第14話 電脳国家レイオール

 レムレスやゴレムがぽつぽつと移動する荒野の真ん中に、およそ三十メートルの高さの壁にぐるりと囲まれた星形要塞の城郭都市がある。門は固く閉ざされていて、七方に伸びた高架化された線路だけが街の内外を繋いでいた。

 それが都市国家レイオールの第一主都である。

 線路のうち五つは第二から第六主都に直通する主都間鉄道で、あとの二つは大陸を横断するものであった。線路は高架化されて高層ビルに直接繋がっており、線路伝いにレムレスやゴレムが侵入することを防いでいる。


 人工知能により完璧にデザインされた街である第一主都には、およそ十万人のレイオール人が登録されていた。

 レイオールを導く人工知能ネーレイスが設置されているネーレイスタワーを中心に、放射状に高層ビルが建ち並ぶ街並みは他国からの客を圧巻する出来であった。

 主都内にも数枚の高い壁が配置されており、それで役割の違う地区や人を区切って効率化していた。


 タワーのある中央区から二枚の壁を挟んだAW教育地区に第三訓練所はある。タワーと街の一番外にある防壁のちょうど中間地点に位置する安全な場所で、訓練生達は退魔士となるべく勉学に励んできた。

 レイオールには大学にあたる教育機関はない。中学校を卒業後個々人の素質と希望に応じた職業訓練場に入れられ、一生同じ職業のまま生を終える。その例外が退魔士である。

 退魔士はギフトを使うためコアと共鳴可能な人物のみがなれる。裏を返せば戦いに向いていない精神や肉体の持ち主でも、彼ら彼女らと共鳴するコアがある限り退魔士にさせられてしまう。QUQはレイオールに現存するコアと人間全てを把握しており、共鳴可能かどうかを常に計算し続けている。


 アミティエ・プティは四等市民の、本来なら単純労働しか夢を持つことを許されない少女であった。

 防壁に近い地区で生まれ、ゴレムと戦う防壁警備隊の昼夜を問わない砲撃と怒号を間近で見て育ってきた。両親は三等市民のため店を経営する権利を持ち、食堂を経営していた。警備隊には安く設定された料理の数々を仕事終わりまたはこれから仕事の警備隊に運ぶ中、アミティエはいつも考えていたことがあった。


 あたし、絶対退魔士にはなりたくない。


 彼女に夢などなく、両親に迷惑をかけない程度に楽しく何もない人生を生きていたいくらいだった。今の年齢だとそれは立派に贅沢な夢だと分かるが、子供の頃は理解出来なかった。

 客の話に出てくる異国の兵隊は粗野で横暴だと聞くが、警備隊はそうではなかった。ことレムレス退治には正しい記録が必要になる。退魔士以外の民間人や戦闘以外の日常生活の膨大なデータから必要な情報を算出し利用しなければ勝てない。

 レイオール人は生まれた時からQUQに移動や言動の記録を徹底的に取られ続けている。下手に世を乱す発言をしたり酒に飲まれたり、他者に暴力を振るおうものならすぐさま警官が飛んでくる。それだけならまだしも、ネーレイスが『無駄』と判断した瞬間QUQから脳圧縮プログラムが適応され、文字通り脳を圧縮されて死亡する。

 人を拘束するにも導くにも立ちなおらせるにも労力が必要だ。そのコストに見合った社会貢献度を、該当者が過去未来に渡って持ち合わせていないのであれば、その人物を生かすのは無駄の一言なのだ。


 だからアミティエが見てきた退魔士は、分析官であっても執行官であっても職務に忠実で威張ったり嫌がらせをしたりしない良き人々であった。だからこそ彼女は彼らの生き方は割に合わないと感じていた。

 退魔士達はいつも疲れていた。強い武器と強い力を持っているにも関わらず、吹けば消えてしまいそうな命しか持っていないようであった。人々に感謝されても困っているように見えたし、両親が彼らを労り料理をサービスする度に申し訳なさそうにしていた。


 アミティエが十歳の時、別の地区から転属してきたという二十代の女性執行官にほのかな恋心を抱いた。黒い髪を綺麗に切り揃えてメイクや香水といったオシャレを好んで行う活発な女性で、自分の中に芽生えた思いが憧れだけではないと気づかせてくれた人でもあった。

