし無反応というわけではなく、何か伝えたいものはありそうではあった。だが結局、彼は何も言わなかった。


「ともかく寄り道せずにカジノへ行きましょう。ちょっと、聞いてる?」

 歩道から逸れて大通りに行こうとするゴーファーの首根っこを掴むパウル。

「俺偵察がメインの仕事だからよー。とりあえずあのバーが怪しい気がして」

「サボりたいだけじゃなくて!?ていうか開店前だから!」

 ゴーファーは歩道横の柵に掴まって抵抗するが、引きはがされて動く歩道に乗せられていた。緊張感の無い先輩達を冷ややかな目で見ていたエルデは、駅横のフリースペースに挙動のおかしい車いすを見つける。どうやらタイヤが何かに引っかかっているようである。


「隊長、少し失礼します」

 エルデが車いすの女性を指しながら許可をとる。

「おう。ってか俺も手伝うわ」

「エルデの好みの年上の淑女だ」

 アミティエの指摘に、エルデは咳払いして誤魔化しながら車いすに近づいた。

「失礼します。何かお手伝いしましょうか?」


 車いすに乗っていたのは、四十代から五十代の品の良い女性だった。崩れていないメイクとセットされた髪、かっちりとしたスーツにフェミニンなスカートを合わせた姿で、出勤途中の富裕層だと推測される。長いスカートから見えた足首には包帯が巻かれており、直近の怪我での慣れない車いすか、と眞紅は考えた。

「えぇ、助かります。何かにはまってしまったのか、動かなくて」

「じゃあタイヤ持ち上げますね。エルデ、後ろ。お前は引っ込んでろ」

 眞紅は、気合を入れて近づこうとするアミティエを制した。彼女がやれば引っこ抜いた反動で淑女が空を舞いそうである。エルデと二人でそっと持ち上げ、近くに下ろした。

「ありがとうございます」

「あれ?あなた、この第四主都の議員の……」

 昨晩必死で頭に入れた資料の中で、この女性の顔を見た覚えがある、と眞紅は不躾ながら質問した。


「その通りです。私はシェイス・オーディ、主都議員を務めております」

 議員は気にすることなく肯定する。レイオールがいくら人工知能で管理されているとはいえ、彼女達は未だ完璧ではない。政治家もまだ必要なのだ。

 そして人工知能達のコンセプトは『人を導くためには人を知らなければならない』であるため、積極的に様々なポジションに多種多様な人間を登用して、意見を募ったり自分達を自由に評価させたりしている。そのため第一主都には反人工知能を掲げる政党も存在を許されている。

 ……あまり支持されてはいないが。


「しかしQUQと連携していないクラシカルな車いすなんて、初めて見ましたよ。へぇ~」

「確かに。操作は手動ですね。制御装置も自動脱出装置もついていないなんて」

 ビョンギとパウルは議員よりも車いすに興味津々のようだった。

「ここは安全な街ですから。必ずしも高性能な物を使わなくてもいい、と私の立場から発信したかったのです」

「なぁ、一応タイヤとか傷ついてねーか見ていいか?俺そういうの得意だからよ」

「いいの?ごめんなさいね、何から何まで」

「いいってことよ!」

 にっこりと笑ってから、ゴーファーは地面に膝をついて車いすを点検し始めた。


 一方クレイドは縁石に出来たタイヤの跡を見ている。

「どうかしたか?」

 眞紅は、何度目かのクレイドへの声掛けを小声で行った。相変わらず何も答えない。これだけ言っても返ってこないなら、アプローチが間違っているのだろうな、と思った。自分が見ても特段気になる箇所は無い。しいて言えば健常者の足では見えないくらいの些細な段差でも車いすだとはまってしまうこともあるのかも、くらいである。

「言語化が苦手なら俺が勝手に考えておくから、何に気がついたのか分かんなくても一応俺に言って。肩とかどついてくれたら読みとるよう頑張るから」

「……善処する」

「やった」

 グッドコミュニケーションだったようだ。


「壊れたりはしてないみてーだ。もう大丈夫だぜ」

 ゴーファーが立ち上がると、女性はほっとしたような表情を見せた後、すぐさまの顔になった。

「何から何までありがとうございます。ところで、皆さまは第一主都から来た退魔士、しかも執行官ばかりで構成された……通常ならレムレス退治に行く時の布陣にも見えますが、これから4G002の支配人デュアン・バーダに会いに行かれるのでしょう?何かあったのですか?」

 議員の言葉で若手は素直に驚き、ラテントとローレルに渋い目を向けられる。

 眞紅は気にしないようにけらけらと笑った。


「あぁ、オーディ議員。秘書を出し抜いて俺たちに接触してきたんですね。そちらこそなんでまた?」

「好奇心です」

 対する議員も笑顔を崩さない。

「ではお答えできかねます。ただし、善良な市民からの通報は大歓迎です。

 何か気になることがありましたら遠慮なく申してください」

「ありません。ここは夢の街ですから。危険なことなど一つもないですよ」

 何か知っていそうな雰囲気ではあるが、何も話すつもりはないようだ。議員は最後にエルデとゴーファーに今一度頭を下げる。


「助けてくれてありがとうございました。寄り道などはしないほうがいいですよ」

 議員はそう言って、車いすを反転させて大通りに降りて行った。すぐ近くの角を曲がって見えなくなってから、一行は肩の力を抜く。

「なに……?なんだったん……?」

「いやぁこれは何かありそうだな。忠告通り寄り道せずに行こう」

 やけくそめいた所もあったが、眞紅は楽しくなってきたとでも言うように明るく笑った。

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