第3話 運命・3
三人は廃墟からの前の通りに出る。
かつてはきちんと舗装されていたであろう道路には、まばらに生えた雑草も見える。だがどれもすでに茶色く、明後日には草とは判別出来そうにもない。
「さて、この辺りは山の中腹を切り崩して作った。傾斜が多いし舗装された地面もこの通りガタがきている。地滑りには十分気を付けろ」
そう言いながら眞紅は足を滑らせて転びかける。アミティエは冷静に眞紅の手を掴み彼の転倒を阻止した。
「……ありがとうございます」
「いえいえ。礼には及びませんことよ教官!地面も結構柔くなっちゃってるから、あたしもあんま暴れないように気をつけないと。エルデもね」
「そうね。ここに来るまで小さい崖がいくつもあったわ。山に放り出されたら大変」
恥ずかしそうな眞紅をあまりいじらずに、三人はまた歩き出す。
すぐ近くには枯れた森と、痩せた土と岩の地面が見えている。荒廃した村と風化した家屋から生まれた砂が少しずつ森を削っていき、いつかはこの森もなくなっていくのだろうか、とアミティエはぼんやりと考えていた。
欠けたアスファルトをまたいで少し進むと、地面の八方に押されたスタンプの中心に小さなテントがあった。スタンプは表面が金箔のようにキラキラと光っている。
「いまだにこれが電磁結界って信じれない」
「我らが祖国レイオールの技術の結晶だぞ。レムレスとコアから発生する謎多き粒子・ゼヌシージ粒子を遮断しレムレスから身を隠せる。プロの特技官が試験用に設置してくれたんだ。余程ヤバいレムレスじゃないと気づけないよ」
「レムレス退治は本当に退魔士全員でのチームプレーなんですね。突っ走らないように気を付けます」
「そうだぞ。どんなベテランになっても絶対に一人で判断しちゃいけない。一つの頭じゃ二者択一に陥りがちだからな。
やるかやらないか、に追い込まれた時点でダメだ。だから常に報告・連絡・相談を心掛けること。まぁ、お前らならそこは大丈夫だろう。ただいま~」
テントを開けると、二人と同じ制服を着た男女がそこにはいた。
「おかえりっす。こちらはリャンが喚いてたくらいで異常なしです」
「アフマド!!あ、えっと、おかえりなさい。無事で良かったです」
リャンは小さく咳ばらいをしてから、机の上に展開していた二つのディスプレイを眞紅の前へ移動させた。
「遭遇した三体のレムレスと、この村のゼヌシージ濃度と地図を照合させたものです。三体を撃破した地点の粒子濃度は急速に低下しており、あと五分もあれば消失すると思われます。ところが村の外、いくつかの峰と崖を超えた先には未だ観測不可なほどに濃い粒子が存在し続けています」
眞紅はしっかりと固定された眼鏡のつるを少し上げて、教え子の提示したデータを見る。
「レムレス・ヴォイドだったりします?この反応、なんか、強いみたいだし……」
探るようにリャンが尋ねる。
「レムレスが羽化してヴォイドに進化する可能性はかなり低い。が、いつだって遭遇するかもしれないっていう気持ちは大切だな。この辺りは一度執行官達が見回ってくれているから強いのはいないよ」
「ではどうして濃度が高いままなのでしょう」
一向に落ち着かない計器を見てエルデは訝しんだ。
「結論は出せない。なんせ俺の方でも外部と連絡が取れないので」
「やっぱり……」
「というわけで、俺の権限で試験は中止します。これより何もかもを無視して下山します。ルート検索よろしく」
四人は緊張しながらも教官の判断を支持するように、誰も口を挟まなかった。
「はい。えーと、現在地はここ、最寄りの線路はこれ。レムレスとの距離は……」
口に出して確認しながら、リャンは空中に浮かぶ画面や彼女の装備であるタブレット型の物理デバイスへ自由自在に書き込んでいく。
そのうち一つの画面を眞紅へと滑らすように流した。眞紅はそれを空中で受け取り目を通す。彼は地図をスワイプして広げ、教え子達に話しかける。
「いいルートだ。この拠点を放棄して、全員で村を突っ切って線路まで行く。狙撃型グレーダーがいない班編成だ、高所からの目は無い。リャンを頼ってアタッカーのアミティエを援護しろ」
「が、頑張ってぶった切ります!」と巨大な斧を持ちながらアミティエは宣言した。
「出発時にも言ったが、お前とエルデのギフト頼りの編成だ。自分達の異能力を上手く使えよ」
「リャンもアフマドも、教官も私が守ります。アミティエは自分でどうにかして」
「おうよ!」と元気よくアミティエは答えた。
「俺はいいんだってば。じゃあ一分で撤収!」
四人はすぐさま動いた。リャンは自身の装備と電子機器を片付ける。アフマドは医療用キットの確認をしてから食料その他の備品をまとめ、荷物を手にテントを出た。
全員が外に出てからエルデがテントの入り口のボタンを押す。テントは一気に布の状態に戻り自動的に畳まれた。アフマドは十センチ四方のキューブになったテントを回収し、荷物の中に入れた。
一方アミティエはテントの外で斧を持ったまま、周囲を警戒していた。
その時、近くで土壁の崩れる音がした。アミティエは反射的に音とテントの間に移動した。
