第1章 ある逃亡者の話3

入浴を終え、洗濯や荷物の整理など(あまりにも汚すぎる衣服は燃やした)をも終えると食事の時間ギリギリになっていた。あの気難しそうな受付のご老人のことだ。何か言われるかもしれない。急ぎ食堂へ行くと誰もおらず、来る時間を間違えたかと思った。しばらくその場でもじもじしていると、台所から先ほどお湯を運んでくれた年配の女性が食事を持ってきてくれた。テーブルに食事を並べると彼女は微かにティーに向かって笑いかけ、そのまま何も言わずに去っていってしまった。食事の内容は質素なものではあったが量はかなり多かった。食べきれないと思ったものの久々のきちんとした食事だったため全て平らげてしまった。

 部屋に戻ると、まだ寝るには早い時間だった。そのためもう少し荷物の整理や明日の準備をしておこうとしたがベッドの端に座るとすぐに眠ってしまったのだった。

 翌朝、目を覚ましたティーは清潔なシーツとベッドを堪能する前に眠ってしまったことを後悔した。「ああああ…。」なんて、悲しそうなうめき声を出していたが、二度寝をするとお昼になってしまう。諦めて身支度をし、すぐに出発できるように先に荷造りをしてから朝食を取りに行った。

 朝食をいただいたあと、食後のお茶を飲みながら先ほど購入した新聞を読んでいた。ティーにとって外国語で書かれてはいるが問題ない。それには「騎士の国」で起きた海難事故の記事から最近流行りの服の型まで幅広い情報が掲載されていた。一通り目を通し、お茶も飲み終えたところでティーは席をたった。

 部屋に荷物を取りに行き、さっさと宿代の支払いを済ませた。相変わらずこの宿の人々はどこか無愛想だったが、よく考えるとこのような冬の旅をするには厳しい時期に宿泊する者は少ないのではないか。そういえば他の宿泊客の姿も見ていない。彼らが自分を警戒するのは無理もなかったのかもしれない。ティーはそう思った。

 街の市場は昼前とあって賑わっていた。ティーはそこで旅に必要なものを購入した。たまにふっかけられることもあるが、相場の値段を知っているので問題なく値段交渉をする。主に購入したのは当面の食料と下着類、そして5本の高品質なペンだ。ペンは品質のわりに安く購入できた。銀のペン先は繊細な彫刻がほどこされている。そしてペン軸は表面がよく磨かれた木製のものだ。これらは次の目的地で役に立つ。これから以前から行きたいと思っていたエルフたちの村へいくのだ。

 エルフたちは村に巨大な図書館を持っている。彼らは彼らの膨大な知識を本にして保管しているのだ。その本を作るのに役立つのがペンというわけだ。彼らの長であるハイエルフへの手土産として持ってきたといえば村に入ることができるかもしれない。

 本当は何泊かして旅の疲れを癒したいが国境が近いため念には念を入れてすぐにこの街を離れなければならない。しかし、お昼時なので昼食をとってからにする。安く済ませたいので現地の人たちがいくような食堂を探すと、思った通り、市場で働く人々のための食堂を発見した。開放的で何人か外国人客もいるのでティーが行っても悪目立ちはしないだろう。混んでいるがこういうところは回転率が速い。ティーはすぐに席に着くことができた。

 さて、何を食べようかとメニュー表を見るが、よくわからない。魚料理であるとか肉料理であるとかは理解できるのだが、それ以外はさっぱりだ。仕方ないので注文を取りにきた愛想のいい男性の店員におすすめのものを持ってきてもらうことにした。それはワンプレートに魚を蒸したものと、変わった食感のパン(もちもちしている)、それと野菜が乗せられていた。忙しそうにしていたので料理の名前を聞くに聞けなかったのだが、それらは大変美味しいものであった。値段も思った通り安く、ティーはホクホクとした気分で街を出ることができたのだった。 

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