第15話 訓練所にて
滞りなく卒業式は終わった。眞紅は数組訪ねてきていた保護者達を見送り、ガランとした教室を閉めた。一学年三十数名ほどの訓練生は、志望するポジションによって教室も訓練内容も違うため、少ない人数であっても敷地が広くて困ることはない。見回り管理する教師が大変なだけだ。
だいたいがオートメーションしている機械都市であろうと、その人工知能が『自分達は完璧ではないので人間も働け』と言うから、こうした庶務も未だに人間の目や手を使っている。
眞紅は何人かの訓練生から画像付きのメッセージを送られた。仲の良い数人で眞紅を取り囲み撮った写真の数々を、わざわざ送ってきてくれたのだ。こういった訓練生同士の交流を見ると、眞紅は嬉しくなった。
ここでは同期といえども、二年間一度も会話しないまま卒業を迎える者もいる。それは、第三訓練所は市民等級の低い若者が集められているからである。
ただでさえ揺らぎやすい彼らに親愛や仲間意識等を植え付けると、更に有事の際揺らぎやすくなる。訓練所の経営者達はそう考え、教室をいくつも用意して物理的に顔を合わさなければ、揺らぎを防げると考えたのだ。
環境が違うとは言え、自分が訓練生の時は五十名いた同期全員の顔と名前が一致するほど遊びふけていた眞紅は、それに若干の寂しさを感じてお節介と分かっていても横の繋がりの大事さを説いた。その成果が出たのか、彼らは友人として互いを認識し、卒業式でも涙する者も多くみられた。
ただし、友情や寂しさはいらぬ執着と願望を生むのは確かだ。だから眞紅は毎日葛藤していた。こうやって写真を送ってもらえると嬉しいが、葛藤が和らぐような気がして、好きではなかった。断るべきだとも考えていた。
それでも、人と人の繋がりの大切さを教えたのは自分である。手本となるべきだ、とそれらを受け入れていた。言い訳みたいだ、正当化しているのか、と自らに問い続け、責め続ける道を選んだのだ。
教室横のスキャナーを起動し忘れ物はないか調べる。何も検出されなかったために清掃プログラムが起動され、教室内は完全にシャットアウトされた。それを全ての教室分見届けてロビーに歩いた。
教室前に飾ってある花束横に置かれたポップには、誰かの親や習い事の教室やサークルから送られたという旨が記載されている。ロビーのすぐ横に置かれた、小さくとも色とりどりの花束を見て、眞紅の笑みがこぼれる。
「俺は馴れ合わないとか言いつつ、お花まで持ってきてくれちゃって。ありがとうな」
ロビーにはクレイドが待っていた。表情の変化は乏しいが、眞紅が戻ってきてほっとしたような顔に見えた。
クレイドにまとわりつき話をしていたアミティエとエルデはそれに気づいたのか、少しむっとした。
「お前らもまだいたのか」
「はい。一番お世話になった教官に、個人的にきちんとお礼の言葉を述べたくて」
「あたしも~こう見えて超影響受けてる感じなんで」
教え子達にまっすぐな親愛を向けられて眞紅は喜んだ。だがすぐに残念そうな表情を浮かべる。
「マジか~嬉しいな。でもあんま時間無いんだ。この後呼び出し受けちゃった。クレイドも悪いな」
「……俺も本部に来いと言われている」
「から気にするな、まで言えたらもっといい感じだぞ」
クレイドの冷たい眼差しにも眞紅は堪えない。
「奇遇ですね。私も。……アミティエもさっき連絡が来てなかった?」
「うん。ネーレイスタワーのふもと?の司令本部。そこで直接配属先の説明を受けるって」
「他の皆は今日の朝に配属先が告知されていたみたいなのに、私達だけこんな形なんです。もしかして特別任務などがあるのでしょうか」
「新人だよ?ないない」
「変なところでリアリストね。夢くらい見させて」
「新人だからこそ抜擢されることだってあるさ。でも俺も本部だ。だからこの前のレムレスについて追加調査とかじゃないかなー。俺達の共通点ってそこだろうから」
「じゃあ一緒に行きましょう!クレイドさんもどーぞどーぞ」
「シャトル乗る?歩く?」
「シャトルラインにしましょう。早めに到着しておきたいです」
ロビーのすぐ前は動く歩道になっている。第一主都の六十%は動く歩道化されていて、頭上の案内板やQUQの誘導に従い多少の乗り換えをすれば立っているだけで目的地にたどり着く。乗り間違いや行き過ぎの際はQUQがそれとなく教えてくれるが、いかんせん時間がかかる。
そして歩道の隣には八席程度の小型のオープンモノレールがある。これがシャトルラインと呼ばれる主都内の車代わりの乗り物だった。目的地を入力すれば、自動運転で網目状に張り巡らされた線路の中から最適最速の道を選んで運んでくれる。基本的には無料で、シャトルラインの近くであればすぐにでも呼び出せて乗ることが可能な便利な足である。
QUQでシャトルを呼び出すと、線路の下に格納されていた車体がせりあがってくる。丁度スリープになっていたものがあってラッキーだった、と些細な時間のロスを嫌うエルデは嬉しい気分になっていた。
四人で乗り込むと音声案内とともにすぐに発進し、ビルの合間を静かに走行しだした。
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