第22話 異変
アミティエは、頭上がやかましくなってきたのを気にしながらコーヒーを淹れる。これは他の国のコーヒーとは少し違う。
ゲル状に加工された上水が入っているポーションを専用機器にセットした後、QUQでこちらの感覚と脳を調整する。そうすればただの水がコーヒー味になり、脳もカフェインをとった時の反応をする。自動的に設置されたコップの中に調整されたポーションの中身が注がれ、ポーンと軽い機械音がすると出来上がりだ。
実際にはカフェインを摂取していないので中毒になったり睡眠不足になったりはしない。全ては脳内物質の微調整だけで済む。アミティエは偽物と揶揄されることもあるこの味が気に入っている。なにせ個人の好みに合わせて感じる味は変わるので。
「ゴレム処理班に任せばいいのに」とアミティエは率直な感想を言った。
「見つけたら即座に自分で倒さないとダメ。これは絶対。後からあの辺にいたとか言ってくる執行官ほどぶち殺したい奴はいないよ。五秒あったらあいつらは地面に潜って隠れるからね」
ローレルは冷ややかに告げた。
「あ、そういえばお二人は防壁警備隊の方ですもんね。すみませんでした……ぬるいこと言って……。
教官……じゃないや、隊長。隊長とお知り合いだったんですか?」
アミティエの質問に、ローレルはうーん、と首を捻る。
彼女はコップの上を持って、ソファーの上で座禅を組み雑にコーヒーを飲んでいる。プラチナブロンドの後ろを刈り上げた、彼女の圧倒的なビジュアルの良さで誤魔化されているが、かなり行儀は悪い。
あのエルデが口を挟まないなんて、とアミティエは意外に思ったが、彼女が年上の美女に甘いこともすぐに思い出し、好みの女だから指摘しないのか?と疑いの眼差しを友人に向けた。友人は目を反らしている。以心伝心であった。
「そうでもないよ。でもほら、あいつ人懐っこいしわけわからんところで何回も死にかけては復活するから記憶に残りやすいだけ。ラテントもあんまり後輩とか年下に慕われるタイプじゃないから……いや上に可愛がられるタイプでもないんだけど」
二人は屋根の上でぎゃーぎゃーと騒いでいる。
「はは、あの通りさ。初対面に毛が生えた程度であそこまで懐に入れるのが眞紅の良さだね。いつの間にかジェイルバードも手なずけて」
「クレイドさんは?」
「上にいるよ。黙っているから聞こえないだけ。眞紅が無理やり引きずっていったんだ。怖いものなしだね。私なんかでも一応あいつの悪い噂沢山知ってるのに」
嫌な話題を思い出してしまった、と言いたげな自嘲気味の表情を浮かべるローレルに、二人はここぞとばかりにプロの執行官達の中での彼の評判を聞こうと考えた。
「死神ってやつですか?でも、その、任務で人が死ぬなんてよくあることじゃないですか」
「ああ確かにその通り名ばっかり取り沙汰されるよ、キャッチーだからね。でも私的にはそれよりも、態度と要領が悪い方が気に食わないかなぁ。
報連相しないし、言葉にしないし、図体でかくていつも陰気な顔で威圧感半端ないし、その癖『今傷つきました』ってめちゃくちゃ顔に出るから。鬱陶しい」
「……死神っぷりじゃなくて単純にコミュ力が低くて嫌がられてるんですか!?」
思わず大声で突っ込んでしまった。上に聞こえていないといいな、とエルデは己の行いを恥じたが、そもそも上の声も盛り上がっている、くらいにしか聞き取れない。恐らく聞かれていないだろうと考えた。
「ギフトが炎だろ?あれ普通に私達も燃えるから危ないんだよ。強いことは強いから現場にいてほしいけれどねぇ。彼がいる現場に自分がいたいかと言うと、ヤダ」
けらけら笑いながら全否定をかますローレル。アミティエは想像していた話と違う!と言うに言えない。だが言われてみれば彼と同じ作戦に参加して死んではいない以上、語るとすれば死神云々ではなく一緒に戦ってみた所感になるだろう。
