チャーリー・ゲーム
1:オカルト愛好研究部
「
扉を開けるなり、フレッシュな青春のかたまりが両手を広げてとびついてきた。
三限が終わり、完璧なるエスコートのもと俺と次未はオカルト部に割り当てられた北棟の一室に戻ってきていた。どこかの誰かが何かしらやらかしたせいでひび割れた木製の扉がかわいそうなくらい軋むので、ついたあだ名は『
今日も今日とて嘆かせてみせると、約十二時間ぶりの再会となった後輩がよりけたたましい声をあげて来訪を迎え入れてくれた。
「よお、
「いま夏休みだもん、
大学では見慣れない濃紺の詰襟は、大学主催のフリースクールに参加している
県立であるこの大学はさまざまな問題を抱えた学生たちを受け入れるフリースクールを開催しているのだが、参加者のなかでもこの駆馬は重度のオカルトマニアだった。
当オカルト部では代表の指針に基づき、保護者の同意と二十歳以上の学生が監督していれば活動参加を許されているので、駆馬はここぞとばかりにあってないような門限時間までここで入り浸っていることが多い。
子犬じみた幼さのある目がきらきらしている。これが若さか。
「あれから大丈夫だったか?」
「うん。うちの親あんなだからさあ。夜中に起こすな、だけだったよ。むしろ
「当たり前。
「えーっ! せっかくの青春なんだからさあ」
「次は
「それは
会話の応酬を繰り広げながらも、駆馬はてきぱきと紅茶を
割と気がつく性格というか、もともとは体を動かしていないと気がすまないタイプなのである。
掃除やら茶汲みやらを進んでやってくれるので、年上たちからこぞってかわいがられているのはそういうところからなのだろう。
俺は目の前に置かれたティーカップをつかんだ。
何度か作法について
一方の次未は丁寧な動きでカップを持っている。桜色のくちびるが白い陶器のカップに触れる。
いつまでも見ていられる光景だ。
「うわびっくりした天使かと思った」
「粕谷先輩、口に出てるよ……羽衣先輩もいい加減慣れなって」
次未はクッキーをくわえて真っ赤になっている。
やはり天使だ、俺の見立ては間違っていなかった。
休み時間に友人から手入れされたという黒髪にはエンジェルリングが浮かんでいる。これで純白の翼をくっつければ完璧だ。俺の妄想力にぬかりはない。
悶々と妄想を繰り広げているその後ろで、駆馬が三つめのカップに紅茶を注ぐ。
そこではたと違和感に気づいた。駆馬の目の前にはすでにひとつ、自分用であろうカップが置かれている。
「紅茶多くね? お前いれて三人だろ?」
「え? 四人だよ。これは
とたんに、ぎょっとした顔で次未が扉まではね退いた。
駆馬の視線の先を追っていくと、テーブルに隠れるようにして置かれた低いソファに、ぐったりと倒れこむ人影がいた。
肩にかかるほど長いモジャモジャした癖毛。
毛玉だらけのカーディガンと、何かの動物の毛がついた色むらのあるスラックス。
生活感が強すぎてどこで何をやったらそうなるんだというような謎めいた人間がぐるりと首だけを回してこちらを認識した。
「うお。いたんすか、葛川さん」
「おー……粕谷と、羽衣かあ……俺もさっき来た……」
たぶん、半分寝ている。
目の下に大きなクマがぶら下がっているので、おおかたレポート関係に追われまくっていたのだろう。そういえばここ数日サークルに顔を出していなかった。
葛川さんは一年目の進級で
とんでもなくふわふわした人間で、一部では霞を食って生きているともっぱらの噂があり、本人の様子からしても半分くらい
「寝るなら仮眠室か、もうちょいがんばってソファにあがったほうがいいすよ」
「わかってる……わかってはいる……ぐう……」
そのまま寝落ちた。こういうところがだめなんだよな。
これでも恋人がいるというので、世の中はわからないものだ。しょうがないので駆馬に手伝ってもらい、無駄に長い足をソファへとよっこいしょする。
