第16話 シャトルラインにて
黙ってしまいがちな走行中であっても、四人、いやだいたい三人は和やかな会話を続けていた。
「そうだ、ブレイズもリッヂも元気にしてるぞ。お前らにふがいないところを見せたってに申し訳なさそうにしてたよ。あいつのギフトってセンサー系だから、アタッカー揃えて連携しまくって本領発揮するタイプだったらしくて」
「あの場との相性最悪じゃないですか!」
「これからは数が足りなくても訓練生守りながらでも、目も合わせようとしないクソ野郎がいても何とかする方法も模索するって息巻いてたよ」
「良かった、心配してたんです」
さりげなく気配を消すクレイドに気づいていながらも、あえて三人は突っ込まなかった。
「ブレイズ執行官って義足にしたんすか?」
「あぁ、もうリハビリもがっつりやっててさ、義足で蹴られた尻が六つに割れたよ」
「半端な数ですね」
「使いづらそうだな」
「ふふっ」
思いっきりふきだしたエルデは、すぐさまごほんごほんと大げさに咳ばらいをして誤魔化す。
「お前ほんとこういうのに弱いな……」
「だって!二人が!間髪入れずに!」
「そういやレポート見て驚いたんですけど、あれってヴォイド認定されなかったんですね」
アミティエはマイペースにしたい話をし始めた。エルデは助かったといわんばかりに真面目な顔をして彼女の話を聞き始める。
「分類上は繭だ。繭の中身がちょっと出てきたってだけで。
あそこでブレイズが切りかかってなかったら自分から羽化したヴォイドになって、あのメンツじゃやばかったかも」
「あれだけ強くでもレムレスなんですね……」
「……ヴォイドは強いのではなく厄介なんだ」
クレイドが付け加えた。彼が会話に参加してくれるとは思っていなかったエルデが、学術的好奇心に目を輝かせながら、
「というと?」と促す。だが彼はなかなか続きを言わない。それどころか眞紅に困ったような目を向けてきている。どうやらそれを言いたかっただけで、解説等はするつもりがなかったらしい。そういうところだぞ、と眞紅はまだであったばかりの話下手に心の中で文句を言った。
「こっちに投げんな!俺だってマジで対面したの二回だけなんだけど……」と言いながらクレイドが言いたかっただろうことを頭の中で整理した。
「一般的に、レムレス・ヴォイドは異形化して暴れるタイプと人間として生活を続けようとするタイプがいる。前者はお前らが見たあの感じだ。でも後者はな、異形化を一旦超空洞の中に隠しておいて、暴れたりしないんだ。だから異変に気づかれにくいし対処が遅れるし大変らしいぞ」
「人間として生活、ということは会話も違和感なく行えるわけですね」
「ボロは出まくるけど、比較的慎重になる、選択肢を選べるって感じかな。
例えば世界中のメロンパンを食べつくしたいという願いで動くレムレスとレムレス・ヴォイドがいるとしよう」
「仲良くなれそ~」
「お前のも奪うぞ」とクレイドがぼやいた。
「殺すしかない」とアミティエは答えた。エルデはまたもや口元と腹部を抑えて事なきを得た。
「レムレスは一も二もなくそれを食べるよな。メロンパンの横にあるカレーパンもメロンパン認定を下して食べる。
作ったパン職人のポディマハッタヤさんも食べられる」
「お前善良なパン職人を」
「ところがヴォイドは、メロンパンはすぐに食べたとしても他のパンは食べないこともある。それどころか職人を食べたらパンの供給が止まることを理解し、納得し、自制することが出来る」
「人間みたい」
「だが頭の中はメロンパンを食べることだけ考えているからな。カレーパンの悪評を流してそれを作る労力と材料をすべてメロンパンにつぎ込ませたりもする。
二つのパンの材料が違うと分かるかどうかは個体差だ。
職人以外に作らせたり自分で作ってみたり、まぁ長々言ったが一番単純な言葉で説明すると……暴力以外の手段もとれる。だから願いを見抜きにくいし、ヴォイドだとも分かりにくい」
「ではどうやってレムレス・ヴォイドと気づくのでしょう」
