第21話 第四主都へ・3
午後八時、仮の名を特別遊撃小隊と名付けられた十人は中央駅に集合した。
ネーレイスタワーを中心に、五芒星の頂点のように配置された駅は、それぞれの主都に直通する専用路線である。
第一主都の南西にある第四主都に向かう駅は、第四主都の存在定義から利用客が少なく、駅はいつでも空いている。
第四主都は第一主都からは百三十キロ離れた国境付近にある住民約五千人の街である。主都と呼ばれるにはいささか小さい町だと思われがちだが、第四主都が主都たらん理由は、自国民と隣国へのレイオールの豊かさをアピールするための計画観光都市だからであった。
住民の数に対して非常に大きく煌びやかな大都市で、各種娯楽施設が山のように並んでいるという噂を眞紅も聞いたことがあった。
夢のような観光都市に行けるのは一等市民か二等市民だけで、その中でも短期間で一定以上の社会貢献度を稼いだ者だけだった。そして他の首都と違い、レイオール国籍を持たぬ者の立ち入りが禁じられている。
レイオールの機械による社会統制というコンセプトの中では、個々人の社会貢献など微々たるもので誤差の範囲内である。社会に貢献出来るほどの発明や働きが出来るのは、必然的にシステムそのものを発展させられる電脳庁の人間が多くなる。そのため第四主都にバカンスに行く市民は政治家や電脳庁勤務のエリート達ばかりになっていた。
この十人の中でも第四主都に足を踏み入れた者は一人もいない。
十人が乗った列車がアナウンスの後動き始めた。列車と呼ばれているが、電動車や蒸気機関車ではなく超電導リニアである。ゴレムを刺激しないよう騒音と振動を極限まで削ったレイオール独自の技術で開発・運用されているため、一等市民であっても列車に関する知識はその程度しか与えられない。
レイオール人にとって列車は荒野を渡り都市間を繋ぐもので、車は主都内のちょっとした移動に使うものであった。高架化された線路を行く列車と違い、道路は高架化されていないため、車で首都間を移動しようとするとゴレムのうろつく荒野を直接走らなければならない。どんな装甲車であろうと物理法則の中にいないゴレムやレムレスには通用しない。
線路が狙われないのは、彼ら化け物と物理的に遠いから気づかれないことと、ただのレムレスには列車やそれに乗る人間を攻撃したいからといって線路や高架を攻撃する、と考えられないからだ。
第一主都の南西壁内に広がる農業プラントを列車は突き進む。壁内では速度を出さずゆっくりと進むため、アミティエは初めて見るプラントをじっくりと観察することが出来た。農作物の種類ごとに置かれた正方形のプラントハウスが、線路と同じ高さにまで等間隔に置かれている。夜間だからか人間の姿は見えず機械だけで世話をしている。
「アミティエ、もう寝るわよ」
同室のエルデが室内の電気を消した。窓際の常夜灯だけの仄かな明かりだけで見る外は味気なく、アミティエは仕方なく腰かけていたベッドの上で横になった。
車両丸ごとこのチームで貸し切りになっており、二人ずつで一部屋与えられている。初めて乗った列車が寝台車で、アミティエは正直寝られる気がしなかった。ずっとワクワクしっぱなしであり、同じく列車が初めてというエルデがすぐさま寝る体勢に入ったことが信じられなかった。
何も体験してこなかったんだなぁ、と見知らぬ天井を見上げながら、ぼんやりと彼女は考えていた。レムレスやレムレス・ヴォイドとの戦いが怖くないわけではない。人を守るという使命や正義感だけで恐怖を乗り越えられるほど出来た人間でもない。でも絶望も本当の恐怖もまだ知らない。だから戦えるのではないか、と思ったところで、急に眠気が襲ってきた。
そして次に目を覚ました時、すでに朝日が昇っていた。
アミティエが慌てて外を見ると、見知らぬ荒野をゆっくりと進んでいる最中だった。QUQで検索すると、大陸大裂の端を超えているために速度を落としている、と教えられた。
先史時代にユーラシア大陸と呼ばれた大きな大陸があった。今はそれ以外の大陸は全て海に沈んでしまったため、大陸から名前が失われた。大陸と言えば一つしかないからだ。
そして大陸には、大陸大裂と呼ばれるレムレス・ヴォイドによって引き起こされた大地震で出来た大地の裂け目があった。縦横無尽に走る亀裂は人々の移動や連携を阻み、国独自の文化が発展する要因にもなっている。
第四主都はそんな大陸大裂に囲まれた要所に存在している。
容易に行き来は出来ないが、目視可能な距離にある隣国に技術力を見せつけるにはもってこいなのだ。
ちなみに、高架や線路には自爆スイッチが搭載されており、万が一ゴレムやレムレスの侵入を許してしまった場合は、その部分を爆破して別の主都に群れがいかないようになっている。
このような大陸大裂にかけられた線路が落とされた場合、第四主都は完全に孤立する。無論主都ごとに各種プラントとインフラシステムが存在しているため、レムレスの襲撃以外にも独立した都市国家、要塞都市として運用可能だ。例え人工知能ネーレイスが全ての電気系統を切断しようとも、人工知能ペーレイラだけで数年は街としての機能を保つことが出来る。
レイオールでは主都以外の小さな集落はほぼ死に絶えた、とアミティエは聞いていた。ほぼ、であり、卒業試験の時のような数年もしくは十数年前まで人が暮らしていた村だってある。だが大陸のほとんどは荒野であり、今存在する村だって野ざらしの白骨死体やごうごうと吹きすさぶ赤砂に飲み込まれていっている。
彼女の目に、廃墟と呼ぶには何もなさすぎる家屋が映ったような気がした。窓の外を目に焼き付けるように見ていると、荒野を歩く影が崩れて倒れた。耳を澄ますと、かすかにグレーダーの射撃音が聞こえた。アミティエは即座に起床準備をして、相方の空のベッドを確認してから通路に出た。
カツカツと響く靴音が上品に聞こえる。セレブリティな気分を朝から味わえて、彼女の気分が上がっていった。
通路を先頭車両側に進んだ先は開けていて、ロングシートとカウンターが設置してある歓談エリアで、乗車後にここでミーティングを行った。そこにはすでに支度を終えて優雅にコーヒーを飲むエルデとローレルがいた。
「おはようございます!」
「おはよう、元気だね」
「あら、今起こしに行こうと思っていたの。おはよう、アミティエ」
エルデはアミティエのコーヒーを準備しようと立ち上がった。
「自分で淹れるよ~……あ、やっぱ撃ってたんだ」
アミティエはやっと音の出所を見つけた。全ての車両には梯子が設置しており、車両の屋根に上がれるようになっている。用途は様々だが、第一に退魔士の職務のため、つまりはゴレム退治のためである。
朝日の中、眞紅とラテントは走行する車体の上から荒野をさまようゴレムを撃っていた。狙撃手であるラテントが見守る中、眞紅は息を整え、遠くに見えるゴレムめがけて引き金を引いた。
外した。
直後、ラテントが同じゴレムの頭を撃ち抜き、荒野には砂の山が一つ増えることとなった。
「ほら、俺のグレーダー狙撃型じゃないので」
眞紅の渾身の保身に、ラテントは呆れるだけで煽りもしない。
「……お前は援護やかく乱のための乱射だの掃射だのに専念しろ」
「いつもそうしてますぅ!」
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