リャンが急いで周囲の分析をし、叫ぶ。
「十時の方向から微量のゼヌシージ反応検出!突貫してきます!」
アミティエは四人を庇うように該当方向へ飛び出し、斧を構える。
枯れたツタが絡まる崩れた廃屋をぶち抜いて、一つの塊が飛び出してくる。
それを一旦刃ではなく平面部で弾いて宙に浮かしてから、落ち着いて斧で両断した。それは死体でも動く死体でもなく、人の形をした土人形だった。
古のゴーレムに似た異形である。
「ただのゴレムです!……ゴレム!?じゃあレムレスが近くにいるはず!」
砂に還る眷属に剣先を向けながらエルデは報告する。
「周囲は一定の濃度だからえーと……近くにはいないはずだよ!?」
慌てるリャンをよそに、突如地面が揺れる。
四人は一瞬地震警報を待ち望みQUQに意識が向いた。
「気を逸らすな!地震じゃない!」
銃を構え周囲を警戒したままの眞紅の声に、訓練生達は気を取り直す。
しかし、彼女達四人が立っている地面が丸ごと横に動き出し、斜面を滑り落ち始める。そこに上空から再びゴレムが降ってきた。
ゴレムはレムレスから発されるゼヌシージ粒子と土が結合して動く土人形である。レムレスを守る眷属であり、人間の血と肉を求めるだけの知性の無い化け物だ。
弱く脆いが、体高に見合った土や砂や岩の質量を持ち、レムレスが健在である限りいくらでも湧いて出てくる。
端的に言えば。
「邪魔!何なの!?」
「危ない!」
眞紅は咄嗟にリャンをアミティエとエルデめがけ突き飛ばした。ちょうど三人の後ろにいたアフマドを巻き込んでいい具合にその場から離れた。
倒壊した家屋の残骸が滑り落ちてくると察知し、四人を守るため咄嗟にしたことであった。
直後、眞紅の真上に土砂と瓦礫が降り注いだ。
「教官!」
全員が声にならない声を上げた。足を踏み出して進もうとするが、四人の立つ地面は未だ斜面を滑り続け、眞紅を置いて崖下へと滑っていった。
そして地面が何かにぶつかったのか限界がきたのか、ともかく崩れて四人は投げ出されてしまった。
眞紅は全身に走る痛みで目を覚ました。QUQは未だ動いているが、黄色い警告色が点灯している。
眼鏡も割れていないことから頭部へのダメージが少ないことは分かる。時間を見るに気を失ったのはほんの一瞬のようだった。瓦礫から這い出ようとするが、うまくいかない。グレーダーは手を伸ばせば届きそうな場所にあるが、その手を貫く細い木杭のせいでこれ以上伸ばせないのだからどうしたものか、と考えていた。
また瞼が重くなる。少し出血し過ぎたようである。QUQの自動救護プログラムは働いているものの、手動で止血しなければいけない怪我なのだろう。
四人は無事だろうか、と眞紅はそればかり考えていた。賢い子達であるが、少し優しすぎるきらいがある。こういう事態が起こったら近くにいる別の教官に連絡をとり、彼らと合流して指示に従えと教えてきたが今はそれも難しい。かといって四人揃ってのこのこ探しに来られたら一たまりもない。
来るなと連絡したいが連絡すると助けに来られてしまいそうだ。
つまらないことを考えている間にどんどん意識が遠のいていく。
呼吸がし辛い。
……もうだめかもしれない。
眞紅がそう思った時、突然爆風が彼の上にある瓦礫を吹き飛ばした。
熱さを持った風だ。風や爆風というより速度のある炎だったのかもしれない。ともかく眞紅の周囲の邪魔な残骸は飛ばされ、今になって少し遠くに落ちる音がバラバラと聞こえてくる。火の粉が視界の端に映る。
炎のギフトを持つ誰かが助けてくれたようだった。
近くに人の気配がする。うつぶせのまま顔をそちらに向けると、一人の男がいた。
身長の高い、クリムゾンレッドの髪の男だった。中途半端に黒みがかった眞紅の青髪とは違い、珍しい真っ赤な髪をしている。髪を伸ばしていて顔はよく見えないが、整った顔立ちであることは確かだった。
そして退魔士の青い制服と、一級執行官だけが身に着ける黒いマントはしっかりと見えていた。
「遺言は?」
低く、温度を感じない声が聞こえてくる。恐らく彼が発した言葉だろう。眞紅は改めて自分の身体を出来る範囲で確認する。奇跡的に骨は折れていないが、どこぞの臓器は潰れている感覚はある。いっそ折れているほうが普通な気もするくらいには満身創痍だ。
だがそれでも。
「俺は元気。まだ死ぬ気はない」
強がりではなく本気だったが、目の前の男は眉をしかめた。鉄面皮に見えてわりと顔に出るタイプだ、と余裕も無いのに必要のないことを眞紅は考えていた。
「俺は、放っておいて、大丈夫。……あっちに訓練生がいるから……そいつらを……」
息も絶え絶えに何とか必要な情報を与える。お互いのQUQが光り、いくつかの伝え損ねた情報をやりとりしているようであった。
「わかった」
男は真っすぐに眞紅を見つめながら答えた。まるで死者を目に焼き付けるように。
その視線に安心して、眞紅は意識を手放した。
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