「レイオール人だとQUQに一度死んだという記録がつくから楽なんだが、他国だとそうはいかない。そいつらがうちに来たりしたら目も当てられない。ヴォイドはゼヌシージ粒子を操るから粒子反応も薄く隠避出来るし。だから頑張って調べることしかないな。取り調べとか聞き取り調査とか」
「ヴォイド調査の専門部署を作る話はある」
「マジか。それ言っちゃってもいい情報?」
眞紅がアミティエを見ると、彼女はうんうんと頷いた。
「大丈夫みたいですよ。あたし今の聞こえてますもん」
彼女のQUQには認可事項、と出ている。情報統制が必要な話ではないようだった。
「聞いてはいけない情報だった場合はそもそも聞こえない、というのは本当なんですか」
「そう教えられてはいる」
一等市民である眞紅は答えづらそうにしていた。先日QUQを操作した時にクレイドも同じ一等市民だと確認していたため、彼はわりと自分には何を言っても大丈夫だから気を遣うことを投げ捨てているのではないか?と考えていた。
ただそうすると、エルデとアミティエに聞こえない会話をし続ける危険性も生じる。内容は聞こえなくとも自分達が知ることを許されない領域の話を目の前でされるストレスはあるだろう。
「言うてエルデも三等市民だから色々聞こえてないの多いと思うよ」
「そうね……でもそれにすら気がつかないから、ね。どういう原理なのかしら」
「そもそもレイオール人は出生自体が人工的だからな。はなっから操作出来るように作られている、が正解じゃないのか?」
丁度シャトルラインが工場の横を通る。工場というのは愛称、いや他国からの旅行者達の蔑称である。
正式名称は誓願堂。レイオール人は全員ここで生まれる。人工胚と人工精子に、登録されている親の遺伝子情報を書き込み胎児が作られるのだ。
丁度誓願堂から新生児が乗せられた、揺りかご搭載型の育児用ペットロイドと一緒に出てくる二人の女性がいた。恐らくはその子供の両親なのだろう。幸せそうな顔で子供の顔を覗き込んでいる。
「いいねぇ、また新しい子が生まれたんだねぇ。リャンとアフマドも早めに子供作りそうじゃない?」
「どうだろうな、あいつら仕事に慣れるまでは結婚もしないって言ってたし。俺も教え子の子供抱っこしてみたいけどなぁ、まだ俺も三年しかやってないから、一人もいないんだよな」
「そういやもう卒業しちゃったんだ。……これからも教官って呼んでいいですか」
「当然。先輩らがしてたように、訓練所にもいつでも遊びに来ていいぞ」
「……アミティエとも教官とも今日でお別れなんですね」
エルデは少し寂しそうに、しかし門出が楽しみでもあるように、呟いた。穏やかな彼女の表情とは対照的に、それを聞いていたアミティエの目からは涙がびょっと飛び出た。
「ちょっと」と呆れながらハンカチを差し出そうとするエルデの手をガッとつかみ、
「どこに配属されてもメール送るね!」と涙をびょびょびょと出しながらアミティエは吠えた。
「新人は勤務地外の退魔士との連絡は禁止だ」とクレイドが一刀両断する。
アミティエは「そんな~」と言いながら袖で涙を拭いた。
「おう。新人はまだメンタル不安定で祈っちまうから、しばらくは同期の訃報を知らないように、な」
「知らなければ……祈りませんもんね」
「当人にとってそれが良いとネーレイスが判断したならば。だから俺が新人の時は、やっと連絡取れるようになったら同級生の訃報がバンバン届いた」
笑い話のように明るく語るが、アミティエはさらに号泣する。そのうちにシャトルラインが目的地に到着してしまった。四人がシャトルから降りると、誰からの呼び出しもないのか、また車体は線路の下に格納されていった。思いっきり鼻をかんでからアミティエは宣誓する。
「私は教官譲りの生き汚なさで百年生きてみます!」
「夢はでっかいほうがいいもんな」
軽く答えた眞紅を先頭に、四人は退魔士司令本部へと足を踏み入れた。
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