第24話 前哨戦・2

 女性執行官は皆が下層部を見ていると油断したのか、少しほっとしたような顔を一瞬だけ浮かべた。だが眞紅の視線に気が付き、すぐに眼光鋭い、第一印象と同じ顔つきに戻ってしまった。

「私は第四主都退魔支部現場主任、三級執行官のカイラです。皆様の身元の確認は取れました。移動許可もグレーター使用申請も、規定通りになされています。

 ですが、先ほどのギフトは」


 カイラはクレイドをじろりと睨んだ。主都への攻撃だと思われても仕方がない。警告も連絡もなく突然攻撃をしたクレイドに非がある。とは言え互いの立場から軽率に深々と頭を下げるわけにもいかず、眞紅は軽く角度をつけた程度に頭を下げるだけに留めた。

「申し訳ない、緊急時とは言えうちの執行官が」

「……そういうことではないのですが」

 カイラは眞紅の逡巡に気づいた様子で、どこか申し訳なさそうである。不思議な空気で会話が止まる。


「知り合いかな?」

「一級執行官なんて滅多に見ないからじゃない?」

 若手の会話が聞こえたのか、カイラは溜息をついて会話を切り上げようとする。

「ストライ支部長は支配人と共に約束のカジノで待っておられます。早急な移動をお願いしますね」

「あの、レムレスの検査に立ち会わせては」

「支部長がお待ちです。カジノへどうぞ」

 今度は促すような声ではなかった。命令のようでいて懇願に思えた。

 冷静な表情や鋭い目は崩していないが、彼女の瞳の奥だけは揺らいだような気がした。まだ何もわからないが、彼女が必死なことは眞紅にも読み解けた。


「まずはストライに会いに行きますか」

 眞紅の決断に、カイラは緊張している素振りを隠さなくなった。仮面が一枚剥がれた感覚に、眞紅はある程度の信頼はしてもらえたのか、と思った。

 彼女はずっと何かを隠している。それは自分達への敵意や殺意ではない。全くのゼロでもないが。

「賢明なご判断です。それでは」

 きっちりと敬礼をして去ろうとするカイラに、年長組から「あ」と声が漏れた。


「何か?」と彼女は不機嫌そうに返してくる。

「誰もグレーダーを持ってない理由をお尋ねしても?」

 質問の機会を与えられた、と眞紅は誤魔化しついでに気になっていた質問をする。

「お客様に威圧感を与えかねない、として有事以外でのグレーダーの所持は原則禁止されています」

「了解しました。後は支部長に」

 カイラは去り際にもクレイドを睨み付けた。相変わらずクレイドは鉄面皮のままで、多少戸惑いを感じているようだった。カイラ以外の退魔士は最後まで一言も話さなかった。来訪者に微塵の興味もなさそうな、どこか生気の感じられない態度は全員の心に引っかかっていた。


 背を向けたところでやっと、拳銃や警棒を所持しているのが確認出来た。非武装ではないことに安心はしたが、拳銃程度でゴレムを相手にしてはいないよな、という疑念は晴れない。

 現に倒したとはいえレムレスを調べる時に似たような装備で近づいていたからだ。


「あの敬礼……元警官か、珍しいな。転職も最近だろう。拳銃の位置も他の連中と違って実用的だ」

 ラテントに言われてから各員の装備を見ると、確かにカイラ以外は取り出す時に一度引っかかりそうな角度だった。

 恐らくは腰横につけるべきベルトを、景観重視で背中に回しているからだろう。実際に現場で戦う彼女達の大変さを考えて、眞紅は同情してしまう。

「それで現場主任かぁ、エリートかもしれないけどやな感じー!」

「歓迎されてはないね」とローレルは楽しそうに笑った。

「まぁ向こうからしたら、お前らに期待出来ないから本部から人送るわ、だから」

 眞紅のフォローに、アミティエは「それもそうか」とすぐさま納得する。


「つかグレーダーの所持を禁ずるってアホか?有事の際は支部局までとりに行けってかふざけやがって」

「流石に商業エリアや居住エリアではそうじゃないと信じたいですね」

「拳銃で時間稼いで頑張れってことだよ。ふふ、ここに配属じゃなくてよかった。そしたらこいつが毎日ストライぶん殴ってたと思う。

 始業前に『まだ許可しねーのかてめーが現場出ろボケ』と終業後の『グレーダーがあったらこんな時間まで働かなくていいんだよカス』で二回は殴るねぇ」

「……否定できねーな」

 ラテントは眉根を寄せて認めてしまった。やたら臨場感のあるセリフ回し的に、似たようなことをやった過去があるかもしれない、とアミティエは自分と近しいものを感じていた。

「ちょっとー、今日は殴らんでくださいよー?」

 とビョンギが焦って釘を刺すが、ラテントはわざとらしく耳を塞ぐ仕草をしてみせた。


「クレイド、やっぱ動く時は一言頼む。報告・連絡・相談、どれか一つでいいから」

 現地の退魔士との要らぬ軋轢を避けたい眞紅の言葉にも、クレイドは無言だった。心情が分からないわけでもないが、どう答えていいのかは分からないのかもしれない、と眞紅は見当をつけた。

 あまり口うるさくいっても心を閉ざすだけか、とも思うが、いい年した大人のメンタルケアを必死にやるのもどうかとも思ってしまい、眞紅は「ははは」と力なく笑うしかなかった。


「返事くらいはしてください!話を聞いているかどうかも分からないじゃないですか!」


 横からエルデに叱られて、クレイドではなく眞紅が「俺も気をつける」と反省してしまい、は?という目で見られてしまった。

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