平穏の終わり──4

「ひ〜と〜つ〜き〜って〜〜ま〜た〜き〜ってぇ〜〜く〜び〜を〜かさね〜る〜〜」




"コア"のみを斬り、本体を無傷のまま鹵獲したマスターゴーレムを気の抜けるような歌声で歌いながら引き摺り下山をしていた。




「戦闘も落ち着いたみたいだな」




山の道から島を一望すると火の手も消え、戦いの音も臭いも無くなり、ひと段落ついたと安心して胸を撫で下ろした。





「ホムラさまあああああああ!!! 」


「あー、落ち着きのない奴も来たわ」




マスターゴーレムから手を離して腕を広げてこれから来るであろう衝撃に耐える。


黒髪のポニーテールを揺らしながら目にも留まらぬ速さでホムラの元へ走り、勢いをそのままに抱きしめた正直はホムラの首元の匂いを嗅ぎながら力一杯抱きしめた。




「すぅ〜〜〜〜〜〜〜〜」


「息を吐け」


「すぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


「話しを聞かないねぇ」




八歳の頃に比べれば、まだ子供と言ってもある程度の余裕を持つようになった今のホムラは自分を抱きしめている少女の奇行を笑って受け止める事ができた。


サリィ・ローネンバー、母ガリアが推薦した人員で結成された第三航空魔導隊の若きエースたる彼女は普段は真面目で品行方正を絵に描いた少女で規律を重んじ比較的自由人の多い部隊のまとめ役であるが、ことホムラに関しては誰よりも暴走するのだ。




「ごほっ!」


「阿呆」




ホムラはサリィの額をデコピンすると、サリィは慌てて離れた。




「ほ、ホムラ様!? 」


「お前は俺をなにと思って匂いを嗅いでいた? 」


「あ、あのっ! これはですね!! 」





慌てる様子のサリィを見て、キヒヒと薄気味悪く笑いながら近づく片目を髪で隠した少女、レイ・ハーベイはホムラを見て膝を着いて礼をする。




「ご機嫌麗しゅう、我が姫よ」


「久しぶりだなレイ、元気そうで何よりだ」




ホムラもしゃがみ、前髪で目を隠している方の頬に触れながら優しく笑みを浮かべる。




「まだその目は隠しているのか? まぁ他の男に見せるのも勿体無いからいいか」


「嗚呼……恥ずかしいけど、キミの声を聞き、キミに触れられるとそこの犬娘の様に身体が喜んでしまう」


「む! 犬娘とはなんだ!! 」


「コラコラ、喧嘩はよせ」




ホムラは二人をたしなめながら立ち上がるとマスターゴーレムを指さした。




「あれの解析をしてほしい、それとスワロテリから連絡は?」


「ローラ団長の元に来たよ、これから調査員を送るって」


「帝国からも調査員が派遣され協力しながら今回の騒動に当たるそうです! 」


「第三航空魔導隊もそうだけど今回は帝国の動きが随分早いじゃ無いか、属国でもない島に人員と金を割く事を貴族は渋るだろうに……」




ホムラの言葉に二人は苦笑いを浮かべる。




「今回の一報を聞いた皇帝陛下が勅令を出したからね、だから面倒な手続きを行わなく済んで、ボクらとヴァリエはすぐに来れたのさ」


「あの人は衰えと無縁だな、昔から一手が早くて正確だ」


「むぅ、ボクらも皇帝陛下の勅令に一番最初に対応できるぐらい優秀なのに」


「お前達が優秀なのは帝国にいた頃から今でも覚えているさ……」


「えへへ」


「ホムラ様もすっかり大人になられて、より麗しくなりました……帝国から離れた時は身を案じましたが、中立地帯のボリロス島に身を寄せたと聞いて安心しました」



サリィの一言にホムラは立ち止まった。



「待て、こっちに来て約五年も経って身長も伸びたし、声も低くなったのに何でお前達すぐ俺だとわかった? そもそもボリロス島にいる事は誰にも伝えていないはずだぞ」


「さ、さーゴーレムを持って行って調べないとなー」


「う、うむ! 」


「帝国の地方にしかいない鳥が定期的にこの島に来ていて、そういう生態かと深く考えなかったが……また見ていたのか!? 魔法を使って、野生の鳥を使って!? 」





一時期ホムラは動物に好かれている時期があった。


大小様々な動物達がホムラに身を寄せホムラも動物達と遊び、帝都では可憐な男の子が動物と戯れている姿が話題となり、城の庭を開放し一般市民も見学できるようにした結果市民からの支持率が上がる事もあったが、その実態は貴族の娘達がホムラを隠し撮りする為に動物を魔法で操っていたのだ。




「ち、違う! ボクらは皇帝陛下にホムラ様の身に危険は無いかと監視を頼まれていたんだ! 昔みたいにキミを盗撮していたわけじゃない!! 信じてくれ! 」


「そうなのです! ホムラ様が鍛錬をしている時や、寝ている時ばかりで、決してご入浴している時は見ていません!! 」


「鍛錬している時と寝ている時は俺が薄着の時だろ!! 」







ゴーレム襲撃から三日、剣士達の活躍によって被害が少なかった島の復興は殆ど終わり、調査員達は帰国しクリスはローラ達の見送りに来ていた。




「……何か言い訳でもあれば聞きますが」





クリスの一言にローラは地団駄を踏みながら抗議する。


突然の出来事に島の人達はクリス達を驚いてみたがホムラ関係だとわかると何ごとも無かったかのように離れた。




「貴女にはわからないでしょう、ずっとホムラ様と一緒に過ごしていた貴女には!! 」


「そう言われましても」


「大変だったよ、ボクらは部隊の仕事があるからよかったけど、そうじゃない他の子達は荒れに荒れたからね……」


「貴族や市民問わず同年代の女子から圧倒的な支持を得ていたホムラ様の追放、それによってあちこちで暴動が起きたのだ」




強く、美しく、エロい、おどおどしながらも誰にでも優しく手を差し伸べるホムラと非力な男でありながら自ら剣を持ち、堂々と前に立ち戦うホムラのギャップは帝国女子達には強烈すぎる毒だった。





