第5話 運命・5

 近くで土砂崩れが起きたのだ、と全員が理解していた。

 ところがその土と砂が崩れ流れる音の中に「うおわぁ!」と聞きなじみのある声が聞こえてきた。

「教官!」と四人は自分達が落ちた方向へ駆け出した。思わず男もそれを追った。


 そこには砂浴びをする鳥のようにひっくり返って土まみれの眞紅がいた。


「生きていたんですね!」

 真っ先に飛び出したアミティエに、眞紅は傷だらけの顔でからからと笑った。

「おうよこの通り!……アフマド、頼む」

「そりゃあ勿論!」

 救急セットを準備しながら、アフマドは眞紅の横に座った。眞紅は見た通りにボロボロだった。青い制服は血で染まり、破れた裂け目からは適当に巻いた包帯が少しだけ見えている。

 驚愕の表情を浮かべている男とは違い、教え子達はどこかしらやっぱりね、という顔で安心しながら教官の近くで笑いあう。それでも涙目ではあった。


「いや~すまんすまん。いつも通り死にかけちゃった、はぐれてごめん。怖い思いさせちゃったよな」

「そうですよー!ゴレムとかレムレスとか大変だったんですからー!」

「あの人が助けてくれたんです。教官が頼んでくれたんですよね?お知りあいですか?」

 そこで眞紅はやっと男に気が付いた。男は少し離れた場所で五人を見ている。枯れ草についた火は完全に消えて、細い煙だけが彼の傍にいる。


「全然。なんか助けてくれたからついでにお前らのことも助けて欲しいなって」

「え?じゃああの人作戦行動中だったのでは?いいんですか?」

 治療を続けながらアフマドは苦言を呈した。眞紅は「やっべ」と声に出してふらふらと立ち上がる。必死だったとはいえ頼んだのはこちらだというのに挨拶もしないで、と自分の不手際と視野の狭さを呪いながら男に近づく。

「……すんませーん!さっき助けてもらった俺です!」


 男の背が高いことはわかっていたが、実際180センチ近くある眞紅が見上げなければいけない、2メートルほどの男であった。やっぱ強い奴はタッパからして違うよな、と彼が片手で持ったままの大剣を見ながらそんなことを考えていた。

「俺は第三訓練所の指導教官の眞紅・ダン・エクレールと申します。俺だけじゃなくて教え子まで助けていただいて、本当にありがとうございます」

「……死んだかと」

 険しいままの表情だったにも関わらず、眞紅は彼のその顔から安堵を感じとった。

 この男は初対面の人間の死を悼み、その死に直面する若者達の心を案じ、生存を知れば心の底より喜ぶことが出来る人間なのだと思えた。

 それは眞紅にとって、この世で一番信用に値する人間であることと同義であった。


「あぁ、こんだけボロボロだったらもうだめかもって思いますよね。でも教官は大丈夫なんです!何度でも死にかけるけど絶対死なない、不死身のエクレールって呼ばれてます!」

 アミティエの説明に、男は「そうか」と答えて、頭痛を抑えるように眉間を押さえた。

「俺のギフト『死者は囁き人は眠れずネバーエバー リビングデッド』、いわゆる超回復、というやつでして。死なない限りはどんな怪我もちょっと転がっておいたら治るんです」

「あぁ……そういう……」


 遠い目の男に、眞紅は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この異能力と十数年の付き合いである自分自身、今度こそマジで死ぬかもしれない、と思うほどの怪我を毎回している。今さっきの怪我もそれほどの重症であった。だからギフトも知らない初対面の彼が、助かるはずがない、と判断することは当然であった。

「すみません、その、危険な状態だったのは確かですので、本当に助かりました。

 それで何かの作戦中でしたか?差し支えなければいくつか状況を教えていただきたいのです。えーと」

「クレイド」

「俺のことも眞紅でいいですよ。し・ん・く」

 やっと男は名を教えた。さっきまでのとっつきにくさが多少軽減された気がして、眞紅はなんだか嬉しくなってきた。


「一級執行官の……。あ!もしかしてクレイド・ジェイルバードさんですか?」


 アフマドの目がきらりと光り、多少舐めた態度をとっていた様子が一変し、羨望のまなざしを向け始める。リャンもその場で跳ねるように興奮しだした。

「あの葬炎のクレイド!?レムレス・ヴォイドを倒しまくってるっていう!?」

「有名人じゃん!……でもコミュ障かぁ」

 はしゃぐ二人を横目に、アミティエは一瞬喜んだ後に手のひらを返す。

「こらアミティエ!本人も気にしてらっしゃるかもしれないでしょう!言い方を柔らかくしなさい!」

「違う違うやめなさい!!!すみません本当に!!!」

 エルデのずれた叱り方に眞紅は肝を冷やす。だがクレイドは気にしている様子はない。


「え、えーと。俺達のQUQは通信障害が起きていて情報がないんです。でもクレイドさんの、一級執行官のQUQなら」

 言い終わる前に、クレイドは左腕を眞紅の前に差し出した。

「え?いいんすか」

 ほら、と言うように少し手を揺らされ、おとなしく彼のQUQを起動する。

「じゃあ失礼して」

 一回QUQに触れて起動した後は、ディスプレイを自分の近くに寄せて操作をする。所有者以外が触れている時特有の黄色がかった画面から、必要な情報を探す。

 彼あての溜まりに溜まったメッセージボックスを見て見ぬふりして指令を見る。

「緊急時以外に他人のQUQを見れるんですか?」とエルデは驚いている。

「人の操作してる時も、そのQUQと俺のQUQでどこまで操作させていいか人工知能さんの方で考えてくれてんのさ。つまり見れるモノは見ていいモノってこと。プライバシーもそんな感じで守られてるからお前らも安心しなさいね」


「教官、とりあえず治療終わりました。骨も臓器も無事ですよ。記録では一度潰れてますけど……」

 ずっと眞紅の周りで動いていたアフマドが、呆れながら眞紅の背を叩いた。肩の荷が降りた様子ではあったが、救医官訓練生として思うところだってあるようだった。

「全部治るのでは」とクレイドが聞いてきた。

「小さな傷は後回しにされがちなんです。それと血は失ってますから、その時の状態にあった生命維持プログラムに適宜切り替えないといけないんですよ。

 QUQに搭載された救命用ナノマシンにも限りがあるので、包帯とか縫合とかの物理的な治療は必要でして」

「無敵のエクレールってわけじゃないからな~」

 眞紅は呑気に笑うが、教え子達からすれば全く面白くない。


「でも葬炎のクレイドと不死身のエクレール……同じ二つ名なのに歴然とした差があるなぁ」

「一流の人間と場末の眼鏡を並べるな!」

「自分で言っちゃうんですか」

 どこか棘のあるアフマドにも呆れたような突っ込みを入れるエルデにもへらへらと笑っていた眞紅だったが、目の前の男だけは沈痛な面持ちであると気が付いた。

「……生き残る力の方がいいだろう」

 彼の絞り出すような小さな声が耳に届いた。


 なんとなく感じていたことだが、やはり一級執行官ともなると見てきた死の数が違うのだろう。寡黙な性格だって生来のものではないのかもしれない。いくつもの悲劇を見て、その度に口が重くなってしまったのだとしたら。眞紅にも覚えがないわけではない感覚だった。

 だからこそ眞紅は素直に明るく笑って喜ぶことにした。


「わかってんじゃんクレイドー!」

 と彼の肘のあたりを軽くはたいた。背中や肩にしたいところだったが少し距離があったので腕にしておいた。眞紅的にはそういった気遣いをしたつもりなのだが、教え子達は面白がりつつ呆れてもいる。

「教官!お友達じゃないんですから!」

「慣れ慣れしい眼鏡ですね本当に!」

 失礼でしょ、と叱る若者達をあしらいながらも、眞紅は必要な情報を集め終えていた。

「あぁ……これは確かに説明が面倒だな。ねぇクレイドさん」

「楽にしろ。……さっきのでいい」

 そこまで悪い気分ではなかった、と言外に伝わってくる態度だった。


「じゃあクレイド。我々五人はお前と他の執行官のサポートをしろって命令だ。

 このままお同行する、よろしく。

 皆もクレイドにお世話になるからちゃんと挨拶しなさい」


 気を良くした眞紅と対照的に、クレイドはまたもや眉間に皺を寄せてしまった。四人はわけもわからないまま、

「よろしくお願いします!」と元気に頭を下げた。


「……何だと?」

 遅れて響いたクレイドの声は、不穏な風にかき消された。


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