第4話 運命・4
「よし、これで大丈夫」
アフマドはエルデの右腕の切り傷に、服の上から包帯を巻く。
「ありがとう。二人を探しに行きましょう。私から離れないで」
「任せたよ。いや援護はするけど期待しないでね」
エルデが剣を握り直すと、聞きなれた声が崖上から聞こえてくる。そしてすぐに、斧を刺したゴレムをサーフィンボードにしてアミティエが落下してきた。
叩きつけられたゴレムは普通の岩のように砕ける。悠々と着地したアミティエは二人にVサインをする。
「倒した!」
「見りゃ分かるよ!怪我はない?」
「無い!怪力だけじゃなくて頑丈さもあたしのギフト『
「……リャンは一緒じゃないのね?」
エルデの一言によって、非戦闘員のリャンが一人ではぐれている、という事実が明らかになった。
「見て回る!」
とアミティエは走り出し、二人は急いでQUQでリャンに呼びかけた。
「リャン!聞こえる!?」
「えーと、近くにはいる!俺は時間かかるけど、お前らならすぐに行ける!」
地図には四人の現在位置が表示されている。リャンは三人の落ちた峰の反対側に落ちていた。迂回すると時間がかかるが、直進なら十数メートルの今にも崩れそうな土壁と巨石を超えればすぐである。
彼のアドバイスにアミティエはすぐさま壁を登り始めた。あまり派手な跳躍をするとまた土砂崩れが起きるかもしれない。二度目の地滑りが起こると今度こそ取り返しのつかない距離で離ればなれになってしまうと考えた。
何より、早く四人で合流して眞紅の元に行くことを考えていた。つまり実のところ、焦っていた。
一方リャンは耳元で呼びかける声に目を開けた。頭が割れるように痛い。目の前がぼやけていて状況が掴めない中、段々と意識がはっきりしてきた。
『リャン、今すぐアミティエとエルデが行くから、返事を』
「あ……アフマド……?」
『返事あった!意識あるよ!』
三人とはぐれた、と一瞬で理解したリャンは慌てて上体を起こす。下半身は土と砂に埋もれていて、頭の近くには枯れた木がある。ここに頭をぶつけてしまったのだと分かった。
地図にはそれぞれの速度でこちらに向かう三つの点が見られた。こちらからも合流しようと右足を土の上に出す。そこまで深く埋もれてはいない。左足も抜いて立ち上がった瞬間、その足を何かに掴まれて転倒してしまった。小さな石を多く含んだ土の上に受け身も取れずに引きずり落とされ、鈍い痛みに声があがる。
彼女の足には、岩で出来た腕が絡みついていた。
短い悲鳴を上げながら、自分の腰の辺りにあるはずの武器を探す。だがそこにあるはずのグレーダーは無い。パニックになりながら手を動かし、土の中に埋もれたかもしれない、と土をかくが何も見つけられない。
そうこうしている間に、ゴレムは徐々に腕を伸ばしていく。このゴレムは下半身が壊れているようで、残った腰から上で匍匐前進をしていた。リャンの足首からふくらはぎ、そして太ももにその無機質な腕が上っていく。
「リャン!」
アミティエの声が届いた。だがリャンは恐怖で彼女を探すことも出来ない。こちらだと声を上げることもできずに、自分の上にのしかかってくる土人形から目を逸らせないでいた。
顔にあたる場所には口はなく、顔の中心やや上にぽっかりと空洞があるだけだ。
その空洞がだんだんと広がっていき、それに伴い頭も肥大化する。まるで大口を開けて丸飲みする準備かのように。
「嫌ぁぁぁぁ!!!」
叫ぶとほぼ同時にその空洞がリャンに襲い掛かってくる。
だがそのゴレムの頭部はあっけなく破壊された。リャンの視界に巨大な剣が映る。それがゴレムの頭を破壊したのだと気づくより前に、剣の持ち主が長い脚で彼女の身体の上に残るゴレムを蹴り飛ばした。
「リャン!大丈夫!?」
アミティエが放心したままのリャンに近寄った。震えたままの彼女の上体を起こす手助けをしたアミティエは、友人を助けた人物を改めて見上げた。
「あの、ありがとうございます。執行官の方ですよね」
男は返事をしなかった。ゴレムが砕けて消えたのを確認した後、少し遠くに落ちていたグレーダーを蹴って二人の方に飛ばしてきた。
アミティエはそれを空中で受け取り、リャンに渡す。
「わ、私の……良かった……。あ!ありがとうございました……」
武器が戻ってきたことと友人が合流したことでやっと落ち着いてきたリャンは、言い損ねていた礼を言う。それでも男は返事をしない。おまけに二人に背を向けてあらぬ方向を向いている。
エルデとアフマドも合流し、二人は無事なリャンを見て大きく息をついた。
「いやぁ良かった良かった。……で、あの人は?」
「わかんない。リャンを助けてくれたんだけど何にもしゃべってくんないから」
「そうなの?言葉が不自由な方なのかもしれないわね。QUQでコンタクトを」
「いや……話せるが」
顔を背けたままの男がポツリと口を挟む。四人は驚きながらも話の続きを待つが、彼はまた黙ってしまった。
「……あの、私達は第三訓練所に通う退魔士訓練生です。試験中の事故で指導教官とはぐれてしまいました。他のグループでも想定外の事案が多数起こったようで、連絡もままならない状態です。何かご存じありませんか」
エルデの丁寧な問いかけにも男は黙ったままである。四人は静かに彼の前に移動して顔を見る。先史時代にあった俳優やモデルという華やかな職業が合うほどの美形がそこにはいた。