 そんな女性がある日、自分が運んだドリンクを受け取って嬉しそうに微笑んでくれた。


『この人死ぬなぁ』


 そうアミティエは思った。理屈は不明だが、沢山の退魔士を見てきたからこその何かが彼女の心に囁きかけてきたのかもしれない。その予想は当たり、女性はその夜に自ら焼却炉に身を投げた。

 アミティエがそれを知らせてもらえたのはそれから六年後、第三訓練所に入ってからである。

 ともかく次の日も退魔士達は出勤し、レムレスやゴレムと戦っていた。アミティエは子供で、そして四等市民のために詳しい説明はしてもらえない。だから「化け物退治をしてくれている大人達」が退魔士の解像度の全てだった。

 当時は彼らが何にそこまで疲弊していたのか分からなかったし、考えられる材料も与えられていなかった。だから彼女が大人だったとしても理解出来なかっただろう。


 アミティエはQUQから与えられた弱い電流で目を覚ました。目覚ましを止めスヌーズを無視していると、こういった方法で強制的に目覚めさせられる。

 アミティエのような堕落方面に我が強い人間にはこの管理社会は最適であり、彼女もまた自分がものを知らされないままが一番楽に正しく生きていけるタイプの人間だと自覚していた。


 市民等級とは、個人ごとに振り分けられたレイオール人の階級だ。生涯貢献度と揺らぎの数値から算出される。等級に年齢も性別も出身も人種も身体障害の有無も関係無い。生涯貢献度は見てわかる通り、生涯を通じてレイオールのみならず全世界に貢献する度合いだ。『可能性』の可視化といってもいい。アミティエの家のように親と子で等級が違うのもよくあることだった。

 そしてもう一つの『揺らぎ』とは、『想定外』の可視化だ。人は間違える。思ってもないことを言ったりやったりする。それこそ完璧に自身の身体や精神をコントロール可能な人間は少ないとはいえ、大抵の人間は善悪を理解し功罪に納得する。


 死んだ誰かにもう一度会いたいなどと願っても無駄だとわかるように。


 だが祈ってしまう人はどこにでもいるし、誰だってその可能性はある。例えレムレスとして蘇るこの世界であっても、だ。ネーレイスはそれを『揺らぎ』とした。

 共感性に優れ感受性や同情心が強い優しく賢い人間が二人いたとき、片方が祈り片方は絶対に祈らないことなど往々にしてある。観測不能なその違いを『揺らぎ』と仮定することで、それを基準に人を分け情報や仕事の振り分けに利用したのだ。

 アミティエはまさに揺らぐ方の人間だった。だから退魔士は向いていないし、なりたいと思ったことはない。彼女に子供の頃から提示されていた職業案内には、自分でモノを考える必要のある職業は一つとして掲示されることはなかった。QUQも学校も、彼女をよく見て知っていた。


 だが、ある日彼女と共鳴するコアが見つかった。だから彼女は中学校を卒業後、十六歳で第三訓練所に入らされた。

 そこで自分と少し似ている、優しくてお気楽で適当で感受性と同情心が強いくせに揺らがず間違わない眞紅という男と出会った。一等市民の彼は望めば何でも選べる立場にあって、退魔士を選んだ。アミティエが理由を尋ねても、


「執行官が一番効率がよくて」と訳の分からない答えしか返ってこなかった。


 それからは彼女にいくつもの夢が出来た。自分がふとした時に揺らいで迷惑をかけることはあるかもしれない。だが揺らぐ自分がいるからこそ揺らがぬ人々もいるかもしれない。

 人を守る、救う、そのため会話の成り立つ人間の形をしたものを殺す。それに疲れた同期や先輩の姿をアミティエは幾度となく見てきた。そうして子供の頃の店に来た人々の苦悩がやっと輪郭を持ち始めてきたのだ。

 だからこそ、ある考えに至った。


 思いつめない程度にお気楽で疲れ知らずの退魔士がいてもいい。だからまずはあたしがそうなる。


 訓練所で見つけた夢を思い返しながら、アミティエは支度をした。


 今日は卒業式だ。

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