「ガリア様から聞いた事はあります。ホムラ様の人気が凄まじく、帝国貴族の見合いではホムラ様でなければ嫌だと幾つもの縁談が破棄され、男側の家から恨まれた……と」


「仕方ないよ、大人しかった頃のホムラ様ですら皇帝陛下に逆らうんだから」


「謁見の時に前皇帝とその一派を一喝したあの姿、実に見事でしたわ」


「……そうですね、私がホムラ様を初めて見た時もあの内紛の時でした」




今でもクリスは思い出す。




『これが……これが私たち貴族のやる事ですか!? 』




前皇帝と新皇帝による帝国で起きた内紛、母ガリアは帝国中を飛び回りホムラ一人帝都に残されていた。


屋敷を脱走し、帝都の荒れ具合をその目にして、ホムラは怪我をした子を抱えながら城に向かって歩みを進めた。


それはホムラが六歳の頃であった。




『見てください! 大人たちが勝手に始めたこの戦いで、私と変わらない子が大怪我をして、治療もされず冷たくなって起きなくなったのですよ!! なのになんであなた達大人は綺麗に着飾ってこんなところで何をしているのですか!! 』




前皇帝派と新皇帝派の激しい闘いが繰り広げられる城に少女を抱えながら入ったホムラをクリスは止めようとしたが、少女の血を浴びたホムラの姿と覇気に気圧され、戦っていた者達も戦いをやめたのだった。




「……だからこそ、私としてはこの平和な島でゆっくり過ごしてほしかった」


「いったいどこの誰がこんな真似を」


「おっと、やれやれ、つい長話をしちゃうな……サリィ」


「クリス殿、すまないがこれを」




サリィは申し訳なさそうにそっとポケットに封筒を入れて離れる。




「黒薔薇……ですか」




黒薔薇の封蝋は帝国民は絶対厳守の命令を記されたソレを渡された事にクリスは厳しい表情を浮かべる。




「我々も中身は知らされていない、クリス殿の気持ちは私にも分かりますがどうか目を通していただきたい」


「……貴女に言われたら断れませんよ」


「次会う時はゆっくりお茶会をしましょう、私としても使用人では無く剣士としての貴女と語らいたい」


「まぁお茶会する前にホムラ様に盗撮の件についてしっかり謝罪してくださいね」




ヴァリエの出航を見届けたクリスは慌てた様子で小屋に戻り、風呂に入って汚れを落としベッドの上で寝転がっていたホムラに手紙を渡した。





「黒薔薇の封蝋……帝国の民ではない今の俺にこれを渡すか」




起き上がり封を開けて手紙を読む





「内容は? 」


「サラロビア大陸にあると言われている神秘の国、オリオディアへの調査だ」


「オリオディア……ですか、予想外な名前がでましたね」


「…………」




ホムラは手紙をクリスに返して再び横になる。




「生産工房の不明なゴーレムに帝国とスワロテリの監視をすり抜けてこの島への襲撃、それを考えると謎に包まれたオリオディアが怪しいからな」


「しかしホムラ様は爵位を剥奪され今は島の住人、他国への調査をするだけの権利など無いはず……」


「帝国とスワロテリから特例の爵位を与えられ、今回の一件に関してのみ帝国およびスワロテリとその同盟国、そしてオリオディアに対して逮捕と裁判までの権利を与えるそうだ」


「それほどの権力を……」


「ただでさえ男で爵位を持つだけでも色々とやっかみを受けて面倒だったが……それが帝国外もとなると毎日が貞操と誘拐の危機だな」




ホムラはやれやれと手をあげて首を振る。




「ま、これでも貴族の子、帝国の者だけでは無くここの島の者やサラロビア大陸の者の安寧と生活を脅かす者がいるなら排除するのが役目だ」




ホムラは立ち上がる。




「支度を頼む、親愛なる皇帝陛下が爵位ついでに新しい服と剣をプレゼントしてくださるそうだ」


「仰せのままに」







面倒な事になってしまった。爵位と母を失ってようやく得た平穏な日々が突然終わりを告げた。


やっかみで因縁をつけて来る奴もいなければ、ビクビク怯えながら余計な真似をするなと睨んでくる男もいない、剣に惚れ込んだ美女揃いで心地いい、薄れゆく前世の記憶から考えても今が一番気に入っていたのだ。


本国に戻ると考えるだけでも胃が痛いし気が滅入る。


しかし貴族として育ったからなのかはわからないが、今回のことに対して面倒臭い以上の感情が俺の中にあるのも事実だ。


この島の日常を壊した者は顔を見せず名を名乗らず姿を隠してゴーレムでここの人々に危害を加えた。


この卑怯者が他の国で平和な日常を過ごす者達に牙を向ける事を想像すると、はらわたが煮え繰り返る。


嫌な思い出も多いが、帝国には幼馴染と言っていいほどの娘達がいる。気が強く少々面倒くさいが、それでも彼女達が傷つけられて黙っているかと言われればNO、再びこの島に危害を加える可能性もある……それならば、この権利をもって卑怯者とその後ろにいる者を排除した方がいい、確実に、この手で




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