第23話 前哨戦・1

 ホームが慌ただしい。

 アミティエのその発言に、その場にいた全員が窓に近づいてホームに目を向けた。だがクレイドだけはその流れに乗らずに梯子を上り、車体の上に出た。

「え、何事?なんか見えました?」

 ビョンギの質問には誰も答えられない。だが、彼自身がその答えを見つけた。

「なんか登ってこようとしてるやついるー!」


 第四主都は二層構造になっていて、人間が住み観光客が訪れる上層部と、天然の地下洞窟を利用したインフラ等々の設備がある下層部に分けられる。その下層部から人の形をした何かがドームの壁を伝い上がってきているのだ。

「人間じゃあないよなぁ……」と眞紅は判断に迷っていた。

「あれはレムレスだ!」

 リーダーの号令も待たずに、ラテントが開閉可能な窓を開けてグレーダーを構える。だがそれより早く、超高速の火の玉が彼らの真上から飛んで行った。


 クレイドのギフトだ、と誰もが理解した。


 火の玉は小型なだけに今まで見た火の柱より速度が出ている。瞬時に人影に命中し、それは盛大に燃え上がり崩れながら下に落ちていく。列車が前に進むほどに砂に還っていくそれをはっきりと見ることが出来た。確かにレムレスであった。

「……壁の中、ですよ。あれは第四主都で発生したレムレスですね」

 騒ぎの中で戻ってきていたパウルと、やっと起きてきたゴーファーもその光景を目撃していた。


 列車が駅に到着する。降車を促すアナウンスだけが流れ、一連の騒ぎに対しては説明も釈明もしないようである。ホームにまばらに出てきた人々は、巻き込まれたくなさそうにそそくさと、野次馬もせずに改札の方へと去っていった。

「どうする?ここで待機?」

 ローレルが眞紅に決断を急かす。ホームではここの退魔士達が数名、こちらを見ている。梯子からクレイドが下りてきて、何事も無かったかのように荷物を手にした。眞紅は小さく息をついた。

「……降りよう。情報も必要だし、彼らと話をしよう。気を抜かないようにな。

 それとクレイド、動く前になんか一言お願いします」

 全員の視線を感じて居心地の悪そうなクレイドは、そこまで表情の変化がないにも関わらず、まさに『居心地が悪いです』と書いてあるような顔で降車口へと歩いて行った。


 降り立ったホームの空気はやけに冷えている。自然によるものではなく、明らかに空調が寒く設定してあった。街のコンセプトごとにそういった設定は異なる。必要だからこうしているのだろう、と誰かしらが寒いと文句は言ったとしても理由は尋ねることなく歩き出した。

「ねぇ、ここ、明らかに変だよ」

 ローレルは小声でラテントに話しかけた。近くにいた眞紅にもそれは聞こえていたが、彼女は気にしていない。眞紅が聞いていても問題ないか、もしくは聞いていてほしいかのどちらかだった。

「お前のギフト的な意味で?」

「うん。なんていうか、誤作動した、って感じ」

「誤作動?」

「一瞬ドームの中の何かに反応したんだけど、即座に何も感じなかった、って修正が入った。壁のシミと虫を見間違いした時みたいなのを、私じゃないやつが判断した、そんな感覚。どうしようね、隊長殿」

「ここで俺か」

 突然いたずらっぽい表情で話しかけられた眞紅は、ふむ、と唸る真似をしてみせる。

「とりあえず留意ね」

「妥当だがつまんねぇ」

 何故かラテントに叱られた。


 レムレスが落ちた場所に近いホーム端には、退魔士達が待ち構えるようにこちらを見ていた。見るからに歓迎していない雰囲気である。

「そう言えば、助かりました」と眞紅が礼を言うと、ラテントは嫌そうに顔を歪める。列車内での判断のあれこれを思い出していた。

「助けてねぇ。クレイドのが早かった」

「それでも。のんびり考えちゃったのは確かなんで。まー切り替えていくとするか。

 パウル、悪いがこの街の死亡届と遺体焼却証明書を調べてくれ。人の出入に齟齬がないかも」

 どこか呆然としていたパウルは、その指示を聞いて慌てて彼の仕事道具であるタブレットを取り出した。移動しながらの作業にも支障がない様子に、現場慣れしていなくともチームに選ばれるだけの器用さがあるな、と眞紅は感心していた。彼の分野である機械操作や通信は人並み程度の自信しかない。その辺りの全てをパウルに丸投げしたいという下心もあって、彼への評価は高めであった。

『権限がありません、当該地域の責任者の許可が必要です』

 そう機械音が告げる。パウルはしゅん、と大きな背を丸めて、「すみません」と謝った。

「あんたはどこも悪くないって、なんとなく予想はしてたさ。すまん」

「つか今回そういう権限もらってんじゃねーの?」

「カジノの支配人やストライ支部長と会ってからじゃないと反映されないのかも」

「あぁ、そういう。ありえそうでめんどい」

 ゴーファーは興味を無くしたようにそっぽを向いた。


 そうしているうちに退魔士達の前に到着した。

「どうも、ストライ支部長から話がいっていると思いますが、第一主都から来た」

「挨拶は不要です。失礼ですがQUQの読み取りをさせていただいても?」

 先頭に立つきつめの顔だちをした黒髪の美女は、にこやかな眞紅にも気にせず塩対応を行う。むっとした顔を隠せなかったアミティエとエルデに、ビョンギは無言で顔を指さし困ったように笑った。先輩からの指摘に慌てて作り物の笑顔を浮かべて友好的な姿勢を表した。

「あ、はい。どうぞどうぞ」

 眞紅は許可を出す。向こうの分析官がタブレットに繋がれたQUQリーダーをこちらに向ける。女は情報を照合しているのか、しばし不透明の空中ディスプレイをいくつか平行してチェックしていた。


 誰かが声をかけたわけでもなく、皆で下層部に目を向けていた。ドームの中からおっかなびっくりといった様子でレムレスの残骸である砂の山に近づく退魔士達が出てきて、あの様子ではレムレスと対峙する機会はそう多くなさそうだ、と新人二人ですら分かる挙動をしている。

 ただ、彼らは分析機器ばかりを持っていて、グレーダーを携帯しているようには見えない。視線を目の前の一向に向き直した眞紅は、彼女らもグレーダーを持っていないことに気が付いた。

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