第18話 仮結成

「楽にしてくれ。軽口もそのままでいい」

 監査官の登場にひりついた空気を感じとったのか、彼は力を抜くように語りかけてくる。

「聞いてらした?」とパウルがぎこちなく問うと、主任はこともなげに頷いた。

「楽しそうだったからな。早速だが本題だ。ここにいるメンバーで一時的にチームを組んで調査を行ってもらう」

 あっさりと本題に入りすぎたため、全員の返事が遅れた。マクレランドはそれを気にせず、いや、その動揺につけこむように続けた。


「先日の一件でジェイルバードを見事使いこなしてみせたからな。退魔省及び警察省は優秀な一級執行官を有効活用したいと考えていたが、彼が十全に力を奮える環境が無かった。現在ネーレイス主導で優秀な執行官を中心とした遊撃小隊編成を進めている。お前達にはその実験の一つだ。

 ちなみにこの作戦のリーダーは眞紅・ダン・エクレール四級執行官、お前にしてもらう。トーマス・ブレイズ二級執行官とジョン・リッヂ三級執行官及び、ジョーンズ・フォリー指導教官から推薦をもらった。

彼らの信頼に報いるためにも励むように」


 思わぬところで自分の名前が出てきた眞紅は、反射的に手を挙げて発言の許可を待つ。マクレランドはとっとと言えと急かすように数回小さく頷いた。

「現場から三年も離れてるんですが、俺がリーダーですか?」

 この部屋には、最年長で実績も実力もあるラテントとそのバディのローレルがいた。ベテランだけあって二人は下手に口を出さず、事の成り行きを見守っている。ただし不服そうな雰囲気はバシバシと醸し出しており、眞紅は胃がキリキリと痛んできたのを感じていた。


「あくまでジェイルバード一級執行官のための特別小隊だからな。ラテント・アラフス・マルラドゥク二級執行官もローレル・アディーオ二級執行官も彼と同じ任務についたことは複数回あるだろうが、その上で考えてくれ。君達にこれと連携出来るか?」

「出来ません」と二人は声を揃えて言った。

「本人の前で……」とパウルはまたもやぼやいた。

「そいつが会議に顔を出すだけで奇跡なのに、誰かと一緒に来ただなんて未だに信じれない」

 ラテントは、もうこうなったら言ってやれと言わんばかりであった。

「お前どんだけなんだよ」

 眞紅が隣のクレイドを肘でつつくと、年長者達は、えぇ……?という顔を浮かべた。主任ですら信じられないような顔を隠しもしていない。

「いやマジでお前どんだけなんだよ」

「噂など知らん」

「でも集まりに顔を出さないのは噂じゃなくて事実なんだろ?」

 眞紅の問いに、クレイドはばつが悪そうに少しだけ俯いた。

「それで?エクレール執行官、引き受けてくれるか?フォリー指導教官のもと、教官職の引継ぎ等の諸問題には出来る限り対応したつもりだ。たった今QUQに詳細を送った、目を通してくれ」

「ではまず確認しても良いでしょうか」

「許可する。他のメンバーからの意見や質問は」


「チームなどいらん」


 他の誰でもないクレイドから反対意見が上がった。眞紅はQUQから目を離し、一旦隣の男を見る。戦っている時と同じ険しい顔をしており、気まぐれや人嫌いなんて軽々しい理由ではなさそうだった。

「また死なせてしまうとでも思っているのか?」

 マクレランドはクレイドの意気地のなさを嘲笑うように言い放った。こちらもこちらで第一印象よりも表情筋が動く男だった。

 ふと思い出したようにローレルが口を開く。

「あぁ……噂だけど、こういうチームを作ろうとしたの、初めてじゃないらしいね。もしかして全部失敗した?……何が不思議って、参加したって人が全然いなくてさ。君って有名だし一緒にチーム組んだんだって武勇伝みたいに言う子がいてもおかしくないだろう?……私が会ったことないだけかな」