「せっかくお茶淹れたのに」
駆馬が頬を膨らませてむすくれる。
これが愛嬌なんだろうか、と思いながら、扉の前で震えている次未に手招きをする。
「次未。このひと今日中ずっと寝てるだろうから、そっちの椅子あたりなら大丈夫だろ」
「うっ」
なぜかこのかわいい幼馴染みは、葛川さんのことが大の苦手である。
葛川さんは攻撃性のない変人なので友人は多いのだが、次未にとってはどうしてもおそろしいらしい。
しばらくしてこわごわ近づいてくる姿は、見知らぬものに警戒している猫のようだ。
「……動かない……?」
「いや、羽衣先輩。さすがに身じろぎと呼吸くらいは許してあげて」
もう少し人が増えれば恐怖心も薄くなるのだが、この時間に人が来ないということは四限が終わるまで応援は見込めそうにない。
どうしたものだろうかと足りない頭でいろいろ考えていると、メッセージの着信を告げる間の抜けた音が部屋の中に響いた。
とち狂った大学生たちが集まる『オカルト愛好研究部』の連絡グループに、最新メッセージがひとつ表示されている。
──四限終わりしだい緊急相談。
送信者にはわが悪友、君平イズルの名が残されている。
「駆馬。緊急相談だってよ」
「えっ、急すぎ。お菓子まだあったっけ」
「どうしてこのサークルのお菓子状況を高校生が知っているの……」
「おれが管理してるからでーす。だめだ、お菓子きれちゃってるや」
がさごそと音を立てて駆馬は茶棚やら食器棚やらをあさっている。
この部屋のどこに何があるのか、駆馬以上に知っている人間は残念ながらこのサークルには存在しない。だめなおとなたちの塊集団なのだ。
「ひとっ走り買いにいって間に合うかな。もう半分くらい過ぎてるよね」
「うちの大学、敷地内にスーパーかコンビニ作ってほしいよな。食堂と売店だけじゃ足りねえっつの」
「どうしようかなあ。来るときついでにつまむもの買ってきてって、君平先輩に言う?」
「鍋囲みながら家飲みするときの連絡みたいな言い方だな」
当大学は広大な敷地を有している。それはもうちょっとしたテーマパークレベルだ。
バスは比較的多く停留所に来てくれるのだが、今から市街地まで買い出しに行ったのでは帰着が四限終わりどころではない。
さてどうしようか。
君平の友人ならそんなに気を使わなくていいかもしれないが、なにぶんオカルト部などという怪しい看板を嘆きの間にかけた胡散臭さのかたまり集団である。茶菓子のひとつでも出さなければ、心を開いてくれるかわからない。
……君平が持ってくる案件だ。
絶対に面白いものだ。この機を逃すのはもったいない。
駆馬とふたりでうなる。爆睡中の葛川さんはこんなときまったく役に立つことがない。普段もあまり役に立つことがない。頼りにならないひとだな。
ソファにやった目を戻すと、テーブルの上に見慣れないガラス容器がちょこんと乗っかっていた。
それを包んでいたのだろうちりめん布をたたみながら、次未が言う。
「昨日焼いたスコーンだけど、手作りのものでもいいなら」
蓋を開けてみると、紙ナプキンに包まれた焼き菓子がたっぷり並んでいる。
俺の幼馴染みはやはり天使である。
「神! ありがたすぎるよ羽衣先輩!」
「あ、あまりおだてないで」
茶菓子のあてができたので、駆馬が嬉しそうにあれこれ茶葉を選びはじめる。
俺にはさっぱりなジャンルだが、女性陣は好みにうるさいのでこちらは結構な数が準備されているのだ。
その手については全くの
四限の終わりを待ちながら、かわいい幼馴染みの横顔を眺めてみる。
寝入っている葛川さんのことなどほとんど忘れてくれたようで、小鳥のような仕草でティーカップに口をつけているその顔は今朝から比べるとずいぶん赤みがさしてきた。
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