だが彼は終始苦虫を噛み潰したような表情で、何かを言おうとしては止めたような、煮え切らない態度をとっている。
「はっきり言ってくださいよー。俺らどうすりゃいいんですか」
「いや、その」
「もうなんですか!はっきり言ってください!」
エルデに叱られ、男はたじろいでいる。責めた手前ではあるが、アフマドは気持ちが分かる、と彼に同情してしまった。彼もまたエルデのまっすぐな正しさと気の強さに圧倒されることが多いからであった。
だが「もういいじゃん。教官探しに行こうよ!」とアミティエの提案にだけは、
「それは駄目だ」とはっきりと返事をした。
それで四人はなんとなく、この男が何故ここに来てくれたのかを察してしまった。それと、傍に佇んでいてくれるのにかける言葉を探しあぐねている理由も。
「教官は?」
リャンは戸惑いながらも、すがるように尋ねた。男は彼女の視線に耐えかねてまた目を逸らした。
彼が言葉を探しているのは誰の目にも明らかだった。赤い髪の隙間から見える深い青い瞳は揺らぐことはない。しかし光が灯る様子もない。
パキリ、と枝を踏む音がした。
全員がそちらに目を向けると、そこには場違いな白いワンピースを着た女性がいた。彼女はアミティエ達に気が付くと、嬉しそうに顔をほころばせ歩いてきた。
「彼女を探しているの。ここの近くの村で医者をやっているんだけど、知らない?」
表情の変化、歩く時の体重の乗せ方、抑揚と感情のついた話し方。それら全てが人間らしさを醸し出している。ワンピースの裾はよく見ると小さな傷や汚れがついていて、土にまみれた靴もここまで歩いてきたことを告げていた。
それでも全員が彼女に対する警戒を解けないままでいた。
「村が砂とレムレス騒ぎでダメになっちゃったの。私は家族と主都へ移住したんだけど、彼女はここに残って人助けをするって。私怖くて、ここから離れたくて、置いて行っちゃったの。
でも今日やっと主都から出られたの!ここからだと村はどちらの方角かわかる?」
「あ、あの」
リャンが返事をしようとすると、男に止められた。エルデとアミティエも静かに首を横にふる。
だいたいこの村と主都は一日で往来出来るものではない。
「あの人に会いたいの、あの人に」
「新しいレムレスなんだろうな。だから元気に話せる。でも、会話が出来ない」
「子供の頃からずっと一緒だったのに会いたいの。あの人に会いたいあの人にあの人に」
困惑する相手に構わず一人で話し続ける女は、にこにこ笑った顔を崩さない。アフマドの言葉にも何も応えることはない。
「あなた達の中にあの人はいる?」
「はい?」と思わずアミティエは大きめな声で返事をしてしまった。音は聞こえる、という何度も何度も教えられてきて、先ほど体感したことを失念してしまった。
女はまっすぐアミティエを見た。
「君かチルダだったのね」
瞳の中が空洞に見えた。そこに眼球はあるのに、そこに人がいない、と感じた。精巧な人形の瞳がこちらに向いている。アミティエはふと、数十分前の自分の発言を思い出す。
『壊したり捨てたりして、また別のポーキーを探すってことね』
反射的に女を蹴り飛ばす。女は声も上げず数メートル先まで吹き飛んで、全く軸をぶれさせないで両足で着地した。操り人形が糸に釣り上げられ平行移動したような動きだった。
アミティエは追撃するか否か悩んだ。援護射撃はあまり期待できない。エルデと二人でやるしかないが、教官のいない今二人でうまくやれるだろうか。あぁ、でも二人のこともかばわなきゃいけないんだっけ、じゃあどっちかは後衛にいたほうがいいんだっけ。
エルデもまたどう動けばいいか答えが出ない。授業で教わった内容をひたすら頭の中に並べ、条件が違う、前提がおかしい、装備が不十分、陣形の問題がある、と次々浮かんだ策を却下し続ける。
女が再び一歩踏み出した。ともかくやるしかない、と二人が武器をとると、周囲の温度が一気に上がった。
「
男の大剣が炎をまとい、それを振りかぶってレムレスへと振りかぶった。
退魔士が携帯を義務付けられる装備である武器・グレーダー。グレーダーに搭載されたコアと共鳴して発動する異能力・ギフト。コアに主人と認められ共鳴した人間だけが、ギフトを授かる。
訓練生は教官の許可がないと使ってはいけないそれを悠々と扱う男を見て、エルデは少し悔しくなった。
男のギフトは炎であった。レムレスへとまっすぐ飛んだ火が当たったかと思うと、そこに巨大な火柱が立ち上がる。
当たってから爆発する爆弾みたいに、周囲の木々を一瞬で燃やしてから、波が引くようにさっと火も消えた。あれだけの業火と燃えやすい枯れ木に囲まれていたのに関わらず必要以上に燃え広がらない。これが自然発生した炎ではなく、また男がギフトを完全に制御下においているという証であった。
もう女の姿は、いや、女の姿をした化け物はいない。砂にすら還らずに燃えてしまった。
レムレスは、真に生まれ変わりと呼べる存在ではない、と授業で何度も教えられてきた。この女性も愛しい人に会いたい、までは彼女自身の願いなのだ。だがそこから先はいびつ過ぎる。
誰もが何か言おうとしては何も言えないままの空間に、また大量の土が滑り落ちる音がする。
また何かがやってきた。
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