 彼女はどこか楽しそうだった。悪意ではなく純粋な好奇心で尋ねているようだった。


「……俺が、殺した」


 クレイドは感情を乗せずに、ただの事実であるように言った。アミティエとエルデはシャトルラインで彼が言っていた、専門部署を作る話を思い出していた。あれは聞いた話ではなくて、彼が関わっていたプロジェクトだったのだと理解した。

「失敗はした。だが全滅ではない。四十二名殉職したが三名は生きている」

 マクレランドは何故か朗報のように明るく告げるが、室内の全員に『死神』のあだ名が頭をよぎっていた。ただし眞紅以外は。


「具体的には?」

 重苦しい空気をものともせずに、飲み会のノリくらいの気軽さで彼は喋り続ける。

「そういうのよく俺が殺した、とか言っといて全然違ったりするじゃん?

 直接的に手を下したのと間接的な原因と確かに俺が関係ありますね的な遠因と、力不足とか判断を誤ったとかのただの罪悪感とか負い目から勝手に人の死を背負ってる、と一緒くたにされると困るんだよな」

「……一通り全部だ」

「マジかよどっちにしろ困るんだけど。ちょっといくつか例あげてもらってもいい?言いたい範囲でいいから」

 勢いの落ちない眞紅にクレイドはひるまず、ふむ、と一呼吸おいて話し始めた。


「暴力を振るう父を殺そうとしたら母が代わりに殺して処刑されてレムレスになって、そのレムレスを殺せなくてまごまごしていたら下の妹が殺された。母を倒してくれた退魔士にスカウトされて訓練所に通う時、危険だからと上の妹から距離を取ったら事件に巻き込まれた時に気づけなくて死なせた。訓練生時代の友人の姉がレムレスになってそれを倒したら自殺され、おかしくなった村人のケアを任せた同期が暴行され死亡、スカウトしてくれた師匠筋の退魔士は人の道を外れたから斬って焼いて殺した。その他もろもろ」


 彼がこんなに話したのは初めてだな、とアミティエは現実逃避をした。一回もどもらずすらすらと話すクレイドを見て、実は話すこと自体は得意なのかもしれない、とも考えた。内容や動機やタイミングを図るのが苦手なだけで、と。

 アミティエがぼうっと物を考えて精神の安定を図っている間も、凍った空気は変わらない。ラテントとパウルは頭を抱え、ゴーファーやビョンギは乾いた笑いを浮かべている。

 エルデは他人事のように話していると感じて、なんだか腹立たしくなってきたが、自分のこの感情が間違っているとわかっていたので口には出さなかった。


「ウケる。わりと正しい。確かにお前のせいでいっぱい死んでる……」


 突如発した眞紅の問題発言に、クレイド以外が動揺した


「俺が殺したって自己申告でちゃんと自分が殺してるの、偉い。虚偽の申告が多いからな」


 眞紅が褒めるようにクレイドの肩に手を置いても、彼は嫌がらなかった。

 アミティエは、大丈夫かも、と思えた。それは眞紅がどうにかしてくれるということか、それともクレイドは怖くないということか、アミティエにはまだ見分けがつかない。違いはないのかもしれない。


「それはそれとして、お前を忌避する理由にはまだ足らないな。ちゃんと背負ってる奴には歩調くらい合わせるよ。逃げたり捨ててたりすると、個人の自由ではあるがチームとしては絶望的だからな。

 つーわけで俺リーダーやります。見た感じ引継ぎもちゃんと出来てるようですし、心配はないですね」

「そうか、助かる」とマクレランドは当然のように答えた。彼は最初からは断られるとは思ってもいないようだった。いや、断らせる気がなかったのだろう。


「だから、よろしく」

 右手を出して握手をしようとする眞紅だが、クレイドはおもむろに腕を組んで手を隠した。

「それは卑怯だろ!」

 眞紅は半ばムキになってクレイドの腕の下の手をとろうとするが、力の差は歴然であった。


 つい先日腕やら手やらと斬りあってボコボコにされていた自分達のことを思い出したエルデは、ほんわかとした気分にはなれなかった。

「空気とか読まないのがベストコミュニケーションだったっぽい」とビョンギはムルナに話しかけた。ムルナは黙ったまま、力強く頷いた。

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