「……コミュニケーションに不安があるなら、何度も言えばどうにか、あるいは……」
と何故か真剣にクレイドの対応を考えるエルデに、
「うちらが矯正まで付き合ってあげる必要ある?」と突っ込むアミティエ。
「無いねぇ」とローレルもダメ押しをした。
「そういうのは大人同士でやるよ。新人は、いや若い間はおじさんおばさんのケアなんてしなくてよろしい。あ、川が見えるね。もうそろそろ第四主都が近いはず」
『おーい、第四主都が見えたぞー。窓見てみろよ、右方向だ』
列車の内外を繋ぐ、古き良き伝声官から深紅の声が聞こえる。二人が素直に窓の外を見ると、周囲を分厚い運河に囲まれ、切り立った白い崖と青い空の中に、四角い箱のような灰色の壁が出現した。
その中にドーム状の屋根をした建物が三つ、等間隔に並んでいる。そして三つのドームの間にアンテナが四方八方に伸びているタワーがあった。それこそが人工知能が設置されたペーレイラタワーである。
三つのドームはそれぞれカジノエリア、居住エリア、商業エリア。列車はカジノエリアに直通しており、降車すぐに問題のカジノへと行くことが出来る。もし本当にヴォイドがいた場合、一歩足を踏み入れた時点で超空洞や零洛の餌食になってしまう危険性だってある。二人が緊張を増していると、のんびりとビョンギとムルナがスペースにやってきた。
「おはよっす。俺らはこのまま降りれまーす」
二人は荷物もまとめて持ってきていて、移動慣れしているように見える。ビョンギはレトロなホーローのマイボトルをソファーのサイドテーブルに置いた。ムルナは調整コーヒーを飲もうと真っ先に機器の前へ行った。
「おはよ。そうそう、多分この街では私達の制服かなり目立つからジロジロ見られたとしても、気にしてきょろきょろしちゃダメだよ。毅然とした態度でいるように」
「はい!」と三人で返事をする。
そうこうしているうちに列車は分厚く高い外壁を超え、第四主都圏内に入った。
『まもなく第四主都に到着します。お忘れ物のなきよう……』
車内放送が長々と話しだした。アミティエとエルデは荷物を取りに行こうとすると、梯子から三人が下りてきた。クレイドは挨拶もせず、室内を確認し空いているソファーの隅を陣取った。
「荷物まとめろー忘れもんするなよー。
これで全員……じゃないな。ゴーファー見た?あとパウル帰ってきてない?」
「両方とも見ていないですね。あ、ゴーファーさんは今起きたようです」
個室の扉が開いて、彼女の腕だけがこちらに手を振って、また引っ込んだ。
「パウルは一番初めに起きてここの掃除とかコーヒーメーカーのメンテとかしてくれてたんだけど」
「メンテ?って列車担当の電脳省の人がするもんでしょ」
「あぁ。でもなんか俺には分からんけど……手抜きか?って怒ってたな。自動清掃の調整が甘いとかポーションの補充が無いとか。そういうの手作業にならないように全部機械管理のシステム組んでるはずなのに正常に走ってないとかなんとか。
それで他の車両見に行っちゃった」
「それならすぐに帰ってきそうだね」
「ちゃんとしてないとこはちゃんとしてないんすね。なんか安心します」
「結局は人間のやることだからな。どうした?」
クレイドは床に転がるビョンギのマイボトルをじっと見ていた。
「あ、すんませんそれ俺のです。爆発物とか不審物じゃないっす」
「何か気になるのか?」
眞紅の質問に、相変わらずクレイドは答えない。
「はーぁ、そういうとこ」
ローレルがわざとらしく指摘してみるが、それでも彼は何も言わない。眞紅の苦笑いを見ながら、アミティエ達は部屋に戻りあらかじめまとめておいた荷物を手にして、また戻ってくる。
その中で、すぐ前に迫ってきた駅のホームに青い制服が一部分に集まっているのを二人は目撃した。
「たいちょー、なんかホームが慌ただしい感じー」
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