平穏の終わり──3
里を防衛していたクリスの元に、帝国時代の知り合いの魔導士が現れた。
「久しいですねローラ、まさか貴女が来るとは思いませんでした」
「使用人の挨拶など不用、ホムラ様は?」
「あのお方なら一人で戦っています」
クリスの一言にローラは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべ、クリスに詰め寄る。
「ホムラ様をお一人で戦わせるなんてなんて恥知らずな!! 」
「それならば助けに迎えばよろしいでしょう、もっとも貴女達が来た時にホムラ様が接触を試みない時点で貴女達を求めてはいないのでしょうけど」
「ッ……使用人風情が」
「私はあくまで使用人ですから、私はゴーレムの相手で忙しいので失礼します」
クリスはホムラと交換した剣を構える。
「リリ、怪我はありませんね」
「は、はい!」
「よろしい、では引き続きゴーレムを撃破してください」
「はいっ! 」
いくらか数は減っても未だゴーレムは増え続け、二人は油断する事なくゴーレムの迎撃を再び開始した。
「たぁっ!! 」
魔法を覚えていない八歳のリリではゴーレムに力で敵わない、なのでリリはホムラから非力なりの戦い方を学んでいた。
(一回でダメなら十回!! 十回でダメなら百回!! )
田舎育ちのリリにとって島は遊び場、森で遊び、山で遊び、海で遊び、身体は出来上がっていた。
そして剣の師匠も自分と同じ子どもの頃に一人で魔物を倒したという事実がリリに自身を持たせる。
力を手数で補うためのスピード、それを維持できるだけの大自然で培ったスタミナ、島に生まれたリリの人生はリリの剣を確かな物にした。
常に動き回り目にも留まらぬ速さによる一撃離脱の戦法は剣の達人に及ばずとも、ゴーレム相手なら充分過ぎるほどだった。
「あのおチビがここまでやれるようになるなんて」
「立派になって……」
リリの成長に里の剣士達は我が子のように喜ぶ
「リリ! 後ろ!! 」
「くぅ!! 」
リリの剣の才能は凄まじい、しかし剣の才能だけでは無く当時の吾郎には無い物を持っていた。
「まったくリリは、避難していないと思ったらこんなとこにいて! 」
「まぁまぁ、私達がいれば問題ないですよぉ」
「ノイラお姉ちゃん!アトラお姉ちゃん! 」
共に競い合うライバル、共に強くなれる絆、それがリリが九歳でありながら剣士として得た吾郎には無かったものである。
「ふむ、三人が揃えば問題ないですね」
ゴーレムを斬り伏せながらリリの様子を伺っていたクリスは安心した表情を浮かべる。
「自分の主では無く、子供を気にして! 」
「……お嬢様にはわからないでしょうね、あの子達はホムラ様と私の弟子、言わば子のようなもの、親が子を気にかけない道理がありますか? 」
クリスは剣を鞘に収める。
「魔力チャージ完了、
クリスの足元に魔法陣に浮かび上がると、赤黒いスパークが身を包んだ。
「ハァッ!! 」
クリスの一振りから放たれた禍々しい赤黒い色の斬撃はゴーレム達を次々と飲み込んだ。
「凄いクリス先生! 」
「……つっよ」
「むふぅ、ホムラさんを婿に貰うにはこれ以上頑張らないといけないのですねぇ」
クリス・フェリーネ、かつて帝国内で《アウトレイジ》と恐れられた剣士の実力は第一線から退いても衰える事無く、絶頂期の時よりも更に強くなっているとローラは歯軋りをした。
◇
「よしよし、資源の強奪用のゴーレム達はしっかり配置についたわね」
ゴーレムの所有者の女は指揮用のマスターゴーレムを通じて遠く離れた国から様子を見ていた。
島の剣士達の思わぬ抵抗や帝国の介入に焦りはしたが侵攻しているゴーレムとの戦闘に気を取られて本命の資源強奪には気が付いていない事に安堵していた。
「ゴーレムはどんなに険しい道でも浮遊しているからどこからでも通れるし、何より四方八方から同時に鉱山に攻め込めばこの事に気づいても帝国の魔導士達と言えど対応は出来ないわ」
女は帝国でふと思い出す。
「そう言えば帝国から追放されたアーガネット家の息子もこの島にいるのよね……どうせならその子もいただきたかったわ」
暫く移動をして、マスターゴーレムが鉱山に到着した瞬間に女は固まった。
『待っていた……は、少し違うか』
ちょうど話題にしたアーガネット家の子、ホムラがいた事はいい、しかし目の前に広がっている光景は女にとって悪夢だった。
(馬鹿な、ゴーレムの反応は確かにあったのよ!? 鉱山を囲うように反応が……!! )
目の前に広がるゴーレムの残骸の山、改めてゴーレムの反応を確認すると鉱山の周りにしっかりとあった。
しかし目の前には鉱山周りに配置した戦闘用ゴーレム四十体、運搬用ゴーレム二十体、その全てがホムラの足元で物言わぬ土塊と化している。
『はじめまして』
「っ!? 」
目の前にいる絶世の美少年は憂いた表情はどこか淫靡さを感じ、思わず引き込まれそうなディープブルーの瞳、そしてゴーレムを単独で撃破する実力、まるで御伽噺のような男が実在しているなんてと女は歓喜に震えた。
その歓喜を打ち消すかのように、ホムラの顔に紫色の亀裂が走り、口から血を噴き出すとマスターゴーレムの足元に色が混じり合いノイズがかった魔法陣が浮かび上がった。
「!?」
『逃さない為に魔法を使わせて貰った』
(ま、魔法と言った!? ありえないっ! どこの誰が魔力の儀をっ!? 男に魔法を使わせると御し難くなるし、下手をすれば魔力に耐性の無い男が使えば負担で身体を壊しかねないのに、アーガネット家のこの男は──)
血を吐きながら剣を引き摺りながらフラフラと近づいてくるホムラの異常さと、青く輝く瞳に睨まれた瞬間に女は恐怖した。
これまで見てきた男とはまったく別の存在、人の皮を被った異形ではないか、と
『絶対逃さない』
女はマスターゴーレムからの接続が強制的に解除された事で腰を抜かし、座り込んで咳き込んだ。
「き……斬られてない? 」
ゴーレムが斬られたはずなのにまるで自分の身体が斬られたかのような激痛はなんだと言うのか、錯覚ではない本当に感じる痛み、海を越えて遠く離れた場所にいる自分を斬ったと言うのか、女が知る限りそんな魔法を使う魔導師もそんな技を使う剣士など聞いた事がない、未知の恐怖に震え、ドッと汗を浮かべた。
(に、逃げないと!! 逃げないと殺される!! )
最後に見たホムラの瞳を思い出して女は胸を押さえながら工房を後にした。
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