第19話 第四主都へ・1

「しかし何故遊撃隊を?今でも駐在退魔士の手には余る、強大なレムレス反応が出てからの出動派遣はあるでしょう。

 優秀な執行官やチームが移動することだってなくはない」

 クレイドの方は片付いたと言わんばかりにローレルは話を変えた。眞紅は彼女がこのメンツに入れられた理由をなんとなく察した。自分をリーダーにするとなると、この冷静さとある種の冷徹さ、そして興味のオンオフの切り替えが出来るベテランがいるのはチーム内外で助かるだろう。


「二日前の深夜、司令部のオペレーター数名のQUQに、第四主都の国営カジノ4G002に対する匿名の密告がきた。

 このカジノはレムレス・ヴォイドの支配下にある、と」


 さらりと述べられた衝撃的な内容に、またもや全員が押し黙った。密告の内容もまたモニターに映し出された。本当に同じことしか書いていないシンプルな内容でありそれ以上に得られるものはない。そしてまたマクレランドは都合など気にもとめずに会議室後方を指した。

「そういうわけで第四主都から出向してきてくれた、第四主都退魔支部局のストライ支部長だ。前へ」

 廊下で止まったままだった足音が再び動き出す。くたびれた様子の痩せぎすの中年男性がのたのたと一行の横を抜け、モニターの前に来た。彼もまたQUQをかざして所属と姓名を明らかにした。

 ストライは気が進まなさそうに皆を見渡した。ため息を隠そうともしない。


「あー……こんなもんはただの悪戯だ。本当にそうだったら俺らが気づかないはずがないだろ」


 賢い者達は、この場に監査官がいる理由を理解した。ストライから二メートルほどの距離を開けて演壇に立ったままのマクレランドは、ストライだけをじっと見ている。黄土色の瞳からは思考を読み取れない。

 退魔士と違い監査官のギフトはその役割故に非公開情報である。ただしレムレスより人間に効果的なギフトであることだけは絶対であった。

 マクレランドの視線に気が付いたのか、ストライは息苦しそうに制服の首元を緩め、唾を飲み込んだ。絶対に横を見ない彼の涙ぐましい努力にアミティエはほんの少しだけ同情した。

「問題はレムレス・ヴォイドという文言だ。二等以上の市民及び退魔士に絞られる。パウル」

 主任が目線を反らさず部下を促すと、パウルが立ち上がり身体を執行官達に向けた。彼の机に置いてあった小さなガジェットの上に浮かぶディスプレイを触ると、それは拡大されて部屋の左側の壁一面に表示された。


「電脳庁からの司令部出向事務員やオペレーター数名に、ペーレイラを介さないネットワークでこのメッセージが送られてきました、自分もそのうちの一人です。

 ペーレイラとは第四主都を統括する人工知能。ネーレイスの子機または端末です。業務を円滑にするため与えられた疑似人格も彼女独自のものです。

 電脳庁職員は様々な状況下での通信その他の調査も担当していますので、特定の人工知能からは絶対に影響を受けないネットワークの構築もしています。

 今回はそれが用いられたのです」

 パウルはアミティエやエルデなどの新人にもわかるように説明しているらしく、資料の最初には第四主都の概要やそこに存在するペーレイラタワーの画像もあった。


「使用されたQUQは第四主都退魔支部局第八行動班に所属しているアーミー・タラズ四級執行官のものです。彼と彼のQUQは二日前ゴレム退治の任務中に行方不明となっています。

 彼は昨年まで我々と同じ電脳庁職員でしたが、共鳴するコアが見つかったことで分析官として退魔士になり、訓練を経て三か月前に第四主都に配属されました。つまり彼のQUQを簡単には操作出来ない。

 彼にはただの退魔士や市民とは比べものにならないほどの知識も技術もあります」


「単純に考えれば、彼が告発したのでしょうね。三か月の間に何か気が付いてしまったとか」

「行方不明ってのが人為的なものを感じるっすね。ただ死んだだけならQUQの位置情報を調べれば回収出来ますから。遺体はともかく、QUQだけは絶対に見つけられるってのがこの国の売りの一つっしょ」

 エルデとビョンギの若手頭脳コンビが意見を述べると、パウルは満足げに次の資料に進む。


「はい。ところがQUQからの一切の信号を傍受出来ないようです。ペーレイラの調査記録でも、第四主都全域をくまなく調べているのは確かです。

 これ以上は現地でしか調べられないと思われます」

「第四主都の支部局や執行官はどう対処しているのですか?」

 ラテントの質問に、ストライはめんどくさそうに首を横に振る。

「この告発文を見せられたのは今日朝一で呼び出されてここに来てからだ。まだ何も出来てない。査問委員会の聴取と監査官達との会議で部下と連絡をとる暇も無かった。おまけにここで色々決めるからお前は何も決めるな、ときた」

 そう言った本人であろうマクレランドは、彼の疲れた様子にも興味はなさそうだった。


「でも告発を受けていたら、悪戯として処理した可能性が高いんでしょう?じゃあそれを嫌というほど知っているおたくの部下の可能性も高くなりましたね」

 眞紅は釣り餌のような嫌味を投げつけた。そうとも知らずにストライはむっとして彼を見る。眞紅は何となく、ストライがなんらかの心当たりがあるのではないかと見当をつけていた。ただし真実を知っている、にしては監査官達を騙しきれると思えないくらいに、彼には役者の才能は無いとも感じていた。

 全てが滞りなく進んだ、と判断したのか、マクレランドはモニターを消した。


「お前達は夜八時の便で第四主都に行ってもらう。ネーレイスの名の下にこの告発文の真偽をありとあらゆる面から調べてくれ」


 全員がQUQで現時刻を確認する。今は午後三時七分。

「四時の便と言われないだけ優しいな」とラテントは遠い目で言った。

「たまにあるよね」とローレルはけらけら笑った。

「速やかに準備しろ。詳しい指令は個別にQUQに届く。各自目を通せ、以上」

 それだけ言うと、あっという間にマクレランドは帰っていった。行きと同じく堂々と歩いていくのが様になっているのが憎らしいな、と眞紅は心の中で悪態をついた。

「おっと。ストライ支部長。お前は四時の便だ」

 それを聞いたストライは「はぇ……」と声にならない音を出した後、何か言いたげに執行官達を一瞥する。だが何も言わないで通り過ぎ、マクレランドすら追い越して走って去っていった。


 駅直通のエレベーターに走ったのであろうストライを思うと、やはりアミティエは彼に対し同情を抱く。これこそが自分が四等市民たる所以だよねぇ、と小さく肩を落とした。


 廊下に消えたマクレランドは、結局ストライを観察するだけ観察して、何もアクションを起こさなかった。睨んですらいなかったあの時間は、彼のギフトに関係しているのかもしれないし、そうではないかもしれない。エルデは、監査官が恐れられる理由を肌で納得した。

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