2:緊急相談
四限終了のチャイムが鳴り、俺の健気な人差し指が電気ケトルのスイッチを入れて五分ほど経過したころ、嘆きの間の由来である扉が大きな声を上げて開かれた。
「おつかれ」
見覚えのあるチャラチャラした茶髪が、やはりチャラチャラした色んなアクセサリーで飾り付けられたデイパックを引っ提げて部屋に入ってくる。
今朝も早くから呼び出され床に頭をこすりつけた説教仲間であり、『緊急相談』連絡をよこした我が悪友、
君平は片手をひらひら振りながら部屋を見回し、目の前に立つ小柄な後輩に目を丸くした。
「
「おつかれーす。だって先輩たちとつるむのがいちばん楽しいもん」
「その結果、俺と
「それで
「おー、相変わらずナマイキ」
ぽいとソファにデイパックを放り投げ、あらかじめ準備された紅茶を気持ちいいほど一気にあおる。
ソファに眠っていた
「相談者、いまトイレに行ってるから。先に茶菓子準備しといて」
「りょーかい」
「き、み、ひら……バッグ、重い……」
「あれ葛川さんいたんすか。
「むう……そうする……ぐう」
「どうせまたレポート徹夜したんでしょ。ほんっとダメ人間だな」
ぶつくさ言いながら君平は奥のロッカーに向かう。
『オカルト部七つ道具』の収められた秘密ロッカーには、君平専用の白衣が入っている。特に理系特化というわけではないはずの君平だが、白衣を着ないと落ち着かないという謎の習性を持っていた。
きれいにしわが伸ばされたそれを
「相談内容は俺も詳しく聞いてねえ。けど、もしかしたら
「そんなに危ないやつなの?」
「その判断は駆馬と羽衣に任せる」
「えっ俺は」
「てめえは前線部隊だろうが」
ケケケ、と君平が笑う。俺もつられて変な笑い声になる。
次未のひんやりした目がちょっと切ない。
でもそういうところも良い。主に伏せ気味になるまつげとか。
そうしていると、扉を隔てた向こう側から、柔らかいヒールの音が聞こえてきた。
「きたきた」
君平に顎で示される。人使いが荒いやつである。
口をとがらせて不満をアピールしつつ本日三度目の嘆きを響かせて扉を開けると、小さなつむじが目のまえに見えた。
「あの……すみません」
そこにいたのはずいぶん小柄な女の子だった。
おそらく後輩だろう。部屋の中をうかがいながら、かたちの良い頭をぺこりと下げる。
なんとなくリスとかハムスターっぽい。
「君平先輩はいらっしゃいますか」
「はいはい、なかにいるぜ。どうぞ」
「お、お邪魔します」
「いらっしゃいませー!」
駆馬がさっそく茶菓子を差し出しながら君平の隣に誘導する。こういうとき、やつの動きは素早く的確である。
不思議そうに周囲を眺める女の子を示しながら、君平が紹介を始めた。
「こちら。チドリの友達、伊川ちゃん」
「
伊川さんはまた頭を下げた。
やや赤みのある茶色に染められた巻き髪の綺麗に整られた毛先が揺れる。化粧も派手過ぎず清楚にまとめられていて、いまどきの女の子から少し優等生系に寄った印象だ。
完全なる偏見だが、レポートの提出を期限よりかなり早めにクリアするタイプと見た。
「えっと、チドリちゃん……君平先輩の彼女さんに相談したら、ここなら話を聞いてくれるかもしれないって教えてくれて」
「相変わらず
「はは。俺の彼女最高だろ」
伊川さんは小型の鞄を抱え、ちらりと次未を一瞥した。
次未はティーカップのふちに視線を落としたまま伊川さんの隣から動こうとはしない。
正直、この空間に次未がいてくれて心底よかったと思う。茶菓子の件もそうだが、やはり女の子にとって同性が近くにいるという環境はわずかながらでも緊張をまぎらわせる効果があるのだろう。
「その、ちょっとびっくりしました。女の人もいるんですね」
「女性部員も少ないわけじゃないよ。
華奢なふたりが顔を寄せ合っておしゃべりしている。かわいいな。
そう、我らがオカルト部は伝統ある部活動である。サークルではない。
なんと顧問がいて大学の認可も受けているのだ。
ちなみにこれがどれくらい重要なのか俺はいまいちわかってないが、肝試し遠征はレポート出せば経費で落ちるし、大学間イベントでも結構大事にされたりする。そのぶん研究発表とかもしなきゃいけないが、そこは君平のひとり舞台なのでそんなに大変なこともない。良い部活である。
「まあ、わたしは正式な部員ではないのだけど」
「そうなんですか?」
「……活動の手伝いみたいなもので」
「羽衣先輩、ほんとは別の部活なんだよねえ」
とはいえ、しょっちゅうこっちにも顔を出しているし、協力者として非常に優秀である。もちろん片時も離れたくない俺としては兼部申請してくれても構わないのだが。
じゅうぶん緊張がほぐれたのか、伊川さんは少し頬を緩ませた。
笑うとこの子もかなりかわいいほうに分類されるだろう。社交性もそこそこありそうだし。部活やサークルにいたら癒し枠として重宝されそうだ。
それとは対照的な意地悪い笑みを浮かべ、君平がテーブルに肘をついた。
いよいよオカルト部の活動がはじまる合図である。
「それじゃ、聞こうか。伊川ちゃんの悩み」
「……ありがとうございます」
伊川さんは覚悟を決めたのか、唇を引き結び、鞄から一枚の紙を取り出した。
「これをご存知でしょうか」
伊川さん以外の全員、正確に言うと寝ている葛川さんを除いた俺たち四人で、テーブルの上にひっぱり出された紙に注目する。
よく見慣れたルーズリーフの中心に描かれた十字線。
つくられた四つの空白。対向する二つにそれぞれ『YES』『NO』と大きく書かれている。
オカルト部としては大変初歩的な知識のなかにある、とある儀式のために必要とされる道具のひとつであることは容易に理解できた。
「チャーリー・ゲームだ」
駆馬がはっきりと告げる。
窓から吹き込む風が、紙の端を幾度か羽ばたかせる。
「『テーブル・ターニング』っていう交霊術を用いた占いの一種だね。儀式の手順を踏んで霊魂を召喚し、質問をしてその結果を占う。チャーリー・ゲームの発祥地はメキシコで、チャーリーはメキシコの
チャーリー・ゲームは日本でも比較的ポピュラーな
動画サイトでは投稿者たちが怖いもの見たさと再生数のために用られることも多い。演出や名称がキャッチーでいかにもそれらしい行動であること、また使う道具が安価であることからコストパフォーマンスは上々と言えるだろう。
儀式そのものが招く危険性を無視すれば、の話だが。
駆馬から引き継いで、君平が紙面の中央を指差した。
「この紙の十字線にそって二本の鉛筆を置いて、上に置いたほうの鉛筆の動きによって質問に対する占い結果がでる。諸説あるが、類似儀式の
実際のところはそこまで厳格でなくても良いようだ、というのが当オカルト部の見解である。そんなことを言えば次未は苦い顔をするに決まっているので言葉にはしないが。
多くのチャーリー・ゲーム実行者はたいてい『なにかが起きる』ことで満足する。
不可思議が多少でも感じられれば成功というわけで、伊川さんのグループもその例に漏れないだろう。
さて、と。演技がかったしぐさで、君平が指を振る。
「チャーリー・ゲームで呼ばれるものは、多くの場合、悪霊だといわれている。
──charlie,charlie are you here?
ガタン、と椅子が倒れる音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます